3章-7節 商人の依頼①
「おかえり、ネーヴ」
「……ああ」
昼前。組合の医務室に戻ると、シアは既にいつもの私服に着替えてベッドに座っていた。昨日血塗れになったものだが、洗濯と補修がされたようだ。恐らくリースの気遣いだろう。
「それで……なにをそんなしかめっ面しているの?」
そんなつもりはなかったが、シアに指摘されてしまう。俺の表情はやはりシアには読みやすいようだ。
「悪くはない知らせなんだがな……金の目処がついた。成功すれば、ガウフの武器を買える筈だ」
「それ、本当なの? わたしの分も入っているの?」
「入ってる。合わせて四十万ディナルの大金だ」
さすがのシアも手放しで喜ぶ前に訝しんだ。上手い話などこの社会にはないのだと、知っているかのように。
「二十万は怪我の功名だ。組合が悪魔討伐の報酬として出してくれた。シアが身体を張ってくれたからだな」
「おかげで酷い目にあってるわ。治るといいけれど」
言葉の割に表情は明るい。吹っ切れたというより、割り切っているのだろう。
「……で、残りの二十万だが、さっきアルクス・フォールに会ってきた」
「アークではなくて?」
「彼女の母親だな。つまりフォール家の現当主ということになる。アルクスから直接依頼を受けたわけだ」
「どうせ厄介ごとでしょう? 商売敵の暗殺とかはさすがに嫌よ」
いきなり商人から依頼を受ければシアも警戒するか。
「それだったら俺も断る。依頼は真っ当だよ。薬品の材料となる素材の採取だ」
「ああ……じゃあ相応の危険が伴うって感じかしら?」
「理解が早くて助かる。シアは病み上がりだから無理する必要はないが、俺は行くつもりだ」
「いいわよ、付き合うわ。せっかく身を呈したのに、知らないところでネーヴに死なれたら損じゃない」
「変な価値観だな」
「照れ隠しよ」
分かってるから自分で言うな。
口角を上げた澄まし顔は少々鬱陶しいが、同行が有難いことに変わりはない。
「とにかく、お昼にしましょう。お腹すいたわ」
凍結した巨大な弁当――というか皿を差し出される。やはりシアでもこの氷を払うことはできないらしい。
「魔力さえあればたぶん解凍はできるわよ。前にもお弁当を温めたでしょう。でもネーヴほど器用にはできないわ。状態の凍結と復元なんて大魔法使いでも難しいことじゃないかしら」
「〈氷雪士〉だからな。それに自分の氷だから、その辺りはお手の物だ」
「そういうものかしら……?」
指先で弁当の凍結を払う。雪の結晶が舞い散り、魔力の光となって消えた。料理を満載した皿から湯気が上がり始める。
「う〜ん、いい匂いね。ところでネーヴ、あなたのお昼は?」
「……そういえば、ないな」
それじゃあと立ち上がってさっさと食堂に向かうシアに続く。凄まじい大盛りなのに分けてくれる気はないようだ。
ちょうど昼時ということもあり、食堂には多くの客がいた。だが、冒険者の数はそれほどでもない。勤勉な冒険者は今頃現場で昼食にありついているのだろう。
受付カウンターに目をやっても、リースはいなかった。奥で仕事中なのか、いないこともあるようだ。
「それで、むぐむぐむぐ、どんな、もぐもぐもぐ、話を――」
「食べながら喋るな。落ち着け」
口いっぱいに米を頬張る女は見たことがない。しかもそれで喋ろうというのだから、シアの感性はやや特殊なのかもしれない。
「……――、何か、失礼なことを考えている顔ね」
「いつもの顔だろ。で、何から話したらいい」
「最初から話してよ。わたし、ずーっと医務室に閉じ込められていたから退屈だったのよ」
閉じ込められて……?
「………………まさか、抜け出そうとしたのか?」
「リースちゃんにすぐに見つかったわ。なにか、監視装置を取り付けられていたわね、あれは」
バツの悪そうな顔をするが、正直に言うあたりには可愛げもあるか。
「ま、元気ならいいが……」
呆れながらもアルクスからの話をかいつまんで伝える。
「――高難易度ダンジョン、ねぇ……」
「ああ。採取の依頼だが、正直俺たちのような駆け出しには厳しいダンジョンだと聞いた」
アルクスの頼みは、あるダンジョンに生息している薬草の採取だった。どうやらそれが、あの若化を止めるための材料の一つらしい。
高難易度ダンジョンから産出されるもの故、市場に出回るのは非常に稀で、尚且つ高価。大商人であるアルクスに買えない道理はないが、希少性の高い薬草となると吹っ掛けられることも少なくない。恒常的な需要があると見込まれれば、値は更に上がるだろう。だからこそ信頼の置ける者に直接採取を任せているのだとか。
「それで、ネーヴが信頼を勝ち取って依頼が来たというわけね」
「余計な試練を課されたとも言えるがな」
「でも返事はしてきたのでしょう?」
「……まぁな」
悩んだのは数瞬だ。
ここでアルクスの関心を買っておくのは悪いことではないと判断した。シアも俺の考えくらいお見通しのようだ。
「どんなダンジョンなの?」
「通称『逆さ天空ダンジョン』。どうやら底の見えない大穴と空に浮かぶ島々で構成されたダンジョンらしい」
「落ちたらどうなるのかしら」
「最下層を確認して戻ってきた者はいないようだな。つまり未攻略だが、あまり人気はないようだ」
「わたしたちが第一号になれるわけね」
目を輝かせながらとんでもないことを言う。名声などに興味があるようには見えないから、競争で一番になるのが好きなのかもしれない。
「とりあえず、今回はそんな深淵には行かない。中層と言われるエリアまでだ」
「なによー。ついでに行ったらいいじゃないのよー」
口を尖らせるが、目的は薬品の材料の採取だ。
「深部に行くのはガウフの装備を受け取ってからでもいいだろ」
「その間に攻略されないかしら」
「今まで攻略されてない上に不人気ダンジョンだ。問題ないだろ」
挑戦者そのものが少なければ踏破者の出る確率も下がる。
「それにまず、俺たちが採取をこなして戻ってこれるかも分からんぞ」
「あら、ネーヴは自信ないの?」
蒼玉の瞳に挑戦的な光が宿る。満足に力を振るえないはずなのに、どこから自信が湧いてくるのか。
「ねえよ。伊達に〈最弱〉をやってない」
適当にあしらって応える。深部に向かう余裕などないのだ。
「〈最弱〉ね……。それも、誰が言い出したのかしらね」
「知らんよ。とにかく、今回はあくまで採取。無駄に深部に踏み込むなら、置いて帰るからな」
「わかったわよ。それで、いつ行くの?」
「明日中に準備を整えて、明後日だな。中層まで潜るから往復で数日かかる筈だ」
アルクスからの情報では、大穴の淵をひたすら下っていくという道のりらしい。綺麗に整備された通路があるわけではないようなので、慎重に進まざるを得ない。
――出発までに組合でより詳細な情報を集めるべきだろう。
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