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沖

私は、沖がスクラップ場から拾い出し、一年以上かけて修理した保守端末です。

都市OS上の異常なデータを修復し、不正なデータを削除するのが仕事です。

いつ頃からこんな仕事をしていたのかは覚えていませんが、URBOSという言葉は最近知りました。

旧規格の保守専用経路を保持していますから、都市OSへのハッキングも得意です。


◇ ◇ ◇


俺は十年前、運用局にいて、URBOSの保守管理のリーダーを任されていた。

俺が、URBOSからも周りの奴らからも承認されていた頃のことは、今でもよく覚えている。

住まいも、クレジットも不自由はなかった。スコアも局内では高い水準だった。

電子工作なんていうマニアックな話でも、俺がすれば、同僚はみんな感心しながら聞いてくれた。


だが、ある日、机に座ると、いつも回ってくる報告書が届いていなかった。

隣の同僚がチェックしていた。

「上席の指示で、これ今日から私が確認することになっています」

やがて、ほとんど書類が回ってくることはなくなった。


「URBOSの評価の結果だから従ってもらわないと困る」と上席は言った。

口さがない職員たちは、わざと俺に聞こえるように言うようになった。

「上も使いづらいよ。よく局にしがみついているよな。主任に降格だって」


◇ ◇ ◇


私は、沖を眺めています。

沖は白い砂に腰を下ろしています。

離れたところに大きな岩があり、その横に、冷蔵庫のようなスクラップが打ち捨てられています。

沖は、何かを決意しているように見えます。私は役に立ちます。今までと同様です。


◇ ◇ ◇


コインで買ったインスタント食品が並ぶ暗い部屋。

俺は違法と承知で、時々、自分の端末からURBOSに侵入していた。

他人の記録を密かに見ていて分かったのは、評価なんていい加減だってことだ。


俺の人事や評価にしても、たいした理由もない。

俺は、試しに、自分のスコアを大幅にアップさせてみた。

そこまでは、俺の知識を使えば容易にできた。拍子抜けするほどに。


だが、すぐに、部屋の電気は落ち、遠くにドローンの音が聞こえてきた。

「その場を動かず、床に伏せてください」

俺は、着の身着のままで逃げ出した。


◇ ◇ ◇


私のリサーチで、URBOSがノードごとに「記録」を参照していることが分かりました。

沖のやり方では、改ざんした記録の確定まではできなかったのです。

逃亡者となった沖が辿り着いたのが、ここ、旧天至地区なのです。


沖がここに行き着いたのは僥倖です。

ここにはセンサーも監視カメラもありません。

地図にも載らないからドローンも来ないのです。


◇ ◇ ◇


俺は、自分の壊れた個人用端末を手に取った。もう、緑のランプが点滅することはない。

昔は、こいつで連絡を取り合う奴もいた。

あいつは紙の記録を大事にしていたが、俺は自分の記憶しか信じていない。


スクラップ場で拾って修理した保守端末が、今は相棒ってことになる。

ここには結構なものが流れ着くから、食うには困らない。

時々は街でシノギもしていたから、退屈もしない。

もちろん、話し相手はいないが、別に困るようなことでもない。


何回か、保守端末を使ってURBOSに侵入して、記録を書き換えてみたが、すぐに元の記録に上書きされる。

スコアも、社会的地位も、クレジットも。


◇ ◇ ◇


私は沖に聞かれれば、いつでも答えることができました。

「URBOSを一時的に停止させ、その間に記録を改ざんすればうまくいくのです」

しかし、沖に聞かれたことはありません。

沖はインスタント食品を片手に考え込む日が増えていきました。


沖は沖で考えがあるらしく、私は、URBOSのデータストリームの継続的なスクリーニングを命じられていました。

沖は、私がスクリーニングに励む間、時々いなくなることがありました。

そんな日はたいてい銀杏の葉が靴についていました。

私はいなくなることも、休むこともありません。


ある日、気になるデータがストリームに流れたので、沖に報告しました。

データを解析し、続いてノードを検索すると、検索結果には「レコードなし」と誰かの名前が混在しています。

沖は、その一連のノードをしばらく眺め、そして私に命令しました。


◇ ◇ ◇


俺は思った。

この一群のノードを流したのが誰かは知らないが、とんでもないシロモノだ。

