4章-8節 白蛇①
濃霧を散らして現れたのは、青白い電撃を纏った巨大な白蛇。あの蛙と同じように、宙を泳いでいる。
その赤い目には警戒の色。どうやら俺たちの出方を探っているようだ。長い舌をちろちろと出しながら、鋭い威嚇音を発している。周囲には時折雷が爆ぜ、稲光を放っていた。
「敵認定されるのも、時間の問題ね」
「……そうみたいだな」
俺たちを観察する姿に油断はない。纏わりつくような蛇の視線を感じる。恐らく、餌なのか敵なのかを計りかねているだけで、攻撃するという決定は覆らないのだろう。
「――それじゃあ、いつもの通りにいきましょう」
言うが早く。
「炎噛断鎌」
シアの手に炎色の刀身を持った大鎌が現れる。揺らめく蜃気楼を湛えた高熱原体。触れただけでも灰になりそうなほど、強大な炎の力が押し込められている。
シアは大鎌を両手に握り腰だめに構え、一息に振り抜いた。瞬間、赤い炎の濁流が直進し、宙を焼いて大蛇へ到達。その鱗を炎に巻く。
「白蛇が一瞬で真っ黒だな……」
宙でのたうち回った蛇だったが、魔法の炎が消えてみると、どうやら焦げついただけで仕留めてはいない。それでも効果はあったようで、白蛇は逃げるように距離を取る。激昂して襲いかかってくるものと思っていたがまだ冷静だ。狡猾な魔物なのだろう。
――だが、そこはまだシアの距離だ。
鋭い魔力が鎌から放たれる。炎に形作られた必殺の斬撃が一閃、宙を裂いて飛翔する。サフィールも魔剣で使っていた飛ぶ斬撃。シアが使えても驚かない。
放たれた斬撃は大蛇の渾身の雷撃によって威力を減衰された。しかしそれでも止めることはできず、今や黒くなった胴体に深傷を負わせる。焼き切られた肉から赤い血が流れ、黒い煙とともに蒸発する。
更に距離を離す大蛇。その目は怒りに燃えているが、赤い瞳の奥底に冷徹な光が見える。俺たちの戦力を分析しているのだろうか。とはいえ、逃げる相手を深追いする必要はない。
シアは炎の大鎌を投げ放った。身の竦むような風切り音と共に飛んでいったが、流石に距離があったため回避され、濃霧の向こうへと消えていく。そのまま行く末を見ていると爆炎が上がった。大鎌が爆発したらしい。この女はなぜそんなに爆発させたがるのか。
逃走中に爆炎に照らし出された大蛇は、もはやこちらも見ずに一目散に逃走して浮島の影、そして濃霧の中に消えた。
「……あれは執念深そうだな」
「次があるなら、倒すだけよ」
頼もしい限りだ。
後方からの奇襲に警戒しつつ、崩れた足場に目を戻す。この焦げ跡はあの大蛇の雷撃によるものだろうか。
「氷で橋とか作れないの?」
シアの声で物思いを引き上げる。
「渡すことは出来ると思うが、先が見えないから強度が不安だな。広さも確保できない」
俺の氷は離れるほどに脆くなる。水を媒介できれば話は変わってくるが。
「そ。じゃあ、浮島に橋をかけていきましょうか」
「それが無難か。魔力も節約できるしな」
辺りは粒子が濃く、浮島の密度も高い。『雨』にさえ気をつけていれば、例え足元の浮島が崩れても何とかできそうだ。とはいえ、いつ崩れとも知れない浮島の上に長くはいられないし、いたくない。
浮島を氷の橋で渡りながら、壁際の足場を探す。
やはりかなり広範囲に破壊されており、足場は途切れがちになっている。
あの蛇が破壊したのだとすれば、何の意図があって。
考える。
奴はこのあたりをねぐらにしている。となれば、この逆さ天空にやって来る人間がこの足場を通ることはもう知っているだろう。その足場を破壊したとすれば、取れる道はそう多くない。
ならば――。
「――シアっ!」
気配なく現れた黒焦げの蛇が、俺たちの立つ浮島に体当たりを仕掛けた。間一髪、なんとか近場の島に飛び移れたが、蛙の樹に固められた島が半ばまで粉砕されている。圧殺しようとしたか。
見れば、シアも直前で気づいたらしい。俺とは別の浮島に着地し、姿を消した大蛇を探している。
「……誘い込まれたかしら」
「そうかもな。ここはヤツの狩場だ」
気配を消すことに長けている上に、浮島が密集しているせいで死角が多い。その上、この粒子濃度では見通しも悪い。相手は痛手を受けているとはいえ、まだ十分に動ける。油断はできない。
強力な魔力を感知。見上げるが、浮島に隠れて大蛇の姿は見えない。
この場に導くことこそ、奴の狙いだった。魔力を節約せず、一気に突破してしまえばよかった。
「ネーヴ!」
シアの叫びの直後、浮島の隙間を縫って、雷撃の光球が降り注ぐ。
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