3章-8節 突入準備②
夕暮れ時。本日は三度訪れた組合。
シアの検査結果をランスから聞かされた。
魔力の生成機能以外は正常。腹の銃創は完治。ただし、今までが魔力頼りの身体能力だったようで、身体が重いと、シアは嘆いていた。そのあたりは時間をかけて慣れるしかない。
「そうそうネーヴェ君、お使いとサフィールの件、ありがとうございました」
「ちゃんと謝りに来たのか?」
「彼女は強力な冒険者だけど、結構そそっかしいからね。そのあたり反省を促しておいたよ」
理詰めで攻められるサフィールが目に浮かぶ。
「末娘なので、甘やかしてしまって。肝心なところを外さないか、心配になるよ」
「へぇ。サフィールには兄弟か姉妹がいるのか?」
「歳の離れた兄が二人。もうこの街を出て王都で生活をしているけどね。息子二人もあの子を甘やかしたものだから、まぁ、それでよくまともに育ったなとも思うよ」
三人兄弟の末娘なら、それはもう愛でられるべくして愛でられていただろう。それでいて高階梯の冒険者なのだから、本人の弛まぬ努力が窺える。環境に甘えるような人ではなかったようだ。
俺よりも幾分か歳上のようだが、それにしてもせいぜい二十代。並の努力ではなかっただろう。
「うちの娘を、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、二度も命を救われた。危機に駆けつけてこそ、英雄というものだな」
俺の言葉にランスは苦笑を浮かべるだけだった。本物の英雄クラスには、尽きない悩みもあるのだろう。サフィールを英雄と呼ぶにはまだ早いようだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。ランス、シアが世話になった」
「こんなところで良ければ、またいつでも遊びに来て。ただ、怪我には気をつけるように。リースさんが悲しむからね」
「善処する。だが、何かあったらまた頼む」
「ランス先生、お世話になりました」
シアが深々と頭を下げる。普段がアレだから分かりにくいが、守るべき礼儀礼節は身につけているようだ。
「ネアルさん、キミの状態はかなり特殊だ。油断しないように」
「心得ました」
外まで送りに出てくれたランスに手を振り、我が家――グレイブの宿へと帰路に着く。
「体調は悪くないのか?」
「さっきも言ったように身体が重いわね。痩せないとダメかしら」
痩せてどうにかなる問題ではないと思うがな。
「それに、なんだか寒いわね」
「今日は暖かい方だけどな」
遠くの空が朱に染まり、辺りはもう随分と暗い。日はだいぶ短くなって来ているが、日中の天候が良かったのでそれほど寒くはない。時折吹く風が冷たいくらいか。
いや――シアが寒いのは、心細いということかもしれない。あるべきものがなく、寄る辺もないのだから。
「なんだか、難しい顔ね」
こちらを覗き込んだシアは微かな笑みを浮かべている。
「生まれつきだ」
「生まれつきなのは仏頂面でしょう。今は何か考えているわ」
そしてまた、見透かしたように笑う。自慢ではないが、故郷でも俺の表情を読めた人間は家族だけだ。それも、思案、不安を面に出すなという父からの教えがあったので、そんなに分かりやすく表情に出ている筈もないのだが。
「言ったでしょう。ネーヴは顔の雰囲気に出るのよ。表情筋は動いていないくせにね」
……そんなものを読み取れる方がどうかしていると思う。シアの洞察力は高すぎる。
「決してわかりやすいわけではないし、何を考えているかまではわからないけど、誰かを想って思案しているのはわかるわね」
得意気に語る。シアの目から見る俺はどう映っているんだか……。
考えていると、この女を心配するのもバカらしくなってきた。未だ俺に俺自身の講釈を垂れているシアに脱いだ上着を投げつける。祖母の刺繍入りの外套が頭から被さった。
「わぷっ……なにするのよぅ」
「寒いなら着てろ。ダンジョンに行く前に体調を崩されたらかなわん」
「……………………ふふっ」
