4章-6節 雨後、蛙①
「雷擂襲鎚!」
シアの判断は早かった。
俺が臨戦態勢に入るよりも早く、木片の一つを雷撃で焼いてみせる。木片が粉砕される瞬前、俺は緑色の液体が沸騰し蒸発するのを見た。――何かがいる。
「なにこいつら……カエル……?」
木片の内側から両生類のような肌を持つ二足歩行の生き物が這い出て来る。扁平な頭に離れた目。外見は確かに蛙のようだ。ぬらりと光る肌は毒々しい黒と黄の斑模様。体長は成人男性の三分の一くらいだが、数が非常に多い。
「あの木の内側にいたのか……?」
「というより、木が分裂して変化――裏返ったように見えたわね。そういう生態なのかしら。あれも魔物ね」
翼もなく宙に浮き、粒子の濃い大気の中を泳いでいる。蛙の顔からは表情や感情を読めない。こちらの様子を窺っているようだが、まだ敵意は感じない。俺たちの力を測っている……というよりは、単純に興味がないようにも見える。
睨み合い、というほどでもなく、互いが互いの出方を窺っていると、離れていた翼竜の群れが甲高く鳴き声をあげる。シアの恐怖政治に屈服となった連中だ。どうやら蛙の集団を警戒しているらしい。
蛙たちもその姿を認めると、翼竜に向けて合唱を始めた。合わせるように翼竜も周辺に滞空し、各々が戦いの声をあげている。
「魔物同士の争いか」
「相容れないみたいね。ヘビとカエルみたいなものかしら」
月にも蛇と蛙がいるのか、と場違いな感想を抱いた。
――魔物同士が相争うのは自然界でも良くあることだと、知識では知っているが初めて見た。
より強いものが生き残る、弱肉強食が奴等のルールでもある。ちなみに故郷の山には蛙も蛇もいない。
両者は一触即発の状態だ。個体の能力では翼竜が優っているようだが、蛙は数が多い。見るからに毒を持っている蛙に接近戦は無謀だが、音速に近い速度で飛行できる翼竜ならば、あるいは。
翼竜の先頭に立つ――先頭を飛ぶ個体が一際甲高い声を上げた。全軍突撃、とでも号令したのか。開戦の赤光がその口から放たれる。見た目には見分けは付かないが、メイジの個体だったようだ。
強力な熱線に触れた蛙が一瞬で蒸発する。
遠距離からのブレスに対し、蛙たちはなす術を持たないようだ。だが、メイジは個体数が少ない。その上、その多くがシアに討伐されている。どちらも引かないのであれば、翼竜たちは近接戦闘をせざるを得ないだろう。
「あの蛙相手に接近は怖いな」
「そう? あまり強そうには見えないけれど」
「あんな黒と黄色の警戒色の皮膚を持つ生物なんて、まず間違いなく危険な毒を持ってるだろう」
毒々しい色の皮膚。個体差はあるが、後頭部にはまるで髑髏のような模様がある。人間が相対したら戦意を削がれるだろう。
「ああ、それもそうね。わたし、あまり毒が効かない体質だから」
毒が効かないというのであればスキルだろうと思うが、シアの中では体質で済むことらしい。
そもそも毒にも色々ある。いくら耐性があるとはいえ、どんな毒を持っているかも分からないのだから、警戒するに越したことはない。
動かずに様子を窺っていると、蛙が一斉に飛び上がった。宙を蹴っての跳躍。驚くほどに速い。群を成して飛び掛かる姿は、一つの生物のようだ。
「うぇ、ちょっと……気持ち悪いわね」
集まった蛙たちがぞろぞろと動く様は、その色や斑模様も合わさって忌避感を覚える。
正直、俺も見ていて気分が悪くなりそうだ。シアの気持ちもよく分かる。
メイジのブレスが迎撃するが、仲間が熱で消滅しても蛙の大群は止まらない。
そうして互いの先頭集団が激突。
翼竜の鉤爪は蛙を易々と引き裂き、緑色の血飛沫が舞う。近距離で放たれる翼竜のブレスは、蛙たちを貫通し焼き払った。――それでも、蛙の数は圧倒的だ。
殺到する群れを、翼竜は御しきれずに一旦距離を取ろうとする。が、蛙を爪で仕留めていた個体は突然羽ばたきを止め、真っ逆さまに落下した。看破の魔眼が告げる。あれは、もう死んでいる。
「やはり毒か。血に毒でもあるのか」
「浴びただけで翼竜の巨体に一瞬で回る毒って、かなり致死性が高いわね。それも、体表に血が付いただけで」
迂闊な接近は死に直結するとなると、氷雪系の短射程魔法では対処が難しいかもしれない。シアのように距離を空けて戦う術が必要だ。
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