記録の書き換えどころじゃない。記録の入れ替えの証拠じゃないか。

こんなことをして、それを維持するなんて、とてつもないシステム負荷だ。


だが、これは使える。


◇ ◇ ◇


私は、沖が呟くのを聞きました。

「これで、URBOSを混乱させられるんじゃないか……。その間に……」

そして、保守経路からURBOSのデータストリームに直接接続するよう命じました。


 記録を消されたノードに結びつく過去の記録を復元する

 同時に、復元された記録と矛盾する現在の記録を抹消する


その後、沖は、少し離れて私を見つめていました。

私は、同じ命令をURBOSへ送信し続けました。


しばらくは何も起きませんでした。

波が、沖の傍らの岩に三度、四度と打ち寄せました。


突然、私の中に、URBOSのセンサー網の画像が流れ込みます。

一万六千の瞳が映し出す光景です。

処理能力上、そのすべてを確認できませんので、順次映像を追いかけます。


◇ ◇ ◇


街の灯りが揺らいで、一つ、また一つと落ちていきます。

その一方で、埋立地の第三倉庫の二階に、事務所の明かりが灯りました。

そこは三年前から空き倉庫として登録されている区画です。


◇ ◇ ◇


集合住宅の廊下を、白い小型犬が走っていきます。左の耳だけが茶色です。

飼い主の姿は見えませんが、犬を呼ぶ声が聞こえました。

その隣の部屋のドアが開き、夫婦が顔を出します。

心配そうな顔で、廊下を覗き込みます。妻の耳には小さなイヤリングが光っています。


◇ ◇ ◇


信号機が黄色の表示のまま止まりました。

横断歩道の手前で、ターニャが足を止めて、変わらない信号機を見上げています。

ターニャは何かに気づいた様子で、振り向いて、潮に走り出しました。

その背後すれすれを、猛スピードのトラックが通り過ぎます。


◇ ◇ ◇


真鍋は緑地のベンチに座っています。

手にしているノートには、「一ノ瀬渉。レポートが鍵」とあります。

ドローンが火花をあげながら落下を始めました。火花が飛び散ります。

真鍋はノートで頭を覆って建物の陰に飛び込みますが、ノートは燃え始めます。

真鍋はそれを地面に投げ捨てました。ノートはほとんど燃え尽きています。


◇ ◇ ◇


大学の入口にあるゲートの表示が点滅を繰り返します。

研究棟の入口で、木山が端末をかざしていますが、何度かざしてもゲートは開きません。

警備員が木山に近づき、物理キーでゲートを開いて、木山を迎え入れました。

木山は、ゆっくりと校舎に向かいますが、構内に人影はありません。

明かりもない校舎内に、木山は迷いなく入って行き、影の中に消えていきました。


◇ ◇ ◇


倉庫街の外れで、自動運転のバスが突然カーブし、急停止しました。

急停止したバスの正面にある家の中には、一匹の大きな蜘蛛がいて、その傍らにゴーグルが落ちています。

床には紙の日記が開いたままになっています。

蜘蛛は、部屋の壁に素早く移動し、開いていた窓から外に出ていきました。

部屋の中に動くものはすでになく、カーテンだけが揺れています。


◇ ◇ ◇


遠くの海がざわつき、二つの大きなうねりが浮かび上がり、その間に、黒い巨大な目のようなものが突き出ました。

徐々に、扁平な体躯が海の中から現れると、次の瞬間、大きな水しぶきとともに、水面に倒れ込みました。

大きな波が盛り上がり、街に押し寄せます。ビルはその向こうに整然と並んでいます。


◇ ◇ ◇


波が崩れかけた形のまま止まりました。


その向こうの空に色のない線が現れ、みるみるうちに広がっていきます。

沖は逃げ出そうとして、足元の白いスクラップに躓きかけ、壊れた個人用端末を海に放り出しました。

すぐに、線は岩よりも大きくなり、雲の動かない青い空を、波の来ない海を、白く光る砂浜を、順に呑み込んでいきました。


────────────

処理状態:未確定

復元:不能

────────────


◇ ◇ ◇


俺は、足元で動かなくなった保守端末を眺めた。

処理中の画面がしばらく続いた後、一瞬白く光った。

その後、画面が黒くなって、それきり反応がない。

「……無理だった……か……」


青空と海、砂浜、遠くに見えるビルの群れ。

保守端末を持ち上げる。重くはない。


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