しばらく目を白黒させた後に浮かべたのは、非常にイヤな笑みだった。やはり、心配するだけ損だった。
「俺は凍えるのはごめんだからな。さっさと行くぞ」
「ふふふっ。はいはい」
俺は寒さへの耐性が上がっている。この程度の気温で凍えることはないだろう。……それでも、足は早まる。
呆れたような声を出したシアだったが、後ろに続く靴音は不思議と弾んでいるように聞こえた。
俺の渡した上着にはしっかり袖を通している。サイズが合っていないが、シアは何も言わなかったし、俺もそんな贅沢までは聞いてやれない。
程なくして、宿に着いた。大窓から漏れる灯りと料理の匂いが俺たちを迎える。樽の上で顔を洗っていた猫が、俺たちを招くように宿へ入って行った。
「――やっぱり、我が家はいいわね」
「……まだ二日しか泊まってないだろう」
「気持ちの問題よ。実家よりも安心できるわ」
そういえば、以前も金目の物を盗んで家を出たとか言っていたな……。どんな家族と住んでいたんだか。
「ただいま戻ったわ! ご飯よ!」
「ご飯よって何だよ……。グレイブ、ただいま。シアはまぁ、見ての通りだ」
「ああ。思ったよりは元気そうだ。おかえり、二人とも」
苦笑を浮かべた店主のグレイブに出迎えられた。呆れているというよりは、相変わらずだと確認したような笑みだった。
他に客はいない。カウンターの席に腰掛けると、隣にシアが座った。鼻唄混じりで非常にご機嫌の様子だ。
「組合食堂のメシじゃ不服だったのか?」
「ジルの料理を期待していたわたしが悪いわ」
そういえば、ジリアンは元々組合の食堂出身だとリースが言っていたな。確かに彼の料理は美味かった。
「別に不味くはないのだけど、やっぱり顔を合わせていた方がわかるんじゃないかしらね」
「客の好みがか?」
「ええ。なんとなくのレベルでも、それはきっと結果に反映してくるでしょうし」
「そういうものか?」
厨房に立つグレイブに投げかける。
「どうだろう。無意識下に考えているのかもしれないが。まぁ、ネアルさんの食いっぷりは見ていて気持ちが良い。喜ばせたくなるのは、料理人の性かもしれんな」
「シアの喜びっぷりに、俺は何度か引いたがな」
例えば冷凍弁当を持っていった今日の昼とか。
「ネーヴは料理人失格ね」
ツンとそっぽを向くふり。
「俺は食べれるものしか作らないからな。そもそも向いてないだろう」
作っていたことはある。村で一人になった数年間だ。しかし、栄養価と腹持ちだけを考え味を切り捨てたものなど、料理とは言えないだろう。だからこそ、グレイブの出したメシを食べたときは感動したものだ。
「俺にあるのは保存の技術だけだ」
「それはまぁ……なんだか異能っぽいけれど、ネーヴの取り柄の一つよね。冒険者より生鮮食品を扱う運送業をやってみたらいいんじゃないかしら?」
「俺には学がないからな。商売はまだ難しいと思う」
「そう? ネーヴは意外に物知りと思うけれどね。ま、いずれやる時が来たら手伝うわよ。わたしは別に冒険者に拘る理由もないし、三食付きなら賃金は任せるから雇って頂戴」
「安い給料だな。……いや、高い、のか……?」
シアと一緒に例の電磁加速冷凍配送でもやればいいのだろうか? 確かに街から街へ往く運送業ならば故郷の人たちに会いたいという俺の目的にも合致しやすいと思うが、一方で俺自身の名が売れるとも思えない。
――そんな益体もないことを考えていると、湯気を上げる皿が差し出される。お待ちかねの夕飯だ。隣を見ればシアは目を輝かせている。光がこぼれ落ちそうなくらいだ。何せ、この女の皿の分量は俺の皿の三倍ほどもある。シアの胃の容積を超えているようにしか見えない。
「退院祝いだ。どうやら万全には遠そうだが、気持ちくらいは晴らしてくれ」
グレイブは優しい笑みを浮かべた。シアの状態も看破しているようだ。よく気がつく男だと感心する。
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