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最弱と呼ばれた〈氷雪士〉――その力は誰も知らない  作者: 鐘守偉俱
1章 最弱、冒険者になる

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3章-1節 レゾンの悪魔(真)②

 走り込む。が、短銃による牽制で出足を挫かれ、前に出られない。


「クソッ……!」


 悪態が漏れる。十歩の距離が果てしなく遠い。

 続けて放たれる暗器。直線で杭が飛来したかと思えば、左右から弧を描いて飛ぶ円刃が襲う。俯瞰視の魔眼があるからこそ何とか防げたが、ウーベルの暗器には際限がない。

 

「氷透陣(セス・バラフ)!」


 氷壁による防壁を展開。暗器や短銃には貫通力はないと踏んでの防御。


「君、<最弱>なんだろ。可哀そうッだね!」


 言葉とともに放たれた漆黒の杭が氷壁に突き立つ。杭の後端には吊り下がった小さな包み。

 悪寒を感じ、後退。その瞬間に氷壁が閃光を放って爆裂した。爆風とともに氷が散弾となって飛来する。


「爆薬だと……!」


 杭に吊り下がった爆薬が氷の防壁を吹き飛ばした。これもジョブによる恩恵か。


「驚いてる暇はあるのかな!」


 まき散らされた氷弾を抜けて星形の手裏剣が放たれる。風切り音を伴って首を狙う凶刃を、なんとか身を引いて回避。石畳に突き立つと、手裏剣は霞となって霧散した。どうやら魔力を武具の形に構成して投げ放っているらしい。更に続く杭が俺の肩を刺した。服に阻まれ傷は浅い。だが確実な負傷。

 続けて弾丸。こちらもジョブの恩恵なのか、その回転式弾倉に弾丸を補充する様子がない。弾丸を生成しているのか、銃ごと生成されたものなのかは不明だ。いずれにしても恐ろしい相手だ。

 ならば俺も遠距離からの攻撃で食らいつかなければならないか。


「氷澆弩槍(クロセルス・ファルム)!」


 俺の魔法の中でも最速の投槍魔法。氷の槍が魔力噴射で射出され一直線にウーベルを目指すも、鎖状の暗器が飛翔する槍を絡め取る。【悪魔】の力に依らずとも、凄まじい技量だ。


「返すよ」


 氷槍を絡めとった鎖が回転。遠心力で振り回して鎖から槍を開放。射出と同等の速度で投げ返された氷槍が眼前に迫るが、俺は更に前に出る。投げ返された槍からは魔力を奪って消失させ、鎖を振りぬいた姿勢のウーベルに飛び込むも、次の瞬間には背中に衝撃を受けた。思わず前のめりに倒れかかるが、何とか耐える。――衝撃はすぐに痛みになったが、軽傷だと思い込んで無視。何かが突き立っているが、見ない。少なくともまだ戦闘は可能だ。


「氷凍地槍(クロセルス・フルム)!」


 逆向きの氷柱が石畳から突き立ち走る。目指す先のウーベルは横に逸れて回避するも、氷凍地槍の軌道を曲げて追尾。その間に俺自身も走り込んで接近する。

 氷の剣山と俺自身がウーベルに迫る。悪魔の男は、地を走る魔法を止めることはできないと判断。俺に狙いを定めて暗器を放つ。飛来する暗器群をガウフの刀で迎撃し、一部を掠らせながらも更に接近。刀の間合いまでは残り三歩。もはや至近だ。

 領域を全力で展開し感知範囲を拡大しながら踏み出す。ウーベルの顔に初めて焦りが見えた。投げ放つ暗器はこの距離では遅すぎる。更に一歩。ウーベルを正面に捉える。更に右からは氷凍地槍の鋭い氷槍が突き立ってきている。

 ウーベルは短銃を構える。ならば銃を先に斬る。振り下ろした刀がウーベルの持つ短銃を切り裂き、魔力へと還した。やはりあの銃も魔力によって構成されたものだったか。返す刃でウーベルを狙うが、寸でのところで後ろへ回避される。首の皮を薄く引っ掛けるのみで、出血もない。仕留め損ねた。

 ウーベルは引きながらも暗器を投げ放つ。左右から二つ、頭上から一つ。どういうわけか、背後からも一つ。そして正面から三つ。氷凍地槍(クロセルス・フルム)が俺の周りを取り囲み、一斉に穂先を上げて暗器を撃退。しかし、再びウーベルとの距離が開いてしまった。


「田舎者の最弱風情が、やるじゃないか」


 ウーベルの声は弾んでいる。肉薄した刃には素直に感心しているようだ。

 しかしだからこそ、この男は徹底的に距離を取るよう戦術を変更した。次々に暗器を生み出し、不可思議な軌道で投擲してくる。時折爆裂する苦無が飛び、氷壁による防御も用を成さない。

