3章-6節 アルクス・フォール①
「ネーヴ!! あぁっなんて、なんていい子のなのっ! すごいわ! あなた、すごいわっ!!」
朝から大興奮のシアが、俺は少し怖い。昨日のグレイブの自慢の一品を持ってきただけでこれなのだ。食い物に釣られたらどんなことでもやりそうだ。
「ネアルさん、病室ではお静かに」
ランスが顔を若干引きつらせながら、気持ちはかなり引き気味に注意する。苦笑を通り越して青ざめてさえ見えるのはもはや致し方ない。涎を垂らすシアが悪い。
「……ところで、シアは今日退院できるのか?」
「そうだね。ただ、検査があるから夕方になる。そのお弁当はお昼にするといいよ」
「だったら、解凍もあるし昼に一度戻ってくるか。ランス、シアを頼む」
「大丈夫、任せて」
「ネーヴ、リースちゃんにも顔を見せていくのよ」
怪我人のくせに母親のようなことを言う。そもそもリースとは既に会った。いつもと同じように朗らかな笑顔だったし、夜通しシアと話していたと嬉しそうに話していた。どうやらシアと一緒にここに泊まったらしい。話の内容までは聞くまい。
手を振って廊下に出たところで、すぐに追ってきたランスに呼び止められた。
「ネーヴェ君、もし今日の仕事のアテがないなら一つ頼まれてくれないかい」
「……? なんだ?」
シアがいないので予定もない。街を回りながら金稼ぎの方法について思案でもしようと漠然と考えていただけで、言ってしまえば暇だ。今まで稼いだ金は生活防衛資金として必要だからあと二十万、どうにか稼がなければならない。
「サフィール――僕の娘が、アークさんに会いに行っている筈なんだけど、彼女、大切なものを忘れてしまってね」
白衣のポケットから小瓶に入った紅色の粉末を取り出し、振って見せる。粉は瓶の中でふわふわと舞い、煌めきを放っている。
「これはアークさんのお母様、アルクスさんのための薬なんだけど、届けてもらえないかな。サフィールでもアークさんでも、アルクスさんでも、誰でもいいから、僕の使いであると言ってもらえれば受け取ってもらえる筈だよ。……ただし、この三者の誰かに、直接手渡ししてほしい」
「直接か。……高価なものなのか?」
「これには希少な材料が使われているし、僕の手による加工が加わっているから、まぁ、それなりにね」
ほとんど材料費だけどね、なんて気負いなく答える。俺が売り飛ばすという可能性を考慮していないらしい。無論そんなつもりは微塵もないが、信頼されていると思っていいのだろうか。
「引き受けよう。シアが世話になっているしな」
「助かるよ。その瓶を見せれば、フォール家の使用人は問題なく入れてくれる筈だから、フォール家の二人によろしく伝えてほしい。あと、もしサフィールに会ったら、彼女には用事が済んだら僕のところに来るようにと」
「……俺や患者のいる前で説教はやめてくれよ」
「お互い、もうそんな歳じゃないさ。彼女もわかってるよ」
ただ用事があるだけと、ランスは言う。それでも目の奥に厳しさを感じるのは、それが父親の役割だと感じるからだろうか。
遠くへと行ってしまった両親の姿が脳裏に浮かぶ。俺には分からないが、父にとって娘はいつまで経っても娘なのだろう。――いずれにせよ他人の家の父娘関係に口を挟むつもりはない。
薬を受け取り、背嚢に仕舞い込む。割らないよう気を付けなければ。
「新フォール邸は分かるかい?」
元の住まいがダンジョンと通じてしまったため新居を設けたようだが、それは未だに新フォール邸と呼ばれているようだ。安易だが通りが良い名前なのだろう。
「詳しくは知らない。教えてもらえるか?」
「簡単に地図を描くよ。待ってて」
懐から取り出した手帳から一頁破り、説明を兼ねながら描いていく。どうやらフォール邸ダンジョンとは正反対にあたる東西外円の西地区に居を構えたようだ。商会の主力が立ち並んでいたのは東地区だったが、流石にダンジョンとは距離を取ったのだろう。
「それじゃあ、頼んだよ」
「ああ」
今日も天気は晴れ。急ぐ必要もないので、ゆっくりと歩き出す。
レゾンには東西を貫く大通りがあり、主要道路となっている。レゾンに着いた時やガロ洞穴に向かう際にもこの道を通った。地区毎の特性に依らず、それなりに商業施設が多いのがこの道だ。
レゾンはやはり人が多く、とりわけ冒険者とは、すれ違わない日がないほどだ。今も多くの冒険者を乗せた馬車が徒歩の俺を抜いて走り去っていく。まだ午前。これから街の外のダンジョンにでも向かうのだろうか。
「シアが退院したら、特訓だな……」
独りごちる。
現状、俺たち二人だけのパーティーは最大戦力を失っている。この状態でライラーとの再戦は厳しい。知り合いの中ではサフィールが恐ろしい実力を持っているが、彼女をパーティーに引き入れるのは流石に厳しいだろう。傭兵として雇うにも探索系九階梯の実力者だ。予算を考えると現実的ではない。
そうなると、俺たち自身が強くなるしかない。シアの魔法は俺の魔力を消費するようになる。俺自身も燃費の悪い氷雪系魔法を主力としている以上、下手をするとお互いに魔法を使えない瞬間が生まれてしまう。連携が取れていなければ共倒れは免れない。
「戻ったら、リースにおすすめダンジョンを聞いておこう」
街路樹が立ち並ぶ歩道を歩いて行く。東西内円の西地区も、東と同様に盛況のようだ。ただ東地区がフォールの家紋を掲げた高級店が多かったのに対し、こちらは個人商店などが多いようにも見受けられた。店主たちの威勢のいい声が届き、東とはまた違った盛り上がりを見せている。西地区からレゾンに入った俺はこの光景を見て圧倒されたものだ。
そして、外縁地区との境目に差し掛かる。商店が減り、ちらほらと農耕地が見え始めた中で、大通りを逸れた。
ややもすると広大な敷地を持つ豪邸が並び始める。レゾンは壁の内側にある街。当然土地は有限だ。北の富裕層が住むエリアで窮屈な豪邸に住むよりも、広大な敷地を買い取って自由に暮らせることに価値を見出した商人が数人住んでいるようだ。
「ここか」
フォール家もまた、広い土地を好んだらしい。
巨大な鉄柵の向こうには本で読んだ貴族の屋敷のように巨大迷路が見えている。一体どれだけ広い土地に住んでいるのか。あるいはどれだけ金を持っているのか、と言うべきか。
しばらく歩いて門の前まで辿り着く。
「御用件は」
鉄柵の門扉越しに、目つきの悪い女メイドに声をかけられた。視線は矢のようですらある。険が強すぎて何もしていないのに罪悪感が湧いてくる。いや、そこまでではないが。
どうやら大商人ともなると、約束もなく面識もない客を笑顔で受け入れるほど呑気な生活は出来ないようだ。
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