4章-2節 運命共同体②
「もっと、驚きなさいよ……」
十分驚いてるだろ!?
白く瑞々しい玉のような肌。美しい稜線を描く肩から、すらりと伸びたしなやかな肢体。痩せているようでいて、反するかのように女性的な豊かな膨らみ。美しい丸みには艶やかな輝きを帯びていた。
目を背けようにも抗い難い。シアは恥ずかしそうに腕で胸を庇っているが、隠し切れていない。
「ひ、必要なことなのよ……、わ、わたしだって、は、恥ずかしいんだから……」
いつもの余裕を持った振る舞いはどこへいったのか。
羞恥に震えそうな声を、無理矢理押し留めている。とても同一人物とは思えないが、こちらも素なのだろう。そう思うと、凝視している自分が酷く醜く思えて、慌てて視線を宙に泳がす。だが瞼を閉じないあたり、我ながら往生際が悪い。
「……そ、そんな格好で、これからどうするんだよ……」
「その……だから……ひ、必要な儀式よ。ネーヴも上着を脱いで、ちょっと目を瞑ってて……」
もはや口を差し挟める状況ではない。
今のシアを下手に刺激したら暴走しそうな気さえする。言われた通り、上着を脱いで目を閉じた。魔眼を使用して覗き見したら外道になると、自制心を強く持って耐える。…………強く、持って、耐える。
シアの気配が近づいてきた。息遣いさえ届く距離。鼻腔には爽やかに甘い香り。不可解な状況に脳が痺れて、何が起きているのか全く理解できない。
シアの気配は更に近づき、やがて俺の胸に収まった。その腕が背中に回され、密着する。
――熱い。
シアの体温を感じる。
緊張のせいだろうか、酷く熱を感じる。それは、俺も同じかもしれないが。
胸のうちのシアを、しかし俺は抱き止めることもできず、互いの息遣いだけが伝わる。
「ネーヴ……わたしの、角に触れて……」
「……目、開けていいのか?」
「うん……」
瞼を開き、角を確認。上目遣いにこちらを見つめるシアの潤んだ瞳。
――危険な衝動を全力で押さえつけている俺の身になれと胸中で悪態。そうでもしなければ、熱に浮かされてこの非現実的なやり取りを、それ以上に様々なものを台無しにしてしまうのだ。
シアの頭部にある黒い筈の角は、しかし白く変色していた。しかも、普段から刃のように鋭い角が今や刃そのものだ。指で押せばそのまま切り落とされそうなほど、鋭利な刀身を見せている。
「軽くでいいわ。少しだけ指を切って、あなたの血を角に頂戴」
「あ、ああ……」
左右の手で、それぞれ白い刀身に触れる。角が指に食い込み、痛みの熱が走った。ゆっくりと血が溢れて、シアの角に吸われていく。
俺の血が、シアの角に浮いた微細な紋様を浮き出していく。生物的というよりはむしろ、直線で構成された幾何学模様。流れていく様は、どこか機械的ですらある。
「角、もういいわ……。ごめんなさい、痛かったでしょう……」
「いや、そんなには……」
角に行き渡った赤い血液は、やがて柔らかく優しい光を放つ。
同時にシアの息遣いは苦しげな吐息に変わった。
「はぁ、ぁっ……ネーヴの魔力が、入って……」
額に浮き出た汗が光る。俺を抱く腕に力が入り、身体全部が預けられる。
耳元で荒い息が聞こえる。密着し、汗ばんだ肌が熱い。
「し、シアっ!? 大丈夫か?」
そして俺にも変化が生じる。
急激な魔力の喪失――いや、流動を感じる。
「なんだ……俺が、流れていく……? いや、繋がる……シアの、中と……」
魔力の流れが、今までよりも明確に、そして強く意識される。シアの内にある俺の魔力さえ知覚できるのは、俺の魔導領域にも似ている。
「ネーヴ……こっちを……」
「な、なんだ……?」
俺の背に回っていた腕がしなやかに動く。両の手がこちらに――俺の顔を固定。
潤んだ蒼い瞳。上気した頬。藤色の髪が汗で張り付いている。
艶めいた桃色の口唇。
躊躇いもなく寄せられた唇が、押し付けられる。舌が入り込み、俺の舌に絡んだ。
――それは一瞬の口づけだった。離れていく唇が、名残惜しいと感じてしまう。
俺の脳には甘い痺れが駆け巡り、シアを抱き留めようと腕が動き出す。
「繋がった、わ……」
シアのその声で、我に返る。欲情に動き出した腕を全力で留める。
俺の胸に倒れ込み、荒い呼吸で脱力するシアの肌には、玉の汗が浮いている。
「必要な、ことなの……。なんだってやるって、言ったでしょう」
そっぽを向き、照れ隠しのようにシアは言う。
必要なことだというなら、むしろ悪いことした。
必要以上の行為に走ろうとした自分がいたことを認めざるを得ない。止められて良かったと思う。信頼を仇で返すところだった。
シアの荒い呼吸は収まっていない。魔力を繋げるというのは、それほどに負担があることなのだろう。
かく言う俺も、なぜか強い疲労感に襲われており、正直今は呼吸だけで精一杯だ。
「冷たい魔力を感じるわ……これが、ネーヴの……」
高くは低くへと流れる。
魔力が空っぽのシアに魔力が注がれていく。――今なら分かるが、シアの魔力は本当に全く残っていなかった。俺が手をつないで提供した分は過不足なく使い切ったらしい。間違いなく魔力切れの症状が出ているはずなのに、それを悟らせなかった。
「熱くなった身体には、ちょうどいいだろ」
未だ胸の内にいるシアの身体は熱い。いつまで密着していればいいのか分からないが、どうせ動くのも億劫だ。シアが落ち着くまでは余計な口を挟むまい。
「ネーヴ……あなた……」
「なんだ」
「魔力……変よ……」
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