百二十一
玉祥は私の問いに困ったように眉をハの字に下げた。
「多分だけど……最初からだろうね」
唖然とさせられたのは私だった。
「最初って、私が二人に始めて会った時か?」
愕然として聞き返したら、玉祥は大きく頷いた。
「そうだよ。二若が『二若』として僕達と出会った時」
うろ覚えな記憶を掘り返し、あの時の事を思い出そうとしたがほとんど何も思い出せなかった。
思い出せないなりに、大きな問題は起こさなかったように感じる。
それなのになぜだ?
「女らしさが抜けきっていなかったか?」
「そんな事は無いよ。もしそうなら僕だってもっと早く気付いたさ」
玉祥はあっさり言い切った。
「じゃあ、どうして私の正体を佑茜様は知ったんだ?」
「僕と佑茜様は、二若と会うだいぶ前に、『一姫』って女の子に会った事があるんだよ」
……え?
思いがけない言葉に私は言葉も無かった。
私が二若となる前に二人に会った? そんな馬鹿な。
「お父上に連れられて、三つ子が帝都へ来たことがあるはずなんだけど、覚えていないかな?」
「覚えていない」
玉祥の言う通り、父上が生きていた頃となると、本当に小さな頃だ。二つか三つくらいだろうか?
父上が体調を崩されてあっという間に亡くなり、そして帝都に人質として出されるまで、色々な事がありすぎるくらいにあった。周囲が目まぐるしく変わっていき、それ以前の記憶が酷く曖昧になっている。まだ小さかったというのも理由にあるだろうが、全く覚えがなかった。
「まあ小さかったしね。庭園で僕達が遊んでいたら、一姫って女の子が一人でポツンと立っていたんだ。それで僕が『どうしたの?』って声をかけたんだ。その子は振り返って、警戒心丸出しで僕達をジッと見つめた後、なぜか急に笑顔になって『迷子でしゅ』って言うんだよ。佑茜様に馬鹿かと嫌味を言われても意味を理解していなかったのか、ニコニコ笑顔のままで邪険にされてもなぜかくっ付いてくるし、あの時は驚いたな」
いや、驚いたのは私だ。
なんだその阿呆な子供は。玉祥の言葉を借りれば、私と言うことになるのだが。
「信じられる? 佑茜様が本気で困っていたんだよ。仕方ないから一姫のお守り役を探して歩いていたら、陸克昌達に出くわしたんだ。陸克昌達は僕等を見て何か声をかけてきたんだけど、なぜか優しげに話しかけられた一姫はプリプリ怒り出して、怒るだけじゃなくてちっさい足で一生懸命蹴りながら、『あっち行け!』『あっち行け!』って、追い返そうとしたんだよね。陸克昌達は怒って一姫を突き飛ばしたけど、それでも懲りずに『あっち行け!』だよ」
陸克昌はいけ好かない貴族の坊ちゃんだ。
昔から同じような輩を引き連れて徒党を組み、己より弱いと見るとネチネチと甚振るようなろくでなし。佑茜や玉祥よりも幾つか年上なのだが、おそらく佑茜や玉祥に絡もうとしていたのを心の色から気付き、私は追い払おうとしたんじゃなかろうか。
全く記憶が無いので自信は無いが、おそらく間違ってはいまい。
あの頃はまだ私の力は強く、優しげに見えてもどういった思惑をしているか心の色で全て判別できていたから、そういった行動を取ることは不思議じゃないのだけれども。幼い頃はそんなにあからさまな行動をしていたのかと、苦々しい思いがした。
それにしても、そんな私が嫌味を言われて邪険にされても玉祥や佑茜にくっ付いていたのは、よっぽど心の色が気に入ったか安心したからなのだろう。玉祥だけなら理解できるが、佑茜もとなると、かなり違和感を覚える。
聞いた限りの行動をするのは、三つ子の中では私だけだ。二若も三姫も見えるもの聞こえるものが違うから、もっと違う反応をしたと思う。だから紛れもなく私なのだとは思う。
「二若と初めて会った時、一姫と全く同じ反応をしたんだよね。ジイッと僕達を見た後、ニコッて笑顔になって。あの時はさすが姉弟だなって思ったけど……あれは本人だったんだよね?」
そんな反応したのか?
……いや、したんだろうな。初対面の相手をジッと観察してしまうのは私の悪い癖だ。
最近はあまり出さないよう意識はしているが、何年も前に指摘されるまで気づかなかった癖なのだ。初対面の玉祥達にやっていないと考えるのがおかしいだろう。
「ああ。おそらくな」
この問いに私はどう答えようか僅かに逡巡したが、今更否定したところで意味はない。
問いかけてきているが、玉祥は確信していて否定したところで信じはしないだろう。
私は素直に頷いた。
「やっぱり! じゃあ二若は、本当は一姫なんだよね?」
「そうだ。一姫と会った事があるのなら言ってくれればよかったのに」
思わず繰言が口をついて出た。
筋違いと理解しているが言わずにはいられなかった。
「佑茜様が言うなって口止めをしたものだから……ゴメンね」
玉祥は申し訳なさそうに言った。
「いや、騙していた私が悪いんだ。玉祥が謝る必要なんてない」
「ありがとう。……話は戻るけど、だから佑茜様は最初から知っていたんだと思う。知っていて、ああいう態度を取ってきたんじゃないかな」
「それは、私に対して試すような言動をしたり、か?」
「うん、そう。二若がうっかり気を抜いて性別を周りに知られないため、だね」
知っていたからと思えば、佑茜の幾つかの態度は納得がいく。
ふざけ半分で影ながら人を支えるなんて人間にはとても見えないが、それでもそうだったんだなと納得できてしまった。