1章-4節 商う者と盗賊②
「痛え……いてぇ……血が、凍る……」
驚愕の声が止むと、苦悶が漏れてくる。それでもかなり威力を絞ったため、全員致命傷ではないだろう。最後尾にいた者は擦り傷程度だ。
だが、先頭に立っていたサブリーダーは氷柱に脚を貫かれている。早急な治療が必要なことは間違いない。
「こいつ、本当に〈氷雪士〉か……!?」
「嘘だろッ!? 〈最弱〉がこんなことできるはずがねェ!」
比較的軽傷の二人が腰を抜かし、目を見開いていた。
しかし勝手なことを言うものだ。いくら〈最弱〉だろうと、魔法攻撃くらいできる。山を降りてから何度となく野生の獣相手には力を振るってきた。
最初の時、熊を相手にした時のような鋭い頭痛も感じない。疲労も少なくなった。実感はないがたぶん上手く制御できているのだろう。
「どうする? 武器を置いて〈最弱〉のガキから逃げるのなら、見逃す。だが、向かってくるなら容赦はしない」
無闇に人を殺したいわけじゃない。いくら悪人といえど、気分が良いものではない。
俺が加減したことが伝わったか。盗賊達の顔からは完全に血の気が引いていた。――そもそも血を失っている者もいるが。
「お、おい……?」
「ああ……!」
軽傷の二人が目配せして歩み出る。
懲りてないのか。近接戦闘なら勝ち目があると踏んでいるのか。
いずれにせよ、こいつらが不穏な動きを見せるより速く、魔法で刺し貫くことは可能だ。自分の身を守るためなら、俺は容赦しない。
二人はもう一度目配せをし、
「すいまっせんでしたぁぁぁあ!!!」
大声で叫びながら、思い切り頭を下げた。いや、飛び跳ねて膝をたたみ、着地と同時に額を大地に打ちつける、見事なまでの謝罪の姿勢だった。
「……え?」
我ながら間抜けな声を出したと思う。もはや一芸を超え、芸術的とすら評することのできる謝罪だったのだ。迎撃に伸び上がりかけていた氷柱が霧散する。
二人は霜が降りた地面に何度も額を打ちつけ、最早大地への熱烈な抗議活動に見えてきた。――これほどの誠意は無下に出来まい……などとは思わないが、大人が土下座を繰り返す姿を見て、何とも言えない憐みが胸の内に広がったのは確かだ。こんな成人男性の姿を見なければならないことが、どことなく悲しくさえあった。
「はぁ……いいよ、もう。怪我した仲間を連れてどこへでも行くといい。だが、次に会った時には容赦しない。真っ当に働け。それから――」
風切り音。魔眼の驚異的な動体視力は飛んでくる矢を捉えた。見えていれば、怖くはない。
伸び上がった氷柱が矢を受け止める。立て続けに三本。俺の頭の高さに突き立ったが、氷を貫通することはなかった。
「――代表して、あいつの身柄は頂いていく。……少し、懲らしめてからな」
視線を向けた先には、最初の『投氷』で落馬した男が、驚愕の表情で立ち尽くしていた。奴がリーダーと呼ばれていたのを、俺は忘れていない。
全員を魔眼でマーキングしていたため、行動は把握していた。リーダーの男は予想外に早く復活して、背の高い草木の茂みに潜んで進み、機を窺っていたようだ。
距離にして二十歩程度。男にとっては必殺の間合いだったのだろう。しかし、行動を把握されていたし、防御の氷も貫けなかった。既に機会は失われている。
――では、今度は俺の番だ。出血を伴うような攻撃では、近くの自警団に突き出す前に死んでしまうかもしれない。だったら、拳で殴りつけるしかない。
祖父の言葉を思い出す。
曰く、『想像こそが創造する』――
「氷刻厖掌!」
詠唱と同時に地面に手をついた。極寒の魔力が氷と共に駆け抜けていき、未だ立ち尽くす男の傍で、形を成す。