 致命傷は避けているが、氷壁を作り出す度に目減りしていく魔導領域の維持と、回避に力を注がざるを得ず、攻勢に出られない。

 ……ジリ貧だ。フォール邸ダンジョンからの連戦で再び魔力切れの気配が近づいている。魔力が尽きてしまえば領域も展開できず、この猛攻を凌ぐことはできない。


「業物の刀も、近づけないんじゃ意味がないね」


 復活させた短銃による弾丸と暗器の投擲。近づけば離れ、防御は爆薬によって打ち破られる。正直、俺は追い込まれている。

 噂から想像したよりは力押しの戦法に思えたが、【悪魔】としての力を使うまでもないとの判断か、使えない理由でもあるのか。いずれにせよ危機が近い。

 熱い汗が顎を伝った。早朝からのダンジョン探索もあり、魔力の枯渇に加えて疲労もピークに達しつつある。身体の動きが鈍い。全身が傷つき、血を流している。


「君が<氷雪士>なのはもう分かった。氷雪系の魔法は消費が重い上に、速度もない。発動も遅い。適正がキツくて応用も利かない。だからこその最弱。詠唱の時間もないだろう?」


 俺よりも俺のジョブに詳しい。そして確かに、ウーベルの言うことは間違っていない。

 紅く光る目と道化のような笑みだけが逆光の中で見える。人の死か、人をいたぶることに愉悦を感じるヘンタイめ。張り付いた笑みは最早無表情と変わらない。


「そうやって他人を傷つけて、一体何が目的だ」


 暗器を弾き返しながら問う。会話で攻撃から意識を逸らす。


「ふん? 君も冒険者なら分かるだろう。ボクは自分の力を伸ばしたいのさ。……際限なく、ね」


 俺の言葉に興味を持ったか、攻撃の手が緩められる。


「それが、どうして人を襲うことに繋がる!」

「決まっているだろう。それが一番効率の良いやり方だからさ。ボクのスキル【悪魔】はね、同族を痛めつけることこそが、一番効率よく成長できる手段なんだよ」


 自分本位な考えを増長させる、嫌なスキルだ。

 確かに冒険者であれば、自らの能力の底上げは欲して然るべきだろう。俺だって〈最弱〉なりに生活が豊かになるくらいには強くなりたいとは思っている。だがそれは、自身の努力による産物であるべきで、決して他者を貶めたり、傷つけたりした結果で得るものであってはならない。少なくとも、俺はそう思う。シアだってそうであると確信できる。


「【悪魔】スキルはちょっと迂遠でね。発動させると、ボクと相手の魔力を使い、相手にとって、最悪の効果をもたらすんだ。それは避けようのない呪いさ。どうあっても、呪いを受けた者は必ず破滅する。その様を見るのが、ボクは楽しみで仕方ない。そいつの人生を握り潰したと思うと、ぞくぞくする」


 変態の言は俺の耳を穢す。しかし【悪魔】スキルの効果は分かった。一方的に他者を呪う、最悪のスキルだ。


「だけどね、君には【悪魔】スキルを使わないよ。君のカノジョが、思ったより魔力を持っていってくれたからねぇ」


 どうやらシアに【悪魔】スキルが放たれていたらしい。確かに、俺を庇ったとはいえ、シアが弾丸によって動けなくなるような重傷を負うなど信じがたいことだ。だがそれが最悪をもたらすスキルによる負傷ならある程度は納得できる。

 ということは、今こいつが俺を痛めつけているのは単なる趣味ということか。余裕そうな態度を見るに、いつでも俺を仕留めることができるのだろう。俺がシアを置いて逃げ出せないという弱味に付け込んで、時間をかけて楽しんでいる。


「君も含めて、この街の冒険者にはまだ甘い人間が多い。人の役に立って何になる? 人を助けて何を得られる? 君も、そこのカノジョも、本来ならもっとさ、効率的に生きれるはずだよ。ボクから言わせれば、街の外の野盗の方がよっぽど効率的に生きているよ。他者のためなんて重みのない世界で、まさしく趣味と実益を兼ねているからね」


 弾丸が頬を掠めて飛んだ。一瞬の熱の後、鋭い痛みが走る。

 ……確かに、効率的に生きるというのは悪くない響きだ。俺もできるだけそうありたいと常々思っている。だが違う、こいつは――


「お前は、効率的に生きてるわけじゃない。ただの恥知らずだ。俺たち田舎者二人をこうして痛ぶっているのも、ただの嗜好。格下相手への嗜虐趣味に満足してる小者が、効率がどうこうなんて笑わせる。神託スキルを使い、人を支配して操り、破滅させたとしても、いくら力が強くなったとしても、お前自身はどこまでも小者のままだ」


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