3章-2節 魔族の出現②
「……シア、どう思う」
小声で尋ねる。
「分が悪いわね。未知の魔法、それにわたしに雷撃を外させた回避能力。遠巻きに人は集まってきているけれど、参戦する気はなさそうだし、有象無象が集まったところで対処できるとも思えないわ」
目を吊り上げたライラーは、しかし追撃をしてこない。今の一撃で力の差を見せつけたつもりなのだろう。
辺りはいよいよ騒ぎになってきているようだ。これで冒険者組合にまで辿り着けていれば状況も変わっていたかもしれないが、追いつかれた以上、手前で断念せざるを得なかった。建物は見えたが、既に回り込まれている。
そもそも機動力が違う。横を走り抜けようとしたところでシア諸共貫かれて終わりだろう。
「俺が回避と防御に専念するから、シアが砲台として攻撃役に回るのはどうだ」
「……万全の状態なら、それでも良かったけれど、今は高火力を望めないわ……」
苦しげな声だった。どうやら今も腹に穴が空いているらしい。先ほどよりは声に気力が戻っていたから治療は終わったものと思っていたが、ただ耐えていただけのようだ。集中を要する魔法の発動は難しいということだろうか。
俺を庇ったせいもあるだろうが、幾つもの戦闘系スキルを持つシアをここまで弱体化させたウーベルは見事という他ない。いや、褒められたものでは全くないが。
ヤツも、俺への油断がなければ急激な老化という末路を迎えることもなかっただろう。
「……悪かった。だったら俺が何とかしよう」
「ネーヴ、あなたのそういう自信はどこから来るのよ」
「言えばできる気がするだけだ」
呆れているような言葉なのにシアの声は明るい。俺を全面的に信頼してくれているようだ。
しかし俺に自信なんてない。あるのは覚悟だけだ。身を呈してでもシアを守り切るという想いが、ライラーの妖気に挫けそうな自分を奮い立たせている。
「睦み合う時間はないぞ」
無視されるのも限界に達したのか、ライラーの指先に黒い魔力が集まる。心の狭い奴だ。
次の瞬間には黒光の魔法が再び放たれる。魔眼越しに認識できたのは三条の光。――見えたときには既に当たっている。
瞬間的に形成していた氷壁が再び受け止めたが、やはり内臓を引き抜かれるような、不快で凶悪な感触がある。黒光を介し、氷壁を通じて俺の魔力が奪われている……!
他者から何かを奪う、というスキルは非常に稀少だ。それが物ではなく、魔力という本来形のないものであるなら、尚のこと。
「ライラーの魔法に心当たりがある」
「ネーヴが、あんないやらしい魔法を知っているの?」
腕に抱いたシアを狙って黒光が走るが、短気なライラーの攻撃の軌道はわかりやすい。どうせ俺たちの会話を聞いていたのだろう。来ると分かっていれば、いくら速い攻撃でも回避は可能だ。
そう。ライラーは俺の言葉を聞いている。それは余裕なのか、油断なのか分からない。あるいはウーベルのような嗜虐趣味なのかもしれない。
「家の本で読んだことがある。それは古い伝承で『仇討ちの英雄ジルタ』が使用したとされる稀少なスキル」
――しかしその油断、慢心にこそ活路がある筈だ。今の俺には時間が必要だ。
「その神託スキルは【強奪】。物理のみならず概念にまで干渉するに至った、強力無比なスキルだ」
にやにやと、ライラーは俺の言葉を聞いていたが、ふと思案の顔になる。
瞳を上に上げ、なにやら逡巡。大きく瞬くと、そこにあったのは存外に真摯な視線。そこにあの妖しげな力はない。
「――ヒト族の子よ、やはり汝を殺すのは惜しいの」
黒翼が空気を打つ。ふわりと、無警戒にこちらへ進み出ると、白く滑らかな手を差し出す。シアを抱く手に力が掛かる。
「今一度考えよ。どうじゃ、妾の眷属となり妾のために働かぬか?」
