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最弱と呼ばれた〈氷雪士〉――その力は誰も知らない  作者: 鐘守偉俱
1章 最弱、冒険者になる

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4章-1節 逆さ天空②

「……ま、俺も故郷の山に帰るか、と言われると今のところそんな気にはならないな」


 敢えて過酷な未来に踏み出す勇気はない。ヤク村のブリッツには戻りたくなったら戻ればいいと言われたが、戻るには、それだけの理由や踏み出す力が必要だ。


「エルデは魔族だけが住むなら十分に広いわ。何せ、半分も使っていないもの。ただ、報復派が恐れているのは、いつか増えすぎたヒト族が星の海を渡り、エルデに辿り着くことね。また侵略戦争が起こることは目に見えているって」

「言葉の通じる相手をいきなり攻めるかは分からんが……歴史が歴史だからな」

「ヒト族は信用ならない。反対派でも、この点では一致しているわね」

「そうなると、シアはかなり先進的な考え方を持っているな」

「わたしはかなり特別よ――っと、さあネーヴ、おしゃべりはここまでね」


 シアは視線を上げた。追ってその先に目を向けると、翼竜が一頭、上空を旋回しているのが見えた。遠すぎて、魔眼の望遠がなければ豆粒ほどの大きさにしか見えない。どうやら俺たちが通ってきた上層の入り口よりも更に高い位置にいるようだ。


「魔物ってやつは、なんで問答無用に襲い掛かってくるのかしらね」

「縄張り意識が高いんだろう。誰だって、自分ちに勝手に入ってくる不審者を歓迎はできない」

「そういうものかしらね」


 しばらく様子を窺うように旋回していたが、俺たちが気づいたことに翼竜も気づいたのだろう。旋回を停止、一転して頭を下に向けた急降下を開始する。魔眼は翼から魔力の放出を捉えた。尋常ではない加速は魔法によるものか。


「早いわね、砲弾みたい」


 俺の魔眼は、恐ろしい速度で迫ってくる翼竜のステータスを一部看破していた。魔力総量は多く、加速魔法による魔力量の目減りは緩やかだ。どうやら迫り来る翼竜は魔法の扱いに長けているらしい。


「あいつ、魔法種(メイジ)か――!」


 リースからの情報によると、翼竜の多くは魔法が不得手で、近接攻撃を主体に攻めてくるという。万人がイメージする口腔からの魔法攻撃――いわゆるブレスは、彼等の切り札だ。通常、高威力・短射程で、連射は効かない。

 ……しかし魔法型の個体は別だ。奴らは魔法を駆使し、上空から遠距離ブレスによる攻撃を主とした戦い方をするという。それが魔法種――『メイジ』と呼ばれる個体だ。どうやら俺たちはいきなりそのメイジに遭遇したらしい。


「来るわ……!」


 翼竜の口に光。口腔内で凝縮された炎が目を焼くほどの白い光を放つ。――瞬間、勘で横っ跳び。

 俺の立っていた足場を熱線が通り抜けていた。突き込むように放たれた光線は、足場を穿ち、壁を形成していた岩石を溶岩へと変える。


「とんでもない威力だな……」


 岩から押し出された溶岩が壁を伝って流れる。


「ネーヴは直撃したら死ぬわよ」

「分かってる」


 まるで自分は大丈夫とでも言いたそうだが、シアの顔には不敵さと警戒が表れていた。いくらシアといえど、魔力回復の無い今の状態では油断できない相手のようだ。

 ――二撃目が来る。横薙ぎに放たれた白色の熱線が俺たちの首のあった空間を払った。瞬前に身を屈めていなければ炭化した頭が転がったことだろう。肌を焼くほどの熱風が吹き付ける。空気の焦げる匂いがした。

 再び岩壁が溶岩となって溶け出す。狭い足場もところどころ燃えており、このままでは危険だ。


「ネーヴ、手を!」


 駆け込んで来たシアの右手を掴む。追撃の熱線が既に発射態勢。足場が悪い――シアを受け止めた俺は回避できない……!


