1章-4節 商う者と盗賊①
それからの数日は、拍子抜けするほど順調な旅路だった。
空が高い秋晴れの日、今日もレゾンへ向けて街道を歩く。
故郷の山ほどじゃないにしろ、まだまだ田舎の道だ。整備が行き届いているとは言い難い。先日降った雨が溜まってぬかるんでいるところもあれば、ゴツゴツとした岩が埋まったままのところもある。それでもこの道を前に進んでいけば、いつかは必ずレゾンに辿り着く。
太陽が中天に昇った昼下がり。気持ちの良い風が吹いていた。
昼食のために木陰の下で休んでいると、遠くに馬の嘶きを聞いた。
商人だろうか。道中では田舎道ながら何組かの商隊と出会い、情報や物資を得ていた。
荒れた道に出て、魔眼を起動。周辺を俯瞰視すると、こちらに向かってくる二頭引きの馬車を捉えた。それも後背に土煙を上げ、尋常ではない勢いで駆けてくる。望遠視の視界で、必死の形相で鞭を振るう御者の姿を見た。
「追われている、のか……?」
御者は何度も後ろを振り返りながら、馬に鞭を入れていた。どうやらあの幌がついた馬車は近くの林から出てきたようだ。そこにいた何者かから逃げているのだろう。
物騒な世の中だ。街道といえども必ずしも安全ではないと、道すがら出会った商人は言っていた。
獣、魔物、――そして何より、人間。旅の商人を襲う脅威はいくらでもあるという。
俺は貧乏な一人旅なので出会う脅威は異なるが、気を付けるに越したことはない。
さて、では馬車を追うのは何者か。
警戒していた俺が見たのは、馬に跨った男たちだった。
一目で悪党と分かる。分かりやすすぎるほど、絵に描いたような悪党だ。悪党以外にあり得ない。顔というか全身にそうとしか書いていない。
各々が自らの獲物を振り上げ、血走った目に下卑た笑いを浮かべて馬車を追いに掛かるのだから、むしろ悪党でなければ俺は常識の世界に生きていけない。今すぐ村に帰るべきだ。
「さて、どうするか」
ついには御者台で立ち上がって手綱を振り回す男は、見ていて可哀想なほど怯えている。顔面からあらゆる汁を流しながら、それでも必死に逃げている。
二頭の馬は呼吸も忘れて全力疾走しているのではないか。尋常でない速度でこちらに迫ってくる。だが、そんな速度では荒れた道を走破できないだろう。
……思ったことは現実になる。馬車の車輪が埋まった岩に乗り上げた拍子に、派手に横転した。幌を削りながら荷台が吹き飛んでいく。
投げ出された御者や転んだ馬はその場を動かなかった。馬は痙攣を繰り返し、やがて息を引き取った。御者の方は命はあるようだが、衝撃で気を失っている。
「ウェェェイ。見ろよテメェら、自滅しやがったぜ。これで手間が省けた」
「あの女が乗ってるはずだ、イヒヒ」
「ゲヒヒ。こいつはすぐそれだ。人間は金にし辛いってーのに」
「積み荷も期待できるし、いい稼ぎになるんじゃねーのー?」
「よォし、御者はサクッと殺っちまって、お宝を頂戴しようぜェ」
ゲラゲラと笑い合う声が届く。フードを被ってはいるが、顔は隠していない五人の盗賊。
会話の内容は魔眼の読唇が補正した。更に俺の眼は、連中の情報をぼんやりとだが伝えてきた。ジョブやスキルまでは分からずとも、身体を覆う光の強弱から脅威度の判定はできるようだ。あるいは、山の獣を相手にした経験が役に立っているのかもしれない。
男たちは手に手に剣やら斧やらを提げ、ゆっくりと馬を進める。――こんな奴らに乗られている馬が可哀想だ。
俺が御者とその荷物を守ってやる必要性は全くないのだが、気付けば魔力で作り出した氷塊を全力で投げ放っていた。
義憤ではない。気に食わなかっただけだ。
