真鍋
俺は資料が山積みの机の前で大声をあげた。
「だけど、デスク。数字にならないことだってある」
俺は、URBOSの処理の不透明さに関する記事を書こうとしていた。
「そんな記事載せられるか。目撃者でも何でも、具体的なネタもってこい」
デスクとは喧嘩別れだ。
URBOSの個別の処理に踏み込むと、どこに聞いても「個人情報保護」で止まる。
具体性のない記事に意味はない。分かっている。デスクは正しい。
ただ、いくつも妙な話は出てくる。
また聞きの、雲をつかむような話ばかりで、噂話の域を出ない。
事務所の扉を勢いよく閉めて、街に出たはいいが、あてがあるわけじゃない。
まだ早いがバーにでもしけこんで、愚痴でも聞いてもらおうかと思った。
端末が鳴った。
「Aだ。Aで分かるだろ」
「当たり前だ」
「消された記録。でかい話だ。その情報を提供したい」とAは言った。
Aは運用局の職員だ。ログ管理をしている。俺とは取材を通じて顔見知りだ。
「いつものネタじゃないな。なんでそんな情報を持ってる」
「会ってから話す」とAは答えた。
俺は念のため、ガセじゃないだろうなと聞いた。
「ネタはある。いつもの通りに隠してある。待ち合わせは河岸緑地の三番ベンチ」
仮にハッタリでも聞いて損はない。
俺は待ち合わせ場所に向かった。
◇ ◇ ◇
緑地の東側は再開発が途中で止まった地区で、センサー網が古いままだ。
監視がないわけじゃないが、手薄には違いない。
ログ管理をしている男だけあって、その手のことには詳しい。
それにしても、手薄な所と手厚い所、金をかけてる所と、そうじゃない所。
この街はその差が大きすぎる。
十五分待った。俺は遅刻する男が嫌いだ。
これ以上待つ必要はない。来ないということだ。
三十年もこの仕事をやっていると、来ない理由は大体分かる。
怖気づいたか、儲からないと分かったか、誰かに止められたか、このうちのどれかだ。
連絡を入れようとして、端末を開く。
手が止まる。Aと話した履歴がない。スレッドごと消えている。
慌てて宛先一覧を開く。そこからも消えている。
だが、端末の記録なんてものは信用できない。俺のものであって、俺のものじゃない。
システムが「ない」と言えばない。たとえ、こちらに削除した覚えがなくてもだ。
だから、俺は紙のノートを持ち歩いている。若い奴らには笑われる。
データにしないと検索できないでしょうなどと言う。
分かっていない。検索できるということは、検索されるということだ。
そこまでは言わない。あいつらの寝つきを悪くするつもりはない。
◇ ◇ ◇
俺は、Aを探して、港湾地区の外れにあるAの住まいに向かうことにした。
古い集合住宅の一角だ。
新交通を乗り継ぎ、四十分かけてようやく住所に着いた。
だが、そこに集合住宅はなかった。空き地だった。
ロープも柵もない、ただの空き地。
頭上では、監視用ドローンが一瞬止まり、どこかへ飛び去る。
隣の棟の前で、年配の女が鉢植えに水をやっていた。
「ここ、建物がありませんでしたか。集合住宅の」
女は俺を見て、それから空き地を見た。
「そこは、ずっと空き地ですよ」
「ずっと、というのは」
「私が越してきてから、ずっと」
嘘の顔じゃなかった。隠している顔でも、忘れた顔でもない。最初から知らないって顔だ。
昔、俺の友人に沖という男がいた。
優秀な奴で、運用局に就職した。トップエリートだ。
古いスクラップみたいなのを拾っては、修理するのを趣味にしていた。
職場で干されているとかなんとか、よくぼやいていた。
部品だの工具だので、足の踏み場もない広いマンションの一室。
沖は、四角い箱みたいなのにかかり切りだった。傍らにはインスタント食品の容器。
「金があるんだから、もっとマシなものを食ったらどうだ」
そんなヒマがあったら、こいつに時間を使うよ、と沖は答えた。
十年ぐらい前に、さっぱり連絡がつかなくなった。
宛先は残っている。ただ、応答がないだけだ。
後で聞いたが、運用局で起きたトラブルに絡んで、行方をくらませたらしい。
沖は行方をくらます直前、俺に言っていた。
「記憶を信じろ。記憶で記録を書き換えてやるんだ」
そのとおりだ。俺が書いたノートは、俺の記憶だ。
そのノートを開いた。Aと会った日付、場所、話した内容、NODE-6120。
俺の字だ。端末のAは消えた。紙のAは残っている。
そこに追加で書き込んだ内容。
「Aは待ち合わせに現れず、自宅の集合住宅も見当たらない。空き地」
これが、このネタのすべてだ。これじゃあ記事にしようがない。
◇ ◇ ◇
ついさっき、デスクから呼び出しがあった。
「おい、ハードボイルドさんよ、URBOSの記事は書けたのか」
「今、いろいろ追ってます。特ダネにしてみせますよ」と俺は答えた。
「コタツ記事でいいから、早く形にしろ」
何か言い返そうとしたが、端末はすぐに切られた。
俺は、喫茶「潮」のカウンターの隅に座って、ノートを広げた。
ここの店主は、必要なとき以外は喋らない。
それはこの街で生きていくには大事なことだ。
別のシノギがあると聞いたことがあるが、確かめたわけじゃない。
窓のガラスは、外の冷気で曇っていた。
入口のマットに、濡れた銀杏の葉が一枚。
冷めたコーヒーの横に、今日の記録が並ぶ。
突然の呼び出し、聞けなかったタレコミ、消えた男、消えた建物。
何もつながらない。何一つ。
入口の方で、学生らしいのが二人。窓際に女が一人。
変わった店だの、スコアだの、切れ切れに聞こえた。
俺は視線をノートに戻す。
もう一度、Aのページを開く。
万一に備えて、誰も見ないようなデータの奥にネタを隠していると言っていた。
運用局所管のログのどこかだろう、ということは俺でも分かる。
ただ、大海の一滴ってやつだ。相当の偶然でもなきゃ辿り着けない。
そういえば、その日は別の取材をしていた覚えがある。
まあ、記憶違いだ。紙は嘘をつかない。
Aが姿を消した、ということは確かな事実だ。
その気になれば足取りを追ってみてもいい。
入口の方の言い合いは、一人の男が引いて収まった。
若い連中はいつも自分のことだけだ。それで衝突を繰り返す。
悪いことじゃない。俺にも、そういう時期があった。
俺は、簡単には引き下がらなかったが。
女が席を立って出て行った。目を伏せながら。
店主は、一瞬心配そうな顔をしたが、その女を無言で見送った。
盗み聞きは趣味じゃないが、ノートの新しいページに書き加えた。
奨学金、特別な事情、配慮。それに、名前が三つ。笹野、多賀谷、一ノ瀬。
「これは、デスクの鼻を明かせるかもしれないな」
俺は小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
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NODE-2210 承認ログ抜粋 対象:真鍋
信用スコア:605
記録台帳照会履歴:NODE-6120 参照先欠落 1件
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