多賀谷
ある朝、目が覚めると通知が三件。枕元の端末が薄く光っている。
Green light, Green light, Green light, Green, Green, ……,
端末の画面をタップすると、URBOSのロゴマークとともに緑のバナーが並んだ。
それぞれの末尾に小さく「承認済み」の文字が並んでいる。
その下にはいくつかニュースの見出しがある。
遠い国の資源紛争で、無人機同士の交戦が三日目に入り激しさを増している。
システムに不正侵入。十年間行方をくらませていた犯人に迫る。
システムエラーによる停電が発生。記録の取り違えによる行政ミスが原因か。
僕には関係のないニュースばかりだね。
窓の外はいい天気だ。
十四階から見下ろすと、街は朝の光の中で整然と並んでいる。
新交通の高架を自律走行のモノレールが等間隔で流れ、その向こうに埋立地の白い倉庫群が見える。
空には広告ドローンが数機、化粧品やPCのコマーシャルを流しながら飛び交っている。
「今だけお得、九十五パーセント引き。何が何でも今すぐ端末から注文」
シャワーを浴びながら、僕は今日の予定を頭の中で確認した。
「午前―経済学の講義」「午後―経済シグナル理論研究会」「夜―教授打ち合わせ」
全部、先週のうちにURBOS上の個人スケジュールに登録したものだ。
登録した予定は、URBOSで自動的に審査され、問題がなければ緑のチェックがつく。
"No problem, 中井様"
URBOSからのメッセージだ。名前を間違えるっていうのは頂けないけどね。
今日の予定にも、すべて緑のチェックがついている。悪い朝じゃないさ。
◇ ◇ ◇
昼過ぎにちょっとした問題が起きた。
学食の入口で、一ノ瀬が立ち往生していた。
Red light.一ノ瀬の前には赤いランプが灯っていた。
「おい、何やってんだ。早くしろよ」
後ろで文句を言っている人がいたんで、僕は一ノ瀬の手を引っ張って、列の外に出した。
一ノ瀬は不服そうだったが、黙って僕に従った。
一ノ瀬は高校から一緒で、同じ大学に通う親友なんだ。
と言ってもこの街に大学は一つだけ。
彼は古生物学を専攻していて、時々、浮世離れした話をする奴なのさ。
たまに部屋に泊まりに行く。
一ノ瀬の部屋には、古いゲーム機とレコードプレイヤーが置いてある。
"I'm sittin' here wonderin', would a matchbox hold my clothes?"
そんな時は、好きな音楽について朝まで語り明かす。あいつは古いのが好きなんだ。
「で、どうかしたのかよ」と僕は一ノ瀬に声をかけた。
「学食の継続が通らなかったのをうっかりして……」
そして、一ノ瀬は続けた。
「俺の端末、赤と緑のピコピコ君を見てくれるかな」
端末を見ると、画面には否認の通知があった。
「スコアは足りてるんだが……」
「運用局の窓口は」と僕は一ノ瀬に聞いた。
「聞いたって、どうにもできないと言われるだけだ。あいつらはいつもそうだろ」
自分の残高を一ノ瀬に振り込もうとしたが、一ノ瀬と僕のスコアに差がありすぎて、振り込みできなかった。
僕のスコアは952。クラスで上位五パーセント。
一ノ瀬は614。300以上差がある。"952-614=338"
内心では驚いたが、平静を装って、一ノ瀬に言った。
「今日は外で食えよ。コインは持ってるんだろ。明日には直る。URBOSは正確だから」
一ノ瀬は何も答えずに背を向け、僕に向かって右手を上げて、学食を後にした。
立ち去る一ノ瀬を見送ると、もう学食に並ぶ列は短くなっていた。
僕は学食に入って、いつもの席に座った。
「豚ヒレ肉のソテーマスタードソース温野菜添え、季節のサラダバルサミコドレッシング、バゲットorライス」
ごくわずかな確率で、URBOSもトラブルを起こすことがある。
でも、そういったトラブルは、すぐに解消される。
だから一ノ瀬も大丈夫だよ。
ただ一応、学食を出る前に、一ノ瀬の情報を確認しておくことにした。
トラブっているなら力にもなれるだろう、と思ったからね。
友達登録をしているから、公開情報に加えて、お互いがオープンにしている記録も見ることができる。
