↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/93

動線

用語集

負傷人床=担架

傷病見立て=現代訳のトリアージ

見立て紙=トリアージ記載紙

清創水=医療用アルコール(蒸留酒、焼酎)を割って濃度それぞれ分けて使用

搬送車=4輪の牛車改造の救護車(現代的解釈の救急車)

救命胴着=現代で言うタクティカルベストのように胸部に竹の水筒を複数本格納できるようにした前掛け。


※見立て紙内容

========================

応 答 【有/無】

傷/病 【頭/首/胴/腕手・左右/ 背/臀部/足・左右】 

心 臓 【動/静/止】 

 息  【動/静/止】 

出 血 【多/少/無】 


健体/急体/傷体/終体


終期・・・死亡/心肺停止/死に際の者

急体・・・急ぎ搬送治療が必要なもの、もしくはそれに値するもの

傷体・・・搬送に悩む程度の者、急変の可能性がある者

健体・・・現地の治療で間に合うもの

========================


①新たに救走班という少数の集団を編成する。

陣頭医・・・1名 (現場指揮・搬送判断・応急処置)

担ぎ手・・・2名1組×3 (搬送・止血)

荷駄係・・・2名 (荷車にて医療品・水の運搬)


以上9名1班編成  これを複数班整備し布陣する。



笛音伝達=鉄笛、竹笛の音を組み合わせ暗号化し医務衆内で連携をとるシステム

     鉄長音3回・・・重傷者搬送中

     竹笛短音連続・・・敵襲接近など様々な音で連携をとる。

     戦事や日ごとに符丁を変えて運用している。


【医務衆筆頭 御医頭】 

・桃慧

・医務衆の最上位指示役 筆頭医 医務・管理・運用指揮者


【御医頭後見人】

・宗庵

・御医頭補助 指導役


【記録班×→医監班】20名 

・総指揮役 治長(戦場での総指揮/記録確認/物資の総合管理者)

・物資 人員 記録 等の管理


【医務班】30名

・総医指示役 一綱

・医術的処置 医の管理 指導 新理探求


【薬事班】12名

・筆頭薬師 あやめ

・薬草の管理 薬草畑の管理 調薬 投薬役


【救走班】 人員196名(救走係90名 荷駄係103名) 

・総指示役 宗次

・救務補佐役 元則

・荷駄長  一茶

・傷病見立て 搬送 応急処置役 荷駄車の運用管理 物資輸送


【治癒班】90名

・治癒長 柚

・副治癒長 琴

・患者の継続的治療 衛生管理 

呼び声に反応した一綱の目の先には丹羽隊の若武者が立っていた。具足には山道の泥が跳ね、肩には小枝が引っ掛かっている。血痢場の縄のすぐ外まで来ていた。だが、縄は越えていない。今この戦場の道を見てきた者のしぶい顔であった。


一綱はその顔を見て、わずかに目を見開いた。


「これは溝口殿!」


「一綱殿、慌ただしい所申し訳ない。」


丹羽長秀の家臣、溝口秀勝は短く頭を下げた。


医務衆と丹羽隊は、これまでにも幾度か同じ場を踏んでいる。長秀が手がける土木事業の支援や開墾事業には御用畑の知識が所々に顔を見せ始めている。そのため丹羽家臣団と医務衆は共闘関係とも言える存在であった。その中でもこの溝口金右衛門秀勝という男は、無用に口を挟まず、必要な時だけ兵を動かす真面目で実直な男として、一綱の記憶に残っていた。


一綱は手にした竹匙を若い医務衆へ預け、縄の外へ一歩だけ近づいた。


「溝口殿、そこまででよい。これ以上は近づくな、この先は流行病にかかるやもしれぬ。ここは血痢場だ。城内から血痢の者がちらほら運ばれ始めた。溝口殿が血痢にでもなれば丹羽隊が困る。すぐにこの場から……」


溝口はその言葉に、一瞬だけ目を伏せた。

そして一綱の言葉を遮るように

「心得ております」と。


そして、一間を置いて溝口は静かに答えた。


「一綱殿、急ぎお耳へ入れねばならぬことがございます」


一綱の表情が変わった。


「急ぎと?」


「はい」


溝口は縄の外で膝をついた。血痢場の中へ踏み込まず、それでも言葉だけは逃がさぬ距離を選んだ。


「いま伝令が京極丸へ走られたのを拝見いたしました。あれは急ぎの報せとして思いますがこのままでは攻めの道と医の道、穢れの道が交わります」


「道が?」


「はい」


溝口は尾根筋の方を見上げた。


「小谷の郭は尾根に沿って連なっております。本丸へ向かう最短路、いわば正面の通りは、いま攻略隊や伝令が使っている。そこへ京極丸から降りる負傷人床を流せば、必ず詰まります。さらに血痢疑いの者まで同じ道を通れば、軍勢の道と病の者の道が重なり混沌と化すでしょう」