しかし我ながら、一切の躊躇なく人間の頭部を狙ったものだと思う。山での狩りで投擲には自信があったので、それなりの速球となった氷塊は弓を持った盗賊の一人の側頭部に綺麗に直撃。男が「ごあッ!?」などと汚い悲鳴を上げ、白目を剥いて落馬した。馬が突然のことに混乱し、場を離れて行く。
「リーダー!? ……なんだァ、テメェは!?」
「小汚ェガキが! これからお楽しみってところをヨォ、よくもやりやがったな!」
俺に気づいた盗賊たちが、口々に汚い言葉を飛ばしてくる。耳に糞が詰まりそうだから黙って欲しい。
ナイフを持った男などは刃を舌で舐めながら睨め付けてくる。どうやら奴は金属製の刃を味わう変態だったようだ。
「……ごちゃごちゃと御託はいいからかかって来いよ。それとも、こんなガキ一人殺すのに強がりが必要か?」
挑発の言葉とともに護身刀を抜き放ち、魔力を練り上げる。秋風よりも更に冷たい、冬の空気が俺の周囲に満ちていく。足元の草木には薄らと霜が降りていた。
「お、その感じ。テメェ、〈最弱〉だなァ!?」
「イヒヒヒヒ、こりゃたまげた! 外れジョブ風情が、喧嘩を売ってきやがったぜ!」
「ランキング最下位の雑魚は雑魚らしく大人しくしてりゃァ、命があったのになァ!」
頭に血の上った盗賊たちはその〈氷雪士〉が周囲に霜を降ろしている、という状況の危険性に気付いていないようだ。
ひたすらに笑声を上げてはいるが、その目は完全に据わっている。殺意が滲み出ていた。
「あーサムイサムイ、これだから〈氷雪士〉ってやつはいけねェ」
軽薄な声。俺を〈氷雪士〉と看破した男だ。
さっきの弓を持った男がリーダーならば、こいつはサブリーダーといったところだろう。
「今は大人の時間だろうがよ、少しは分かれよ〈最弱〉のガキが。正義漢ぶって出てくる場面じゃねェってことをよ。本当に、テメェらは場を凍らせるのだけは得意だよな」
奴らの知る〈氷雪士〉ことなど知らないが、よほど気に障るのだろう。
鉈のような片手剣を腰から引き抜く動作は、ぎこちないほどに力が籠っていた。
「大人しく、道端で雪だるまでも作ってれば良かったんだよ、テメェは!」
サブリーダーが低く強い声を飛ばすと、次の瞬間には四人が馬から飛び降り走りだした。血走った眼で短刀や片手剣、斧などの武器を振り上げている。
そんな姿を見ても、俺には呆れるばかりだ。まったく……これなら山の獣たちの方がよっぽど頭が回るし、恐ろしい。
連中は無警戒に過ぎた。
――息が漏れた。それは嘲りであり、失望でもあった。盗賊に身をやつした者たちへの憐れみもあったかもしれない。
「なに、笑ってやがる!」
一番足の速い男は五歩までの距離に迫っていた。至近。振り上げた斧の鈍い輝きが目に入ると同時に、追従する他の三人も攻撃範囲の中に入ったことを確認する。――迎撃の準備はとうに整っていた。
「氷凍地槍」
周囲に展開した魔力が指向性を持って瞬時に形を成す。俺の前方に生え伸びた無数の氷槍は、盗賊達に足元から襲いかかる。
「バカなッ!?」
バカはどっちだ。
俺を〈氷雪士〉であると看破したというのに、正面から近接武器を持って迫ってくるなんて、正直どうかしている。いくら最弱と言えど、迎撃の術がないわけがない。あるいは、奴らの知る〈氷雪士〉が酷く謙虚で実力を隠しているのか。
驚きの声を、氷柱の奏でる甲高い音が掻き消していく。それは涼やかで鈴にも似て、しかし相手の死を誘う恐ろしい音色だ。
あっという間に街道は凍りついていった。空気の急激な冷却によって、辺りには霧が立ち込めてきている。
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