4章-5節 逆さに降る雨
「壁際で守りを固めよう。足場が残っていることを考えると、穴の中央よりは安全そうだ」
「分かったわ、行きましょう」
魔力の放出で飛行するシアの後ろに氷の滑走で続く。穴の縁にはすぐに着いた。
「ネーヴは氷でわたしたちを覆って。わたしは内側で更に防御魔法を紡ぐわ」
「了解した」
シアの指示に従い、氷縛壁柩によって、俺たちを覆う巨大な氷の棺を作り出す。その内側を補強する形で、シアが防御魔法を展開。これで簡易的なシェルターの完成だ。
簡易といっても、防御効果は非常に高い。俺がレゾンまでの道中で作っていた『かまくら』とは比べ物にならない。通常個体の翼竜のブレスならばいくら受けても破られることはないだろう。
「来るわ」
シアの硬い声で、自然と意識が引き締められる。
……完璧とも言える防御陣に、俺は少し、楽観視をしていたかもしれない。だが相手は詳細不明の攻撃。警戒を怠ってはならない。
深淵の遥か先で、魔力が弾けた。
大穴を急速に立ち昇って来る魔力の奔流が否が応にも感じ取れてしまう。それは雨というよりも豪雨か、あるいは濁流に近い。進路上のあらゆるものを薙ぎ払い、凄まじい速度で迫って来る。
寒気がするのに暑い。
それは山で雪崩が過ぎ去るのを待った感覚に似ていた。防御姿勢を保ったまま、生き残る方法を必死で考えたあの瞬間を思い出す。息が上がり、酷く興奮したようで、底冷えするような恐怖が身体に圧し掛かっていた。
――『雨』が近づく。大きな力の奔流が迫る。壁を伝って唸るような轟音が響いて来る。巨人の雄叫びのようだ。本能的に危機感を呼び起こす重低音。不快な振動が腹に響く。
俯瞰視によって外の様子を窺おうとして、シアに止められる。俺の物理の目に手を当てられたのだ。
「見ない方がいいわ。嫌な魔力を感じるから、直視しただけでも呪われるかもしれない」
「そんなことがあるのか……というか、俺が魔眼を使うのが分かるのか」
「そうね。視野まではわからないけれど、何か視覚を補う魔法を使っているのはわかるわ」
また一つシアの能力に感心していると、背筋に怖気が走った。
雨がシェルターの外を通過したのだ。
弾丸の如き衝撃が絶え間なく氷壁を打ち付ける。翼竜のブレスとは比べものにならない圧力。強固な筈の防御陣が欠けていくのが分かる。
魔力で氷縛壁柩の氷壁を補強しながら、耐える。
雨はまるで、何百何千何万の意思を持った魔力のようだった。知覚できてしまうと、その蠢きだけで気色が悪く感じる。勢いは弾丸のそれに匹敵するのに、どこか蟲が這うような感触を想起させるのだ。
呪われるかも、とはよく言ったものだ。
……轟音が過ぎ去る。不穏な低音を大穴に響かせ、その反響もやむと緊張も解かれた。
「なんなんだ、あれは……」
疲労の声は俺のものだった。
通り過ぎる雨は氷のシェルターを激しく叩いたが、直撃を避けられたのと、シアの防御魔法もあって、貫通するには至らなかった。それでも俺の魔法で最高の強度を誇る氷の棺が穿たれヒビが走っている。
「自然現象よりは、魔法攻撃って感じね。でも異星の環境じゃ何が起きても不思議じゃないのかもしれないわ」
シアも不可解なものを見たという感想のようだ。
シェルターを解除すると、紛れもなく雨の匂いがした。周囲の浮島は全て原型を留めておらず、粒子となって広がっている。所々に黒ずんだ木片が浮いているのは、浮島に生えていた木が浮遊能力を持っていたからだろうか。
シアに屈服した翼竜たちも避難できたのだろう。気配はあるが流石に戦慄している様子だ。彼等もよくこんな環境を縄張りにしているものだと、やや感心する。
「ネーヴも人のこと言えないじゃない」
「俺は山を降りたぞ」
生きるためなら、時には故郷を捨てる決断も必要だ。
環境が変わらないのなら、俺たちが変わるしかないのだ。
「それにしても様変わりしたわね。あの浮島ができるのに、どれくらいの時間がかかるのかしら」
「浮島に生えた木が島を作っていたようだから、かなりの時間を要するんじゃないか」
「そうよね。けれど、あの『雨』がそんな滅多に昇らないとも思えないし……」
情報が少ないことが、このダンジョンを高難易度で不人気にしている、ということもあるだろう。『雨』の正体だけでも判明すれば、その対処法も考案されそうだが、今のところは直撃を避けて耐えるしかないというところか。
「でも、呪いに近い魔力が込められていたのは不思議だわ。ただの超射程超威力の攻撃なら余計な付加効果だと思うけれど」
「氷越しにも、生半可な盾や鎧じゃ貫通されるとは感じたな。物理的な威力は十分すぎるから、属性攻撃も混ぜてみたんじゃないか」
「だとしたら、深淵にはよほど近づいてほしくないのかもしれないわね」
そうかもしれないが、答えは深淵に近づかなければ出ないだろう。
ここで考えてみても仕方がない。
改めて出発しようと荷を背負い直すと、音。
ゲゲゲと、鳴き声のようだった。辺りに翼竜以外の生物はいなかった筈だが。
音の発信源を探ると、黒ずんで浮遊していた多くの木片が濃緑色に変化していた。――嫌な予感がする。
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