3章-4節 事後処理①
組合は騒然としていた。夕暮れ時、多くの冒険者が集まる時間帯に、突然氷の救援要請があれば当然か。
「ネーヴェさん……!」
リースが駆け寄ってくる。大きな目には透明な雫が溜まっていた。
「心配かけた。リースとサフィールのお陰でこうして無事だ」
「わたしはお腹に穴があいてるんだけど?」
「悪かったよ……。シアが俺を庇って怪我をした。すまないがランスに診てもらってもいいか?」
「すぐに先生に話します! こっちです!」
物珍しそうに集まって来ていた冒険者達をかき分け、リースは組合の奥へと進んで行く。相当な剣幕なのか、道を空けた冒険者の顔は引き攣っていた。
「後々、有名になっちゃいそうね」
「ま、これだけ注目を集めたらな……」
悪い意味で有名になるのは避けたいところだが、人の言葉がどう巡るかなど誰にも分からないことだ。
リースの後に続いて医務室に着くと、気付いたランスの柔和な笑みが俺たちを出迎えた。……が、俺の背にいるシアの顔を見てとり、すぐに顔を引き締める。先日会ったときとはまるで別人のような、抜身の刃とさえ思わせるほどの鋭利な視線。
「ネーヴェ君、すぐにネアルさんをベッドへ」
「分かった」
シアをベッドに横たえる。俺にはまだ余裕のある笑みを見せているが、額にうっすらと汗が滲んで来たあたり、身体は相当辛いのだろう。それを押し込めていたのかと思うと、申し訳ない気持ちが強くなる。
ランスに押し退けられ、後退。俺の横にはリースが立つ。心配そうな顔はしているものの、それ以上にランスへの信頼が見て取れた。
「ネーヴェさん、ランス先生は名医です。本来なら英雄に数えられてもおかしくありません。だから、安心してください」
「……シアに、申し訳なくてな」
近接戦闘でも圧倒的な能力を誇るシアが、ウーベルに撃たれてからはしばらくは動けなかったのだ。状態はかなり悪かったに違いない。そもそも俺が一緒にいなければ、シアは撃たれずに済んだ。俺を庇ったせいなのだから。
「ネーヴェさん!」
背の低いリースに肩を掴まれる。そのまま医務室の外へと押し出された。体重でも腕力でも負けている筈はないが、押し返せなかった。それは彼女の気迫に押されたからかもしれない。
「自分を、責めてますね」
廊下の壁にゆっくりと押しつけられた。リースの目は吊り上がっている。可憐な少女とばかり思っていたが、こんな顔もできたのか。
「何があったのかはわかりませんが、これだけは断言できます。貴方は、シアさんの命を救いました。自分の判断に自信を持ってください」
「だが、シアは俺を庇って――」
「シアさんほどの人が重傷を負ったのです。庇ったというなら、シアさんが受けていなければ、ネーヴェさんが死んでしまっていた可能性が高い。そんな結末はシアさんも、私も、誰も望まない、最低のものです」
リースの声には下を向きがちな心を無理矢理にでも押し上げる強さがある。
「ネーヴェさんが無事で良かった。いえ、傷だらけですけど、大きな怪我を負っていなくて良かった。シアさんも大丈夫。ランス先生を信じてください。この冒険者の街でも最高の名医――〈薬士〉の大先生ですから」
「薬で治る傷なんて――」
「ランスさんでしたら、患者さんが生きてさえいれば、必ず死なせません」
俺の言葉を何度も遮り、リースは真剣な声で告げる。嘘でも冗談でもないと語る翠色の瞳。眼差しは俺を貫くほどに強い。
リースの言うことが本当ならば、医術の域を超えた話だ。英雄に数えられてもおかしくないとまで言われる名医というのは、常識を覆してしまえるほどの力を持っているが故か。
「……さすがは、サフィールの親と言ったところか」
俺は託し、信じることにした。
俺を貫くリースの目を、信じることにした。
何より、相棒の俺がシアの無事を信じないでどうするというのだ。
リースは俺の態度に納得したのか、ようやく離してくれた。
「実はサフィールさんのお母さん――クローネさんは更に凄い人ですが……その話は追々」
俺の気を紛らわすためか、リースは話題を切り替える。
信じられない戦闘力を持つサフィールに、英雄クラスの医師、そして更に凄いというその妻。ワンダラー家というのはどうなっているんだ。
……ともあれ、ここまで檄を飛ばされて俯いていては、シアにもリースにも申し訳が立たない。
「ありがとう、リース」
「――はい!」
吊り上がっていた目は、いつの間にか可憐な少女のものへと戻っていた。
「それで、ネーヴェさんには詳しいことをお聞きしたいのですが、支部長室に来て頂いてもよろしいですか?」
「ああ。今、俺にできることをやろう」
リースは可笑しそうに笑った。シアに軽く声を掛けてから、先導したリースに続く。
「……ネーヴェさんでも、落ち込むんですね」
支部長室までの短い時間で、リースは振り向かずに言った。うなじで結われた金糸の髪が揺れている。
「俺をなんだと思ってるんだ」
常日頃から落ち込んでばかりだ。
シアの力を目の当たりにすると、己の何と非力なことか。〈氷雪士〉でも冒険者としてなんとか活躍できるよう頑張っているつもりが、結局何も為せていない。これまでシアの力を借りてばかりいる。
それに悩みも尽きない。生活のこととか、金のこととか。常にどうやって生きていくか必死で考えて、胸の裡では暗い気持ちを抱えてる。
「ぶっきらぼうで、でも優しくて。自分に自信があって泰然としつつも、どこか遠くを向いていて。そして少しだけ浮世離れした人だと思っていました」
……大層な買いかぶりだ。リースが俺の心の裡を覗いたら軽蔑までされそうだ。
「――本当の不安や悩みは口にしないんだ。魔力が言葉に乗るように、悪いことは口にするだけで実現すると思ってる。俺は口の悪い、ただの田舎者だよ」
この手に力があれば。
何度となく抱いた想いだ。自分に自信がある奴が考えることではない。ライラーの甘い言葉に少しも揺れなかったかと問われると、はっきり応とは言い切れない。
「……ネーヴェさんは不思議ですね」
振り返るリースには笑みがある。何を笑っているのか、俺には分からない。
「こちらです。フランベルクさん、入りますよ」
問いただす前に、支部長室前に着いていた。リースはさっさと扉を開けて中に入っていく。とりあえず、続くことにした。
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