学籍番号は4471、URBOSが付与する管理番号「ノード」と共通だ。
「該当するレコードが見つかりません」
あり得ない。もう一度検索したが、同じ結果だった。
しばらく待って打ち直したが、エラーメッセージは変わらなかった。
サーバーのラグに違いない。
負荷が高いときに出る表示だろう。すぐに直るはずさ。
◇ ◇ ◇
それから数週間たって、僕はいつものように最後まで講義に出席していた。
空はすっかり暗くなっている。
一ノ瀬からは、学食前で会ったきり連絡がない。
まあ、研究に没頭したりすると、そういうことが時々ある奴なんだ。
夜の街は、ライトが煌めいていて、夜空とのコントラストが美しい。
僕は予約していたレストランに向かった。
道沿いのビルは、どれも磨かれたガラス張りで、ライトアップされている。
人々は、認証パネルに端末をかざしながら、ゲートの中に吸い込まれていく。
同じように端末をかざして、店に入る。
このレストランのゲートは変わっていて、半透明の扉を開けると、その先にも金属の扉がある。
Entree→Plat de poisson→Dessert
とはいえ、料理はトラディショナルなフレンチ。一流の味なんだ。
夕食を終えて、店を出た。足元の街灯が途切れた場所で、一瞬、向こうのビルの壁面が赤茶けた岩のように見えた。
光の当たり方だろう。錯覚かもしれないね。
あまり気にせずに、自宅に向かって歩いていく。冷たい夜の風が頬に心地よかった。
自宅に着いて、ゲートをくぐり、部屋の扉を開ける。
シューズロッカーの上には、紙のコミックが一冊置いてある。
僕のじゃない。ちょっと昔に女の子に借りたんだ。
▽ ▽ ▽
「宇宙船地球号」
〈一巻〉
世界はいつ終わるとも知れない戦乱の中にあった。
こうした中、外宇宙への移住を進める計画が策定された。
私の胸の緑のバッジ。大きな目の意匠。
上位五パーセントの選ばれた乗組員にだけ与えられるものだ。
ポッド 氏名 適性
0928 多賀谷 未定
4471 一ノ瀬 未定
5829 ターニャ 未定
この三人も優秀な乗組員だ。目的地に到着後には、開発の中核を担うことになろう。
いよいよ、発射場とされたミサイル基地から、十二隻の宇宙船が飛び立つときが来た。
そのとき、大勢の人々が、基地を取り囲む防護フェンスを押し倒して、なだれ込んできた。
「外宇宙より平和を」、「宇宙船に使う金を我々の生活へ」、「自分たちだけ逃げ出すのか」
その人々から発射場を守ったのは、焼夷弾を積んだ高速移動型ドローンだった。
あちこちで吹き上げる炎の中から、それをかき消すような轟音と衝撃波とともに、私たちは飛び立った。
中継された画像を見ると、発射場には、無数の歯車やリレーが散らばっていた。
飛び立った宇宙船に対しても、多くのドローンが自爆攻撃を仕掛けてきた。
ようやく、外宇宙に飛び出せたのは三隻のみだった。この船が残ったのは、運以外に理由はない。
△ △ △
登場人物に僕の名前とノード。一ノ瀬と、あと一人の分も。
まあ、フィクションだよね。異世界ものってやつ。
でも、作者は誰だろう。僕らのことを知ってるのかな。
コミックの続きは読んでないし、廃棄してもいいんだけど、なんとなく面倒で取ってあるんだ。
その子が忘れられないとか、そんなことじゃない。
ベッドに入ろうとしたとき、一ノ瀬からメッセージが届いた。
僕は、メッセージのタイトルだけ読んだ。
「都市の拡張アルゴリズムと古生物的位相構造の類似性について」
PDFファイルと、あとはなんかよく分からないデータファイルもついていた。
難しそうだった。専門外だし。明日読もうと思ったんだ。
でも明日も予定が詰まっている。既読にしたが、返信はしなかった。
「午前―レポート」「午後―以外なら」「夜―なんでもいい」
中身は読まずにダウンロードしてフォルダに保存した。
タスク欄に「一ノ瀬のレポート確認」と入力して、優先度を低に設定したのさ。
◇ ◇ ◇
────────────
NODE-0928 承認ログ抜粋 対象:多賀谷
信用スコア:952
記録台帳照会履歴:NODE-4471 参照不能 1件
────────────




