4章-1節 逆さ天空④
「……シアなら、一人で種を滅ぼせるんじゃないか」
「何言ってるの、無理に決まってるじゃない。今のわたしは、ネーヴがいないとただの可愛いマスコットよ」
自分で可愛いとか言うなよ。……とは言わず。
「それにしても、ネーヴの即断即決にはやっぱり驚くわ。いきなり飛び降りるとは思わなかったもの」
「撤退は、早ければ早いほど良い。山の常識だ」
欲をかいて粘った方が死ぬのだ。策は後退しながらでも考えることができる。
「とりあえず、休めそうなところに行かないとな……シアも疲れただろ」
「……そうね、強がっても仕方ないものね。正直、他人の魔力を頼って魔法を制御するって、結構大変よ」
魔力が枯渇しかけているのは何も俺だけではない。大魔法を行使したシアは、俺が受け渡す以外に魔力を回復させる術もない。余裕のある表情を浮かべてはいるが、顔色はあまり良いとは言えなかった。
薬で自分の魔力を回復させつつ、シアに与える分も確保する。ついでに地図を確認すると朗報。
「行こう、もう少しで休めるところ――キャンプがある」
「昨日もらっておいて良かったわね。リースちゃんに感謝しないと」
それには全面的に同意する。
今朝もわざわざ宿の前まで見送りに来てくれていた。普段はこんなことしないんですよ。とは言っていたが、優しいリースのことだ、他の冒険者相手にも何かと気を使っているに違いない。
再びシアを抱える。むず痒そうな顔をしたが、我慢してもらう。壁際の通路を歩むほど悠長にしてはいられない。いつ翼竜たちが攻めてくるか分からないからだ。
「……これ、抱っこじゃないと、いけないのかしら……」
「背に荷物があるんだから前しか空いてないだろ」
「聞かないでよ、独り言よ」
だったら口に出すなよ……。
頬を膨らませた理不尽な物言いにため息を一つ。氷透陣を発動させ、再び大穴に滑走路を形成する。先ほどよりも幾分か緩やかな傾斜にしたが、冬山から滑落していくような速度で景色が流れていく。
「うーん、どうやらわたしたちが動いたからあっちも動くことを決めたみたいね。場合によってはもう一戦あるかも。ネーヴ、キャンプまではどれくらい?」
シアの視線は翼竜たちに注がれている。
「穴の縁が広がったところが目印みたいだが――あれだな」
ご丁寧に『第一キャンプ』と看板が出ている。一見すると何もない広場だが、魔眼は壁に掛けられた隠蔽の魔法を感知した。どうやら壁の奥に安全地帯があるようだ。
「しかし、いくら安全地帯とはいえ、翼竜に入るところを見られたら意味がないよな」
「執念深そうだし、出待ちされるかもしれないわね」
翼竜の群れが徐々に追いつき、迫って来ている。
油断できない速度を持っている奴等だ。あまり目を離していられない。
「このキャンプを素通りして、次に向かう?」
「深度的に、次はかなり先になりそうだ。中層の手前といったところか」
「もう少し短い間隔でキャンプを用意したらいいのに、不親切ね」
「むしろ、こんな危険なダンジョンに安全地帯を用意してくれた先人に感謝しろ」
唇を尖らせるシアを窘める。大穴の壁を削り、隠蔽魔法を施して誰にでも利用できるようにしたのだ。その功績は計り知れないほどに大きい。
「じゃあ、足を止めて、今度こそ殲滅しましょうか? 今度はちょっと広い足場もあるけど」
「確かに浮島を足場にしなくてもいいのは大きいが……」
逃げながらの戦闘ではシアの大魔法で出鼻を挫くことができた。我先にと殺到してくる群れを相手にするのはシアにとっては難しく無かっただろう。しかし、足を止めて戦うというのなら、そうもいかない。翼竜もシアの魔法を警戒する筈だ。
そして、そのシアの魔法そのものにも制限がある。主力としたいのが本音だが、俺という魔力タンクとの物理的な接続が必要な上、その俺の魔力貯蔵量がせいぜい並程度だ。一度魔力供給すると俺の魔力はほぼ空になる。その度にランス謹製の回復薬が必要になるのだが、それでは連射が効かない。
――ふと、思い出して背嚢に結びつけていた魔導具を手に取る。
「これを使おう。シア、目をつむれ」
「え、なに?」
栓を引き抜くと、内部に充填された魔力が膨れ上がる。今にも破裂しそうな勢いだ。
一瞬だけ足を止め、振り返って投擲する。逆さまの空から吹き上がる風に押され、魔導具はぐんぐん飛んでいった。内部の魔力によって膨れ上がった魔導具は、翼竜たちの正面まで飛んで行く。その様子を俯瞰視の魔眼で確認し、魔眼を停止。
――直後、腹に響く轟音。一拍遅れて強烈な閃光が周囲の景色を漂白する。
「わっ、なにこれ、凄いわね」
「閃光手榴弾という魔導具らしい。昨日買ったものだ」
「ああ、昨日準備してたものね。でも土壇場では使わない、とか偉そうなこと言ってなかった?」
「計画性が無くて悪かったな」
笑うシアはしかし、本気でないのは俺も分かってる。
閃光と轟音は多くの翼竜を混乱に陥れた。
放たれた光は中々収まらず、他に冒険者がいたら多大な迷惑を被っただろうが、このダンジョン内にはどうやら俺たちしかいない。遠慮することなく、更に数個、放り投げながら、先を急ぐ。
「このままキャンプに入ろう。閃光手榴弾はここで使い切る」
翼竜は完全に俺たちを見失っていたが、油断はできない。強烈な光を目眩しにし、広場へと着地。氷を霧散させ、急いでキャンプへと駆け込んだ。
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