一綱の瞬きが止まった。


血痢場の内では、便、水、布、桶、手を分けることに心を砕いていた。だが、溝口が見ているのはその外であった。病人がここへ来るまでの道。伝令が走る道。兵が押し上がる道。負傷人床が降ろされる道。


そこが混ざれば、隔て場だけを作っても足りない。


「つまり……」


一綱はぽつりとひとこと声を発そうとして詰まる。


そんな姿を見て思わず溝口は頷く。


「本丸への最短路は、攻略隊へ空けるべきです。あそこは攻め手の道にございます。負傷人を運ぶ道は郭下へ落とす。すれば物資を搬入する荷道、腰曲輪の下を回る細道、役人や使番のみが通るような枝道を繋げれば、遠回りでも搬送路にできます」


「では血痢疑いはどこを通すのか?」


「さらに人の少ない下手へ回すべきでしょう。外傷の者と、腹の病の疑いある者が同じ場所に溜まってはならぬ。もっとも、誰を血痢疑いとするかは、医務衆の見立てが要りましょう。そこへは、我ら兵が口を出すべきではござらぬ」


一綱は溝口を見た。

思っていたより、よく見ている。


いや、そういう男であることは知っていた。丹羽隊の兵は派手に吠える柴田隊とは違う。気づいた時には、必要な場所に周り、戦場を支えながらも確実に一手一手と進む。溝口はその気質をよく持っていた。


「……動線確保が上手く進んでいないと?」

一綱は短く言った。


医務衆救走班は戦場においての負傷人を救い出す職人として日々訓練されている。特に搬送路の確保と事前の下見において導き出された最適な経路の見定めは宗次が、日頃から口を酸っぱくして指導している項目だ。しかし今、それが見誤られている。


「恐れながらその通り、医務衆は平地や山道、川沿いなどの戦場は経験しているはず、しかし攻め手が少なく細い道の多い山城では未だ戦の経験は無いはず。つまり、見定める道が見えておりませぬ。目の前にある道だけが道ではござらん。」


北近江、伊勢長島、比叡山、浜松と確かにその通り。

医務衆は山城攻略、それどころか城攻めの動線への理解が乏しかったのだ。


「確かにそうだ、街の中や街道、そして森の中は想定したものだが城攻めの最中、乗り入れての治療は初だ。」


「そう思い、ある程度道を選定して参りました。混乱に陥る前に知らせねばと」

溝口の目がわずかに動いた。


「恐れ入る溝口殿、だが俺は血痢場を離れられん。ここで患者を見なければならぬ。先運ばれてきた者は既に手遅れやもしれぬが今はそちらで手一杯だ」


「分かっております。だから一綱殿にまず申し上げました」


「俺に?」


「血痢と断じたのは一綱殿です。ならば、道を分ける理も、まず一綱殿に血痢が事実なのか確かめ、支えるべきか確認をとるべきかと」


一綱は一瞬だけ黙り、それから小さく頷いた。

「その通りだ。助言感謝する溝口殿。」


その一言に、溝口の肩からわずかに力が抜けた。

「ならば、次は指揮を執る治長へ話します」


「そうしてくれ」


一綱は縄の外、金吾丸の入口近くへ視線を向けた。


治長が木札を並べ、運ばれてくる者の行き先を振り分けている。傷所へ送る者。桃慧へ回す者。隔て場へ送る者。待機させる者。声は大きくない。だが、医務衆の流れは彼の手元で動いていた。



「承知」


「溝口殿」


溝口は一度深く頭を下げた。


「かたじけない」


溝口は一瞬だけ目を細めた。

そして、ほんのわずかに笑った。

「なんの、某も桃慧様に褒めてもらいたいだけの事」


「おい!それはならぬ!」


「がはははっ、それでは一綱殿、血痢のことはお任せいたしますぞ!」

溝口は立ち上がり、すぐに治長のもとへ向かった。


 

金吾丸の入口では、人の流れが絶えなかった。負傷人床が入り、救走班が戻り、伝令が走り、薬袋を抱えた者がすり抜ける。その横で、治長は木札を動かしていた。白い札、赤い札、焼印を押した小さな札。それぞれが行き先を示している。


