1章-3節 燎原の火②
「そのまま持ち堪えて! 助力する!」
突然、炎の音に負けない力強い声が届いた。
振り向けば、馬に跨った蒼銀の鎧の女が剣を振り抜くところだった。
「なっ――!?」
意識せずとも分かる。その蒼色に謎の刻印が打たれた刀身。まるで喰らうかのように周囲から魔力を奪う暴力的なまでのその性能。
あれは魔剣だ――!
「耐えながら伏せなさい――!」
魔剣士の女が叫ぶ。俺は言う通りにする他ない。横に寝かせた少女に覆い被さり、防御姿勢。
あんなもの【魔眼】を起動するまでもない。恐ろしい速さで魔力が流れ、渦を巻き、そして女の元へと向かっている。俺の乏しい感覚でも理解できてしまう。
「嵐霆凱剣!」
ゾクリと、背中が粟だった。一瞬の間もなく、強大な力が背後を駆け抜けていき、俺が全力で築いた巨大な氷壁を易々と切り裂く。放たれた暴威は更に止まることなく暴走した炎に激突。無形の斬撃は、炎を巻き上げるように根こそぎ攫い、あっさりと掻き消したのだった。
辺りに静寂が降りる。荒い息遣いが聞こえたと思ったら、俺の呼吸だった。
「ふぅ……。運がよかったね貴方」
魔剣士の女が馬を降りて近づいてくる。あの恐ろしい一撃を放った美しい魔剣を抜き放ったまま、だ。
見ているだけで怖気が走る。
魔剣にではない。
今、息一つ乱さず歩んでくる女にだ。
「見たところ、その子の迂闊な行動が招いた結果だろうけど、間違ってる?」
詰問を予想していたが、思いの外優しい口調だったことに驚いた。しばらく呆気にとられ、女の赤い瞳が違うの? と訴えたところでようやく口が動く。
「いや……その通りだ。獣に追われて、とっさに炎で脅かしたまではよかったが、枯れ草に引火してな」
「よく逃げなかったね。貴方、氷雪系しか使えないように見受けられるから、炎熱とは相性最悪でしょう?」
長い深海色の髪を纏めて結った女。魔剣は言わずもがな、身に纏う蒼銀の鎧の価値もまた計り知れない。
俺が〈最弱〉であることもあっさり暴くことから、かなり経験豊富な実力者であると思われた。下手に嘘を交えたらどうなるか分からない。
強者の前では素直な犬の如く振る舞う方が良いというのは、実家の図書から得た知識だ。
「見捨てても良かったが、後の事を考えるとそうはいかなくてな」
結果、飾らずに答えた。少女を助けたのはどちらかといえばついでで、知り合いも多いヤク村が燃え落ちる可能性を憂慮してのことだった。
「良い判断ね。貴方は自分に出来ることを為した。そしてその魔力を捉えて私が飛んで来た。よくやったね」
このまだ意識を取り戻さない少女を見捨てていたら、魔剣士も来なかったわけか。それならば耐えた甲斐もあった。
「ところで、その寝てる子。アーク・フォールというのだけど、私のツレなんだ。はぐれてしまったところを探してここまで来たのだけど、引き渡してくれる?」
「勿論。互いの名前も知らない関係だ。話してさえいない」
フォールとは、どこかで聞いたような家名だったが、思い出せなかった。
ともあれ、仮にこの魔剣士が人攫いだとしても、あの強大な力を前に抗う術はない。氷も炎をも切り裂く剣閃を放つ人間に戦闘で勝てる道理もない。素直に引き渡す以外に選択肢はなかった。
「話が早くて助かる。貴方、見たところ旅人みたいね。もしレゾンに来ることがあったらこの私、サフィール・ワンダラーを尋ねて。この子を見捨てなかったお礼をするから」
「それならちょうど良い。まさにレゾンに向けて進んでいたところだ」
サフィールは微笑むと、ようやく魔剣を鞘に納めてくれた。ずっと威圧されているようで酷く落ち着かなかったが、ようやく警戒を解いてくれたのだろう。
そして気を失った少女――アークを抱き上げると、サフィールは背を向けた。そのまま馬の方に進むかと思いきや、くるりと踵を返す。
「貴方、名前は?」
「……ネーヴェ・サタールンタ。最近、山の村から降りて来た」
「山……? まぁいいか。またね、ネーヴェ。今はアークの依頼を手伝っているけれど、数日以内にはレゾンに戻るからその時に会おう」
枯草の原で火を放つ奴と、その鎮火のために強大な力を振るう二人組にはもう二度と会いたくはないが、そんなことを言ってしまっては角が立つので、無難に返事をしておいた。
二人はヤク村方面に立ち去ったので、俺はレゾン方面に急いだ。日は落ちかけているが、流石にこんな煙臭いところで寝たくはなかったのだ。
歩き出して、すぐに思い至る。
「あの女――サフィールが炎の魔力を捉えれなかったわけがないよな」
よく考えれば当然のこと。
彼女の実力なら、俺が何もせずともアーク・フォールを助け出していただろう。
となれば、俺はくたびれただけ損というわけだ。
顔や荷物類も丸ごと煤けてしまっている。妙な縁だけが、この場の成果。
どうしようもないと思いながら、早足で歩き出すのだった。
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