3章-4節 事後処理③
「そうでした!」
突然、リースが手を打つ。
「なんだどうしたリース、大声出すなんて、珍しいな」
剛毅な男が身を引いていた。俺も思わずリースを見る。
「ネーヴェさんに聞いたんです。伝説の鍛冶師――ガウフ・アルバ・ランドがこの街に来ているって」
「なんだと!?」
フランベルクが目を丸くする。
「なるほど、じゃあそいつはガウフのものか。最上級の業物だな……。いつ会った?」
「昨日の昼前だ。だが、これは借り物だ」
「借り物……? ガウフがあんちゃんに貸したのか?」
「ああ。武器を打ってほしければ、二週間以内に一人あたり二十万ディナル用意しろと言われてな。この試供品で、使用感を確かめろということだろう」
シアも短杖を借り受けていた。永遠に借りようとして、俺までとんでもない殺気に当てられたが。
「それこそ幸運の女神でも憑いてるんじゃねぇかってくらいの運の良さだな。出会う確率だけで言ったらガウフも悪魔と似たようなものだ。人はその姿形を知らず、ただその作品だけを知ってる。俺もガウフがどんな人物か知らない」
「筋骨隆々の厳つい男だった。雰囲気としては冒険者に近い」
「ドワーフだって噂もあったが、どうなんだ?」
ドワーフ族……確かに一流の鍛冶師や細工師といえば彼等の造るもの、というイメージはある。
ドワーフは成人しても平均的なヒト族の半分程度の身長しかなく、全身を筋肉の鎧で覆われた頑健な身体を持ち、戦闘能力にも秀でているという。彼等は自身の里からはほとんど出ず、仕事に没頭しているとか。
「少なくとも身長は低くなかったな。むしろ巨漢だった」
ヒト族の平均よりは高いと思われる俺以上の背丈があった。だからこそ、存在そのものが威圧的で、食器の露店には誰も近づかなかったのかもしれない。
「ふぅむ。一度会ってみたいところだが、人伝の紹介も受け付けないという噂もあるからな」
「ガウフ氏に自分の力で出会えた者こそ、彼の作品を手にする価値のある者だ、なんて評されたこともありますね」
「どこまでを自分の力、と解釈するかにもよるがな。情報収集能力も大きな力ではあるが、少なくとも、俺がネーヴェから居場所を聞いて訪ねたところで、門前払いが関の山だろう」
どうやらガウフは人を選ぶらしい。となると、俺たちは選ばれた側なのだろうか。
「ガウフの作品は冒険者どころか好事家にとっても憧れの存在だ。あんちゃんも、妬みには気を付けろ。……で、取り敢えずの金の報酬はその二十万ディナルでいいか?」
言葉を失う。
なにせ、平均的な市民が十年以上暮らせるほどの金額なのだ。会話の流れの中で、ぽん、と出せるような額ではない。
「本当はあの嬢ちゃんの分も入れて四十万といきたいところだが、さすがに組合からの出費がデカすぎるな。その分、金以外の報酬は弾む」
ついでに、破裂した配管の修繕費用は請求しないでくれるらしい。それは助かる。
ついでのついでに、下水からの汚物を被った冒険者への手厚い礼も頼んでおく。
「組合に囲い込まれてる冒険者になってきているな」
「そうだな、あんちゃんはかなり特別な冒険者だろう。今後は俺たちも注視することになる。だが、そもそも冒険者のための組合なんだ、その組合に気に入られても悪いことはないだろ」
そういうものか。
村という組織にしか属したことがないから、良し悪しの判断がイマイチつかない。
大きい街だ。その分人も多く、それぞれに思惑がある。そんな中で特定の組織に偏り過ぎるのは少しばかり抵抗があるが……冒険者としては正しい在り方なのだろう。
「で、報酬に話を戻すが、武器はどうやら事足りているようだからな。それ以外のものを見繕っておく。期待して待ってろ」
「……わかった、恩に着る」
話が終わりに近づいた頃、支部長室のドアがノックされる。フランベルクが入室を許可したため視線を投げてみると、サフィールが落ち着いた足取りで入ってきた。その右手に、ボロボロの布袋を引き摺って。
「よぉ。お手柄だったな、サフィール」
「まぁ、ね。……だけど色々と腑に落ちない。こいつとか」
布袋を床に転がすように放ると、それは袋などではなく、人間の成れの果てだと分かる。
「……ウーベルか」
「ええ。私もアークの関係で何度か目にしたことはある。こんな、生きてるのか死んでるのかわからない状態ではなかったけど」
元々、比較的端正な顔立ちをしていた筈だが、今は見る影もない。歯は全て抜け落ち、顔はシワだらけ。髪も真っ白な上、まばらにしか生えていない。ついでに言えば、鼻が圧し折れて片目が潰れている。
よく生きていたなと思うが、精神が崩壊しているのか、残った細い目で虚空を見つめるばかりで他に動きを見せない。正直、もう長くはないだろう。
「あの女の魔力の残滓を辿ったらこの男に行き着いたから拾ってきた。魔力を精製する脳があの黒い魔力に侵されてるから、もう再起不能だろうけど」
ウーベルのこと、やけにぞんざいに扱うと思ったが、確証があったのか。俺には感じ取れない何かで、ライラーとの関係を暴いたらしい。
「あの女は、なに? 正直、仕留められたかは怪しいところね。死んだというより、存在が薄くなった、という感覚が拭えない。首も身体もいつの間にか消えてたし」
消えた、か。
「元々魔力が形を持ったような存在だった。忽然と消えたのなら、消滅はしてないだろうな」
とはいえ、かなりの深傷ではある筈だ。どんな魔法かは知らないが、ヒトの姿をとった以上、ある程度はヒトの性能に押し込められるだろう。
首を斬られて無事でいられるヒトはいない。例え死なずとも、自身の形を崩しての逃走はかなりの負担になった筈だ。自由に姿を変えれるのであれば、初めからヒト型である必要などないのだから。
「まぁやっぱりそうなるか……。ネーヴェも面倒くさいのを敵に回したね。アレはきっと、執念深いよ」
「対策は必要だな。だが、あんたが痛めつけてくれたおかげでしばらくは平和だとも思う」
「どうだか。そうだといいけれど、油断はしないことね」
確かに毎回、誰かをアテにするわけにはいかない。思えば、攻撃の面ではシアに頼っていたところが大きかった。俺自身の更なる成長がなければ、この先冒険者としてやっていくのも厳しいだろう。
「とりあえず聞きたい話は聞けたことだ、あんちゃんは解放だな。サフィール、おまえさんは何かあるか?」
「一応、事の経緯だけは聞いておく。ネーヴェはいいよ、早くあの子のお見舞いに行ってあげなさい。……父さんが治療してるから、心配ないけどね」
片目を閉じ、柔らかい声で言われる。仲間を心配する俺を送り出してくれていた。隠していたつもりだが、落ち着かない様子が出ていたのかもしれない。
「リースもいいぞ。あんちゃんと一緒に行ってやれ」
「――はい!」
「すまん、フランベルク。またグレイブのところに来てくれ。氷ならご馳走する」
「はははっ! いいな、あれはうまい酒だった」
踵を返し、医務室へと向かおうとして、一つ、忘れ物をしたことに気づく。
「サフィール」
「――なに?」
振り返る。深海色の長い髪が揺れて甘い香りがした。
「お陰で助かった、ありがとう」
「……うん。無事でよかった。さ、行きなさい」
柔和な笑みに見送られて俺たちは支部長室を後にした。