魔族を騙る者からの誘いにしては随分と真っすぐな問いだ。あの嗜虐趣味のウーベルも同じように誘ったのだろうか。
「お前の力を受け取ったウーベルと何が違う」
「あの小僧とは違う。汝には、その力を差し出せとは言わぬ」
ウーベルが【悪魔】スキルを、神託スキルと交換したと言っていた。そしてあの老化現象。
ウーベルとライラーの間で結ばれた何らかの契約のもと、スキルの交換と生命力の強奪が行われたのか。
「……俺に、魔族の手先になれということか?」
「人の世界を滅ぼせなどと、大それたことを妾は言わぬ。妾が汝に力を与える代わりに、汝は妾の完全復活に協力せよと言っておるのぢゃ」
力、か。それは【悪魔】のようなスキルのことだろう。ウーベルが他者を破滅に導く呪いと言った【悪魔】スキルも、ライラーの【強奪】スキルから生み出された派生スキルだったのかもしれない。
「完全復活とはなんだ」
「今は語れぬの。この先は、契約が必要ぢゃ」
口元を歪めて笑みを作って見せる。
協力を求めているところを見るに、完全復活とやらにはまだ時間と労力が必要なようだ。
「……考えてみよう」
刀を鞘に戻して、地面に立てる。
「ネーヴ!?」
悲鳴のような声が耳元で炸裂した。大声を出すな傷に障るぞ、と言いたいが、そうもいかない。
「眷属となって、俺に何のメリットがある」
身を捩るシアを抑え込みながら、会話を続ける。毒の声も今は効果が薄い。ライラーも俺という精神を破壊しないよう加減しているのかもしれない。
「汝は妾の力の一端を手にする。人の身であっては望めぬ、無二の力ぢゃ」
高らかに宣言するライラー。多くの冒険者にとって魅力的な提案だろう。
スキルはどんなものであれ、強さになる。それが【強奪】に準ずる強力なスキルであればなおのことだ。強さがあれば冒険者としての生活は楽になるのは自明だ。
「だが、俺はこの力を気に入っている。この力も、スキルも、手放す気はない」
鞘が触れた石畳が凍結し出す。俺に攻撃の意思はない。ライラーもそれが分かっていて、身構えたり咎めたりしない。……更なる魔力は、シアにさえ気付かれぬよう密かに送り込む。
「先ほど申したであろう。汝に限れば、その力は求めぬ。あの小僧のように自らのスキルを差し出せなどとは言わぬのぢゃ。妾の眷属をわざわざ弱体化させる理由もあるまい」
「つまり、俺は労せず、代償も払わずに【強奪】か、それに準ずるスキルを得られる、と」
どういうわけか、気に入られたものだな。全く嬉しくないが。
有能な手先を探しているライラーは、ウーベルを打ち破った俺を勧誘したいのだろう。どう考えてもシアの方が格上だが、致命的に相性が悪いことは分かり切っている。
「理解が早いのう。ま、代償が全くないではない。汝が妾から得た力で奪った魔力の何割かが妾に流れる。ただそれだけのことよ。その魔力を使って妾が復活する。簡単な話ぢゃろう?」
俺が話に食いついたせいで、この偽魔族はやけに上機嫌だ。外見だけは綺麗な笑顔。だがその中にも、企みや思惑がある。――目が酷く淀んでいるのだ。そこには邪悪な意思しか見えない。
企みはお互いのことか。鞘に送り込んだ魔力は誰にも気付かれていない。身を捩るシアも、気付いた様子はない。あるいは、そういう演技か。
どちらでもいい。ゆっくりと、俺の魔力が地下を這っていく。
「破格な扱い、痛み入るな」
言葉は内心を語らない。
「なに、優秀な眷属を得られるのぢゃ、払うものは払おうぞ。……だがの、さすがに只で汝を眷属として認めるほど、妾の心は広くない」
ライラーの言葉は予想通りだ。悪そうな笑みを浮かべているが、そんなことだろうと思っていた。条件もおのずと分かってくる。
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