「治長よ」


溝口が声をかけると治長は顔を上げた。

「これは溝口殿」


「お久しぶりですな治長。今一綱殿の所で助言を致したところ、こちらへ話すよう言われました」


「一綱から?聞きましょう」


溝口は膝をついたまま、手短に説明した。


「このままでは、本丸へ向かう攻略隊の道と、京極丸から降りる負傷人床の道が交わります。小谷の尾根筋は狭い。正面の通りは攻略隊、後詰め、伝令が使っております。そこへ搬送を重ねれば、攻め手も医務衆も止まる」


治長は手元の札を止めた。


「搬送路を別に作るべきだと」


「その通り、宗次殿はお忙しいようで先にこちらで道を選び、下準備をしてきたところ。あとは確認し動くのみ。」


溝口は頷いた。


「経路は、正面の通りではなく郭下へ落とします。物資搬入の荷道、腰曲輪下の細道、使番が通る枝道を繋げば、遠回りでも確実かつ安全な道になります。藪を払い、ぬかるみに枝をと木板を敷き、傾く場所には杭を打ってあります。」


「負傷人床が通れる幅はありますか」


「すべてではございませぬ。通れぬ枝道は捨てます。荷道であれば見込みがあります。三間半(約6.4

m)槍で確かめた所、曲輪下の道も二人担ぎなら通せます」


治長は短く考えた。


それはほんの数息であった。血痢場から新たな患者が来るかもしれない。京極丸からさらに負傷人床が降りてくるかもしれない。迷う時間はない。


「そのご助言、すぐに各班へ伝えます。道の案内には救走班第七班と第八班連れてください。そのもの達に他の班への周知をさせます。」


治長はすぐに周囲の者達へ指示を出す。


「救走班、直ちに溝口殿の隊に同行し場所の確認を。白布の道を通常傷所へ。赤布の道を血痢場へ導くように。見立ては陣の入口で我々が行います。すぐに動け!」


「「「承知」」」

治長の激により医務衆各班は蜘蛛の子を散らすように動き出した。


「溝口殿、感謝いたします。それとお願いが。」


「ええ、案内と通路の警備ですな。もとより、そのつもりにございます」


溝口はきっぱりと言った。


「医の事は医務衆の方々の理に従うべきこと。私が見るのは郭と道です。どこを通り、どこを避け、どこを塞ぐか。それだけにございます」


治長はその言葉に頷いた。


「では、京極丸下に見立て口を置きます。宗次様の救走班を二組。ひと組は白布、ひと組は赤布へ振り分ける。腹を押さえる者、尻の布が汚れている者、何度も厠へ行きたがる者、渇きの強い者、熱のある者は赤布へ。判断に迷う者は、一度止めよ」


「しかと聞き受けました。数は少ないですが忠義の熱い兵たちです。必ずや。」


 

「お願いします」

治長は木札を取り、近くの救走班へ渡した。


「宗次殿へ。京極丸下に見立て口を設けます。溝口殿が搬送路を確保。白布は通常傷所、赤布は血痢場。見立ては陣前で行う。溝口殿へ続いて動いてください。急いで!」


「はっ!」


救走班が装備品を抱え立ち上がる。

溝口もまた、立ち上がった。

「各方、救走班の方、こちらへ!」


その声が金吾丸の外側へ響いた。

丹羽兵たちが振り向く。溝口は尾根筋の主道を指した。


「本丸道は攻め手へ空ける!負傷人床はあそこを通すな。郭下へ回す!」


「郭下でございますか」


「そうだ。先程見た道だ。命の道と心得よ。絶対に他の兵を近づけるな。」


兵たちの顔が引き締まった。


「白布は通常傷所への道。赤布は血痢場への道だ。ただし見立ては医務衆がする。お前たちは勝手に決めるな。救走班が赤と言えば赤、白と言えば白だ」


「はっ」


「決してこの道は健常者を通すでないぞ、たとえ味方にでも槍を向けてでも止めろ。ここ三途の川の畔だと言え。生者を通す道と、通さぬ道を分ける場だ」


丹羽兵が動き出した。


補強用の杭を担ぐ者。縄を持つ者。白布と赤布を裂く者。数人は主道へ向かい、攻略隊の流れを妨げぬよう人を外へ押し出した。別の者たちは郭下へ降り、荷を通した跡のある細道を探した。藪が払われ、枝が敷かれ、滑りやすい石がどかされる。腰曲輪の下の細い道に縄が張られ、白布が結ばれた。さらに人の少ない下手の枝道には、赤布が結ばれていく。


勝ち戦に浮かれたものはなく、粛々と淡々と。

ただ病を広げないため、死の淵から人を救うために小谷の山道が、少しずつ作り替えられ行く。

命を守る道を命を守るものたちに繋ぐ、それが今ここに居る者たちの使命であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。