現れたのは氷の怪腕。人間の胴よりも太い腕が、地面から生えている。腕は俺の意思に連動して、氷の特性など無視してまるで人間の腕のように滑らかに動く。
「反省、しろっ!」
氷の剛腕が唸りを上げ、男に拳をお見舞いした。肉を弾く音が街道にこだまする。
圧倒的な質量に殴り飛ばされた男は、錐揉み状に吹き飛びながら、ちょうどまだ土下座している二人の盗賊の側に転がる。痛みに痙攣し、喘鳴を漏らしているが、生きてはいる。間違いなく重傷だが、治療しなければ死ぬというほどでもない。
「他の奴を連れて、さっさと行け。従わないのなら、ここで殺す」
体内の魔力を一気に解き放ち、周囲を無差別に凍らせて見せた。立ち込めていた霧が吹き飛び、周囲の草花が氷の彫像へと姿を変える。
「ひ、ヒイィイィ――!? お、お助け――――!!」
軽傷の二人はそれぞれ一人ずつ仲間を抱え上げ、土煙を上げて逃げ去っていった。
……威圧感を演出したのだが、予想以上に効果的だったようだ。
局地的な冬の景色が広がる中、残されたのは盗賊達の武器と、リーダーの男。そして、逃げずに草を食んでいる二頭の馬だった。男は再び気絶しており、今度はそう簡単に起きそうもない。
「とりあえず、逃げないように縛り付けておくか……」
――頭痛がする。魔力を使いすぎたのかもしれない。膝からは力が抜けそうだ……。
初めて使う魔法は、勝手が分からずやり過ぎてしまうのだろう。そのうえ、〈氷雪士〉の魔法は総じて燃費が悪いと本にあった。そうなると、魔力が足りていないのかも知れない。
頭の内側、こめかみのあたりを締め付けるような痛みに耐えながら、盗賊のリーダーは手早く縛り付ける。あとは御者の介抱と、馬車の積荷の確認だ。
重たい身体で何とか動く。
俺は医者ではないので、簡単な手当しかできない。
倒れた御者を楽な体勢で横たえてやる。幸いにして、出血を伴うような大きな外傷はない。左腕は折れていたが、致命傷ではないだろう。
添え木をしてやり、手持ちの物資で応急手当。あとは、日が暮れるまでに目を覚ましてくれれば良いのだが。
「次は、積荷だな」
人命の次は荷物。
馬車は盛大に横転したせいで、荷台部分の幌はほとんど崩壊していた。車輪も片方が吹き飛んでおり、車軸も折れている。とてもじゃないが再利用は不可能だろう。積荷が無事であっても、運搬は困難だ。
――さて、何が出てくるやら。
面倒ごとに関わっている予感が脳裏を掠めている。先日の『野焼き』がトラウマになっているのかもしれない。
とはいえ、盗賊による脅威は退けた。俺は五体無事だし、誰にも命の危機はない。話がややこしくなる前に立ち去ることもできるだろう。
果たして。
横倒しの荷台の中には服や装飾品が溢れていた。俺に服飾品の目利きはないが、それでも仕立ての良いものが多いというのは分かる。どうやら、高級品を積んだ馬車だったらしい。盗賊には目利きが備わっていたのかもしれない。あるいは、そういうスキルがあったか。
「これだけの品は、ちょっと運べないよな……」
捨てるには惜しいが、服は嵩張るし、量が多ければ重量も増してくる。御者が持って行ける分にも限りがあるだろう。
山のように降り積もっている服の中に、一際仕立ての良いドレスが見えた。興味を覚えると魔眼がご丁寧に素材を表示してくる。知りたいと思った情報が表示される仕組みなのだろうか。謎の多いスキルである。
試しに触ってみると、なるほど良い肌触りだ。金糸や赤糸を縫い込んだ装飾も見事なものだ。魔眼は絹と表示する。本での知識しかない高級生地だった。
「あの……」
「……!?」
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