4章-7節 奈落への架け橋
「どうやら、撒いたらしいな」
「わたしたちよりもご執心な相手がいるようね」
シアも俺と同じ見解のようだ。
「一気に降りてきたけれど、どのあたりかしら」
再び壁際の足場を歩きながら見回す。
周囲の様子は変わってきていた。
これまで穴の縁や壁はゴツゴツとした岩場だったが、徐々に緑が増えてきた。浮島に生える木の根元には蔦が絡まっている。奈落からの日差しが強くなってきているせいだろうか、植物の成長が見られる。
「中層までもう少しってところか。キャンプまではまだ掛かりそうだな」
地図とリースから聞いた話は頭に入っている。あとは自分の感覚と情報を照らし合わせると大体の位置が分かる。
「そう、便利なネーヴね。じゃあ、魔力は少し節約しようかしら」
一家に一人のネーヴちゃん、などと言っているシアはとりあえず置いておき。
重力制御魔法の魔力消費は大きいというし、多用は厳禁なのだろう。いざというときに戦えなくなってしまっては困るからな。
「それにしても、ネーヴの魔力は随分上昇したわね」
「確かに、な……」
封印が施されていたと、シアは言った。それが綻びかけていたとも。
「ご家族に感謝なさい。それだけ大きな魔力は、幼児期に扱うには危険よ。きっと、ネーヴを想っての措置なんだから」
俺のもの想いを見透かしてシアは言う。真なる魔族は読心術でも心得ているのだろうか。
「それでも、一言くらい教えてくれていたって良かったのにな」
「ネーヴが大きくなったら教えるつもりだったのよ」
「そうか。ま、人間いつ死ぬかなんて自分じゃ分からないからな」
「……」
どこか腑に落ちない想いを抱えながら、それでも先を急ぐ。
周囲にはようやく蛙たちがいなくなった。その代わりに木が生えた浮島が点在している。おそらく、雨で活性化したあとに、また木の状態に戻ったのだろう。あの蛙は浮島の粒子を固めることができるらしい。木に変態することも含めて、謎すぎる生態だ。
壁際にある足場はさすがに心許なくなってきた。上層では幅や強度はある程度確保されていたが、この辺りになると道幅はバラバラ。強度は場所による。更に風雨――特に強力な『雨』に晒され、破損が深刻だ。蛙の木のない浮島とどちらがマシか、といった様子だ。
そんな道を、用心しながら歩いていく。
「この足場、どうやって作ったのかしらね」
それでも、この足場は螺旋を描き、大穴の壁に沿って続いている。ここまでの規模の工事だ。どれほどの財力が必要で、どれだけの人が参加したのだろうか。あるいは、冒険者たちが協力し合ってできた道なのか。
「リースなら知っているかもな」
「帰ったら聞いてみましょう」
そんな会話をしながら、降っていく。
途中、調伏されていない翼竜が何体か出現したが、一体がシアによって丸焦げにされると、すぐに観念した。
……これは本当に従魔スキルなのだろうか。ただの暴力ではないか。先ほどよりもやけに効率がいいのはシアの慣れのせいらしい。謎だ。
キャンプまであと少し、というところで足場が大きく崩れていた。下は陽光を放つ空。吹き上げる風は上層部よりも強くなってきている。それでいて、視界は悪い。浮島の粒子が濃くなってきているのだ。
崩れた足場の先は粒子の霧に阻まれて見えなかったが、少なくとも単純な跳躍で飛び越えられる距離ではなさそうだ。
「これは、破壊されたのか……。ここで戦闘があったのかもしれないな」
足場の端の木材が焦げている。翼竜がブレスを浴びせたのだろうか。いくら人気がなくとも、冒険者が全く訪れないわけではないだろう。
「これ、作るのもそうだけれど、維持するのも大変ね」
シアもしげしげと崩壊した足場を見ていた。
「案外フォール家が主導しているのかもしれないな。こんな依頼をするくらいだ、冒険者が寄り付かなくなったら困るだろうし」
目的地が中層下部だから、そこまでの道やキャンプは何としても維持しておきたいと思うことは自然だろう。アルクスの目にかなう冒険者がどれだけいるのかは知らないが、冒険者組合を通さずに依頼するくらいだ、その命を軽んじていては、いずれフォール商会の名に瑕をつける。
――とはいえ、この調子では道が途絶えるのも時間の問題だろう。相手が異星の自然環境では金の力でもどうしようもない。
「大商人が、そこまで冒険者を重要視するかしら?」
「イメージってのは、案外重いものだと思うぞ。いくら金を積んでも、命がなければな。金で買える信用にはきっと限界がある」
「逆にある程度は買えるっていうのは、業が深いわね」
関心なさそうに話を打ち切る。実際、フォール家の運営に興味などないのだろう。俺も深く考えてやるほどのめり込むのは避けた方が良いだろうか。
「ネーヴは見かけによらず情に流されやすいから」
俺の独り言を聞きつけて、シアはケラケラ笑う。
「なんだそれ。これでも利を見て動いているつもりだ」
「あら、利を取る人が出会って間もなく力を失ったわたしを捨てない理由はなにかしら」
「ぐっ………………。ずるいな、それは……」
「ふふっ。かわいい人ね。でもネーヴのそういうところ、わたしは好きよ。そうでなければ…………」
後半は聞き取れない声が風に流されていく。もとより聞かせるつもりがないのだろう。追求すると俺の形勢が不利になりそうなので、黙って見過ごす。会話で主導権を争うとき、沈黙が必要なこともあるだろう。
そんな呑気な気分を一変させる閃光が、粒子の濃霧の奥で走る。
「――なにか来るな」
「ええ」
二人で身構える。場の空気が張り詰めていく。
閃光は幾度も瞬いた。その度に強い魔力が放射される。――また魔物か。
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