「雷紫穿鎗(フルフェルデ・ハルバ)!」


 瞬間、シアが俺を――握り込んだ右手を軸に、踊るように回転。シアの左手――その手に持った短杖から雷撃が放たれていた。紫電は渦を巻きながら紡錘形を取り、空気を焼いて飛び出していく。同時に翼竜の熱線が発射。両者は空中でぶつかり、爆音爆炎と共に相殺された。遅れて、倦怠感。魔力が失われたのだと理解する。シアの手が、俺から魔力を引き出したのだ。

 撒き散らされた炎と雷撃が周辺の浮島を崩壊させた。

 俺たち、そして翼竜に被害はない。――ただし、俺の望遠の魔眼は翼竜の僅かな動揺を捉えていた。


「ネーヴ、魔力はまだ十分あるわね?」

「ごっそり持っていってそれか。……だが、まだ平気だ」


 背中越しの声に強がるが、全身が重い。昨夜の魔力譲渡の練習では意識しなかったが、魔力は自分で使うよりも他人に使われた方が抜け落ちる感覚が強いのだと知った。が、それでも耐えなければ命がない。


「大丈夫、次で決めるわ。雷紫穿鎗(フルフェルデ・ハルバ)!」


 詠唱と共に現れたのは、三本の馬上槍――その形を取った紫電だ。電撃が空気を切り裂き、凄まじい悲鳴が上がっている。シアが杖を振るうと、眼前から消える。残されたのは熱を孕んだ暴風。

 三本の雷撃槍は一瞬の間もなく翼竜に到達。翼、胴、首を貫き、電撃を解放。その場で巨大な雷電の爆発を起こし、翼竜を完全な肉片へと変えた。

 

「…………あれは、やりすぎでは?」

「……ええ。わたしもそう思ったところよ」


 上空から肉片が降ってくる光景はあまりにも陰惨に過ぎる。足元に落ちた焦げた鱗と肉が湯気を上げ、香ばしい匂いを放つのだが、食欲が失せていくばかりだ。


「とにかく、どっと疲れた……。シアの魔力消費を甘く見ていたな」


 魔力の抜け落ちた身体はやけに重く感じる。


「これでも多少は加減しているけれど、初見相手に油断はできないわ。粉々にしておけば安心でしょう」

「敢えて高威力で爆殺したのか。まぁ貫いた時点で死んでいた気もするが」

「爆発までがこの魔法の効果よ」


 胸を張って答えるあたり、シアのオリジナル魔法なのだろう。この間のフォール邸のときから何で爆発したのか疑問だったが、それなら納得だ。とにかく物騒な魔法である。


「さて、あまり呑気に喋っている暇はないわよ。ネーヴ、上を見て」


 言われて見上げれば、遥か上方から黒い雲が降りてきていた。雨雲、か? いや、あれは――。


「まさかあれ、翼竜の群れか……?」

「そうみたいよ。今の騒ぎを聞きつけたようね。あの個体は斥候だったのかしら」


 望遠の魔眼を発動させると、百を超える翼竜を確認できた。この縦穴でしかなさそうな空間のどこにそんなにも隠れていたのか知らないが、雲霞の如く押し寄せてくる様は悪夢でしかない。


「悠長にしていられないな……!」

「そうね。流石にあの数の相手は骨が折れるわ」


 俺の骨は物理的に粉々になりそうだが、シアは労力のことを言っているのだろう。底が知れない。とはいえ、俺の魔力貯蔵には底があるのだ。


「今から入口に撤退して間に合うと思うか?」

「難しいわね。話しながらもう結構歩いたし、さっきの魔法型がいたらわざわざ射程に入りに行くようなものだと思うわ」

「だったら下へ向かうしかないな……!」


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