4章-3節 ネーヴェの魔力
「――そういえばシア」
「なあに?」
「気を失う前に、俺の魔力が変だと言っていたよな」
「ええ、そうね。ご飯が済んだらそのあたりのこと、話そうと思っていたところよ」
言って、口におにぎりを放り込む。それが昼飯の締めだったらしい。
「魔力が変、というのは正確じゃなかったわ。正しくは、魔力生成と貯蔵量が変、ってところかしら」
「生成と貯蔵が?」
どういうことだ。
「属性を帯びているとかじゃないのか」
「冷たい魔力だからそれはあるけれど、別に珍しいことじゃないわ。特に魔導士系のジョブを託されると、魔力が変質することもあるのよね」
自分で考えていた可能性はあっさりと否定される。ではなんだ。答えを待つ。
「ネーヴの魔力生成、何かに制限されているわ。貯蔵量も一緒。誰の意図かは分からないけれど、そういう封印――というより、加護がかけられているの」
「加護……? だが、俺が魔法を使えるようになったのは、神託を受けてからだ。それまで魔力だってなかった」
「本当は、あったのかもしれないわ。封印されていただけで」
「……なんのために」
「たぶん、未成熟な力を制限したんじゃないかしら。子どもが自分の魔力を暴走させる事故も、魔族界隈では聞かない話ではないし」
強大な魔力を持っているという魔族だ。シアの故郷なら尚更だろう。
「さて、ネーヴはどうする?」
シアの言いたいことは分かる。
「封印……加護を解くことができるのか」
「ええ、できるわ。というより、解かれることが前提ね。わたしがやらなくても、いずれは綻んで解かれるものよ。たぶん、家族の誰かが施したものじゃないかしら。……ネーヴは、愛されていたのね」
両親や祖父母の顔が浮かぶ。爺さんは魔導士系のジョブだった筈だ。……教えてはくれなかったが。
「へぇ、お祖父さんが。孫を思ってのことかしらね」
「かもしれんな。厳しい人だったが、優しくもあった」
シアの目線は思い出の中に向いているが、その表情は曇っていた。以前からそうだが、シアは家族にあまり良い思い出がないらしい。
「じゃあ、その封印だか、加護だかを解いてくれ。未熟な俺でも、シアの力になることはできるだろう」
「……増えた分、全部貰っちゃおうかしらね」
「好きにしろ、どうせ泡銭だ」
「あら、言ったわね」
いつもの軽口に戻すと乗ってくる。やはりシアに暗い顔は似合わないと思った。
「それじゃあ、今度はサクッとやりましょうか。ネーヴ自身は意識できていないようだから、わたしの方から魔力で干渉して枷を外すわ」
額にシアの手が触れる。さすがに熱はもう引いたようで、触れれば熱いということもなかった。……思い出して心拍数が上がるが、顔筋の動きは努めて押し止める。
「……? いくわよ?」
「ああ」
シアから魔力が逆流する。いや、相互のラインを敷いたのだから、逆流は正しくないか。益体もなく考えている間に、シアの口から魔力の流れが説明される。
シアからの魔力は脳に到達。綻び始めた封印に干渉し、あっさりと解いてしまった。ほとんど感覚はなかったが、何か鍵が開けられたような妙な感覚があった。
「終わったわ。やっぱりもう綻んでたわね。それで、どう? 何か変化ある?」
「今のところ、何も」
シアの手が離れるが、俺の中の変化はないように思える。シアは魔力生成と貯蔵が制限されていると言ったが別に何も感じないのだが。
魔力の生成が急激に増したような気配もない。ランスの薬を飲んだ時は身体に悪そうなほどの流れを意識できたが、今はいつも通りのように感じる。魔力の貯蔵量も変わっていないように思えた。
ただ、俺の身体には十分に魔力が満たされていたのだから、余剰分はシアに余分に流れるか、あるいはランスの言を借りるなら優秀な身体が魔力生成を止めている筈なのだが、俺自身への流れが止まらない。――なぜだ。
「…………ネーヴ……ネーヴ! ちょっと、周りを見てみなさい」
「ん?」
シアに何度か呼ばれて意識が外界に切り替わる。
すぐに目に飛び込んできたのは、白い息を吐くシアの顔だ。慌てて辺りを見回せばキャンプは雪と氷に覆われつつあった。今も氷が壁を這っている。
「なんだ、これ……」
「たぶん、あなたの魔導領域よ。さっきより、ものすごく拡大してるけれどね」
言われてみれば、領域を展開した時と同じ感覚を知覚できる。これまでより情報の桁が段違いだ。意識した途端、洪水のような情報の波に飲まれて、眩暈に似た感覚が襲う。慣れるまでは加減しながら使ったほうがいいだろう。……と、そんなことを考えている場合じゃない。
慌てて領域を押し込める。身体の外部に広がっていた魔力貯蔵庫が身体の内側に押し込められる。周囲の氷や雪は俺のもので間違いなく、意識すると一瞬で霧散した。
「悪いな、寒かっただろ」
「ネーヴって、変なところを気遣うわね……。でもね、わたしにも変化があったわ」
「変化?」
「ネーヴの冷たい魔力を受け入れたせいかしら。耐寒能力がかなり上がってるわ。たぶん、真冬に半袖短パンで外に出ても平気よ」
「俺の故郷の真冬は、動くもの全てを凍らせる極限が待っているがそれでも平気か」
「そんな人外魔境の真冬なんて無理よ!? というか、あなたたちどうやって生活してたのよ!?」
おぉ珍しい、シアが声を上げた。寒さが平気になっても嫌いなものは嫌いなのだろう。
「もう……。ただ、不思議なのが、耐暑能力が下がらないことね。寒いのが平気になれば暑いのが辛くなるのが人間ってものだけど」
ステータスで確認しているのだろう。シアが首を傾げながらつぶやく。
「魔力による影響なら、そのあたりうまくやってくれるじゃないか」
「聞かない話だけど……まぁ他に説明がつかないわね」
納得いかない様子だが、俺が考えて分かることでもなし。それよりも、今後のことだ。
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