3章-6節 アルクス・フォール②
「冒険者組合のランスの代理で、あんたの主人の薬を届けに来た」
背嚢から小瓶を取り出す。メイドは鉄柵越しにしげしげと眺めた後、佇まいを直した。睨めつけるようだった目が、無感情の状態にまで回復する。……いや回復といえるのかは謎だが。
「失礼いたしました。主人にお取り次ぎいたしますので、中で少々お待ち下さい」
門扉が鈍い音を立てて開かれる。何らかの魔導具なのか、メイドが手をかざすだけで自動で開いていくのだ。門など自分で開ければ良さそうなものだが、金持ちは金の掛け方も違うようだ。
「失礼ですがお名前は」
「ネーヴェ・サタールンタ。フォール家には縁もゆかりもない」
「でしょうね。よろしければ、薬はわたくしがお預かりいたしますが」
「直接渡せと言いつかっている。悪いが、アークやサフィールでもなければ渡せないな」
「知っています。ではどうぞこちらへ」
かなりの美人だが、凄まじい無愛想加減だ。リースの1000000分の1もない。商家の家人というものは外部の者にはここまで冷たくなれるものなのかと感心さえしてしまう。
メイドはスタスタと歩みを進める。門扉の横には門番の詰所らしき小屋が目立たぬよう建てられていた。そこから俺たちと入れ違いでやってきた屈強な男が門扉を操作し閉鎖する。どうもこのメイドは門番の代役だったようだ。ダンジョンのように、鎧を着たメイドがいないのは、ここが対外用の施設で無く、自宅だからか。
「アークかサフィールはいるのか」
「サフィール様はいらっしゃいません。お嬢様についてはお答えしかねます」
二人で出かけたのか、ただの入れ違いか。いずれにせよランスからの言葉は伝えれそうにないが……親子ならそのうち顔を合わせるだろう。
「ネーヴェ・サタールンタ様はどちらのご出身で?」
屋敷に入ったところで、雑談のつもりか、微塵も興味がなさそうな問いと共に振り返る。道端のアリに向けるにしてももう少しマシな目で見れるんじゃないかと言うくらいには冷め切った瞳だ。氷のようというより、熱がない。
「……田舎の山だよ。つまり田舎者だ」
「見ればわかります。わたくし、これでも民族衣装は好きなので」
本当かよ……。
俺の全身を上から下まで眺め見て、最終的にはまごうことなきゴミ切れと判断したような視線だが。……いや、「ゴミを着て生活する危篤な故郷ですね」と末期症状を言い渡されるよりはマシか。……マシなのか?
応接室に通される。
豪華な調度品の中に俺が収まっている姿はこのメイドでなくても分不相応に見えるだろう。
「しばらくお待ち下さい」
音もなく扉を閉めてメイドは去って行った。この数日間で会った人たちの中で一番強烈な第一印象を植えつける人だった。あれで悪意を感じないのだから信じられない。
ひとしきり圧倒された後、応接室の中を改めて眺め見る。壁の一面が本で埋まっていた。背表紙を流し見てみるが、残念ながらフォール家当主の著作はないようだ。多くは王政や法律に関するもの。他には地理地形や郷土史に関わるものもある。中には人口の調査結果のような純粋な統計データまであった。その数は膨大だ。こういうところの本は果たして目を通されるものなのか、疑問だが。
さすがに突っ立っているのも不自然なので、ソファに座る。ほどよく沈み込み、必要な分だけ固さがある、良い椅子だ。
「――すまない、客人。待たせたようだな」
女主人が入って来たのは暫くしてからのことだった。謝る割には別に悪びれた様子はない。むしろ人の悪そうな笑みを浮かべている。
「…………御当主と違って俺にはいくらでも時間がある。とはいえ、一冊くらいは借りたが」
掲げて見せたのは、レゾンの成り立ちを書いた一冊。小さな集落から始まったレゾンという村が如何にして発展を遂げてきたかが書かれたものだ。
「気に入ったのなら持っていくといい。返却期限は設けないさ」
ふっ、と息を吐き出し、輝きの強い赤灼色の瞳が更に笑みの形に細まる。値踏みでもされているのか。
本の続きは気になるが、今借りるのはやめておこう。冒険者である以上、依頼が最優先だ。
「――それで。あんたはアルクス・フォールで間違いないか?」
俺は顔も背格好も聞いていなかった。フォール邸で主人を出せと言って、別の人間が出てくる可能性は稀だろうが、口頭でも確認は必要だろう。
「ああ。そういう君はランス殿の使いで間違いないかな?」
「……これがランスに渡された薬だ。確認してくれ」
正面に座ったフォール家当主に小瓶を渡す。相変わらず、赤い粉末が煙となってキラキラと舞っていた。
「ふむ。間違いない。君はこれがどんなものか聞いたかね?」
「いいや。……だが、あんたを見て分かった気がする」
「ほう。言ってみたまえよ」
にやりと頬を上げるその顔は、とても娘がいるようには見えない。
……若すぎるのだ。幼いと言っても良い。
娘のアーク・フォールはどんなに若く見積もっても俺よりも一つ二つ下程度だろう。だが魔法を使っていたあたり、既に神託を受けている可能性の方が高い。その娘と同い年、あるいは姉に見える母親など果たしているのだろうか。無論エルフならあり得るが、最も特徴的であるはずの耳はヒト族のそれだ。
今でさえ姉妹にしか見えないが、アークが順調に歳を重ねれば、将来的には母娘の外見年齢が逆転してしまうことになるのではないか。それはそれで不都合がありそうだ。
つまり――
「……若返りを止める薬か?」
「おや。おやおや。――なんだ、君、知っていたのかね?」
「いいや。と言っても信じてもらえないだろうが、知らなかった。俺はただ、以前に似たような症例を本で読んだことがあるだけだ」
付け加えるならあんたの表情だ、とは胸中のみで告げておく。人を試すような、面白がるようなその顔が、「老化を止める」などというまともな答えを待っている筈がないと思っただけだ。
「ほぉ。若いのに物知りなことだ。君、名前は?」
「ネーヴェ・サタールンタ。討伐系二階梯の駆け出し冒険者だ」
「改めて、私はアルクス・フォールだ。これでも四十を超えている。若化は厄介でね、どうしても他人には理解され難い。奇異と嫉妬に晒されるのが常だ。だから君は稀有な人だ」
褒めているのか、嬉しそうにくつくつ笑う。商人の浮かべる笑みの多くが演技だというが、これはどうだか。俺は肩を竦めるだけに留めた。
「さて……ネーヴェ、君の冒険者登録はいつだね?」
「つい数日前のことだな」
なるほど本当に駆け出しか、と一人で勝手に頷いている少女にしか見えない女。ただ、その表情には企みに似た何かが見える。少なくとも年頃の少女の顔ではない。正直に言えば、悪い予感さえする。
本来なら相手にすべき手合いではないが、これも折角の縁だ。俺たちの装備の為にも、顔は売っておくべきだろう。
――本当は娘のアークから、命を救ったことに対する謝礼を期待していたのだがな。
アルクスは指を絡めて肘をついた。口元は隠されたが、赤灼色の瞳がギラギラと揺れている。
「ネーヴェ、君に一つ頼みがある」
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