4章-6節 雨後、蛙②
「さ。巻き込まれたら気持ち悪くて嫌だし、そろそろ進みましょう。なるべく刺激しないようにね」
「そうだな」
気配を殺して動き出す。が、すぐに一匹の蛙の目がこちらを向いた。合図もなく、他の半数もこちらを見る。両生類の顔にはなにもない。それでも敵意は感じる。
無数の人型蛙に見つめられるのは、正直怖気を誘う光景だ。
「何を感知したのかしら……」
「熱源とかじゃないか」
先ほどまでは俺たちに興味のない様子だったが、今の明らかな敵意はなんなのか。見境がなくなっているのか、興奮しているのか。恐らく、翼竜の存在が奴等の動きを活性化させたのだろうが。
「囲まれる前に切り抜けよう。とりあえず、奴等が武器を持っていないのが救いだな」
あの数の蛙が槍でも投擲してきたらそれだけでかなりの脅威だ。
数体の蛙にまとわりつかれた翼竜が落下していく。翼や胴、脚などに噛みついているが、食事というよりは、毒を送り込むための攻撃手段のようだ。
「道を開けるわ」
俺たちの進路を塞ぐように広がった一団にシアの雷撃が放射される。その雷に触れた蛙は、身体の内側から膨れ上がり破裂した。内臓や血液が周囲に吹き飛ぶ。辛うじて何体かの下半身が原型を留めていたが……原型がある方がグロテスクだな。
「シア、血を撒き散らすと危険だぞ」
「ごめんなさい……なんだか思った以上に効果的で……」
シアが困ったように眉根を寄せる。雷撃が通りやすい相手なのだろうか。仕方がないが、脅威でもある。
天空の底から吹き上がる風は、下層に向かうにつれて徐々に強くなってきている。血が風に乗って飛散してもおかしくない。あるいは、毒を撒くために皮膚が裂けやすいのかもしれない。
更に、雷撃で蒸発した蛙の血液が薄緑色の雲となって風に吹かれている。見るからに有害そうな景色。同じような光景は翼竜が相手をする戦場でも広がっており、奴等は雲を翼で吹き散らしていた。となると、やはりあれも毒か。
「戦闘能力は高くないのに、厄介な相手ね」
シアが魔力の放出で前方の毒雲を霧散させた。無害化したかは不明のため、避けるように降りるしかない。
高威力魔法は相手を爆散させる。こちらにも害が及ぶ可能性があるとなると、俺が相手をした方が良いだろう。
シアの雷撃によって蛙の軍勢に風穴を空けたが、すぐさま兵が補充される。翼竜と俺たちを二正面で相手にしていても、数で圧倒的に勝っている。木に変態していたようだが、どれほどの密度だったのか。
――考える間に、蛙たちは徐々に包囲網を狭めてきていた。早く脱出すべきだろう。
「氷棘鋼爆」
拳大の雪玉を召喚し、蛙の一団に投げ込む。雪玉は俺の意思で破裂し、内部に封じ込められた強力な冷気を解き放った。魔眼越しには蒼白の爆発が球を描いて広がり、蛙たちを飲み込む。極低温が蛙に触れると一瞬で骨の髄まで凍結。浮遊能力を失い、落下していく。
「なんだか、これはこれで虫を退治しているみたいで残酷ね」
「言うな。俺もわかってる」
次々に落下していく蛙たち。浮島に落ちた者は、砕け散って緑色の結晶に成り果てた。頭部がまるごと残っているのがなんともグロテスクだ。俺もシアのことは言えない。
「氷雪も効くようだな」
「しかも一瞬で芯まで凍りつくわね。属性に耐性がない……どころか、マイナスに振れてるみたい」
属性耐性がマイナスなんてこともあるのか。
ともあれ、この機を逃すわけにはいかない。直接魔法攻撃を受けなかった連中も、広がった冷気によって動きが鈍っている。今のうちに突破してしまおう。
シアの重力制御によって浮き上がる。シアは魔力の噴出で下方へとカッ飛んで行き、俺は氷刻厖掌で自分自身を射出する。
蛙たちも素早く追い縋るが、俺の放った氷澆弩槍による氷槍の弾幕でその足を止めた。直進する氷の槍に掠っただけで全身を凍結させるのだから、属性耐性がマイナスに振れているというのも納得だ。
ある程度距離を離したところで追撃は諦めたのか、引き返していく。シアに屈服した翼竜たちは気の毒だが、蛙相手に奮戦してもらう他ない。
せめて帰りには落ち着いていると信じたいが。
先に進むと、立ち昇った『雨』のせいか、行手にも蛙たちがいた。しかしこちらはまだ活性化していない。俺たちを認識しても敵意を見せない。周囲に翼竜の気配がないからだろうか。余程相性が悪い相手なのだろう。
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