3章-3節 最大戦力②
「その子、氷漬けで大丈夫?」
「すぐに回復させる」
シアの状態の凍結を解除する。霧散した氷が夕陽を照り返して輝き、すぐに消えた。
蒼い瞳が瞬く。状況が変わったことを瞬時に察して、シアは破顔した。
「おはよう、ネーヴ」
気安い笑顔。可憐な桃色の頬は寒さの影響もない。無事に戻ってよかった。
「ああ。おはようシア。……すまない、悪いことをした」
「いいのよ。守ってくれたわけだし、貴重な経験ができたわ」
俺が無力なばかりに、こんな方法しか取れなかった。それでもシアは守ってくれたと笑顔を向けてくれる。無力感で苦しかった心の奥が、少しだけ救われる。
「それで、状況は?」
差し出した手を握り返す手も暖かい。そのまま引き上げると、シアは俺の隣に立つ。
銃創の痛みはあるようだが、動けはするようだ。
「強力な援軍が来てくれた。ライラーはあのザマだ」
腕の力で何とか身体を起こしているが、ライラーは既に瀕死だ。それでもヤツの【強奪】によって体力や魔力を奪われかねないため、迂闊には近付けない。
「ああ、酷い様ね。それで、この人は?」
俺たちを背に隠したサフィールは、長い髪を靡かせ、油断なくライラーの様子を見つめている。
「サフィール・ワンダラー。昨日話した、レゾンの有力者の一人だ」
「ああ! 九階梯の実力者って、リースちゃんが言っていたわね。ありがとうございます。おかげで助かりました」
シアが敬語を使うところを初めて見た。気を遣うべき相手だと判断したのだろう。
シアもそうだが、サフィールもまた相当の実力者であることは疑いようもない。レゾンの冒険者組合が抱える戦力は相当なものだろう。
「他ならぬ、リースの頼みだから」
告げるサフィールは、俺たちを振り向かない。ライラーに動きがあれば即応できるよう構えている。蒼い魔剣が燐光を放ち、魔力を湛えていた。
「ネーヴの企みはリースちゃんを動かすことだったわけね」
「それしか、手が無かっただけだ」
俺一人でどうにかできる相手ではなかった。だからこそ、時間を稼ぎ、強者を呼び込んだ。
「卑下することないわ。できることを惜しまないから、ネーヴは生きていられるのよ」
言葉を交わしながら、俺も、そしてシアも警戒を緩めた訳ではない。俺の魔眼は魔力の流れを追っているし、シアも重傷を堪えて身構えている。
「おのれ……おのれおのれおのれぇぇ……!」
低く、唸るような声。血走った目からは呪いのような視線。石畳を削る爪はほとんどが割れ、血を流している。ライラーは起き上がれもせず、枯渇寸前の魔力をかき集めては霧散させていた。既に魔力を魔法として構築する力すら残っていない。
「……哀れな」
もはや呪詛を吐き続けるだけの存在。消滅を待つ身となったライラーに対し、サフィールは無造作に魔剣を振り抜く。透明な斬撃が魔族を騙った女の首を切断した。鈍い音がして、呪詛が途切れる。物言わぬ角付きの頭が地面に転がった。
「終わったよ」
ため息一つ。血を払うように魔剣を振ると、腰の鞘に収め、魔剣の主はようやく振り向いた。深海色の髪が流れる。意志の強さを宿した赤色の瞳が印象的だった。
「……すまない、助かった」
「これも高階梯冒険者の務め。――それより早くその子の治療して、リースに連絡してあげないと。あの子、心配のし過ぎでハゲるかもしれない」
「そうだな……ハゲさせたらさすがに申し訳ない」
リースには心配をかけてばかりだ。ジリアンからも聞かされたが、永く生きるエルフにとって、心労こそが最大の敵だろう。早く会って、安心させてやらないと。
「ここの事後処理は私に任せて行って。あたりをズタズタにしたのは私だから」
周辺の見るも無惨な様子の通りに肩を竦めるサフィール。石畳が敷かれていた筈の地面は、砂状になるまで破壊し尽くされている。所々、下水道の天井が崩落し、流砂となって地下まで降り注いでいた。
「人が集まってくる。早く行きなさい」
戦闘の音が止んだためか、周囲の人だかりの輪が小さくなってくるのを感じる。間もなく、大勢がここにやってくるだろう。そうなると、リースに無事を報告するどころではなくなってしまう。既に窓から覗き見て騒いでいる住民もいることだし、好意に甘えることにした。
「恩に着る」
「お安い御用よ。しばらくはレゾンにいるから、落ち着いたら改めて私を訪ねて来なさい」
頷きを返し、シアを抱えてその場を離れた。
これで悪魔騒動は片付いたと思いたいが……胸の奥にはまだ、言い知れぬ不安が燻っていた。
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