1章-2節 その門出に祝福を③
日が傾いた頃になって、ようやく麓の村に着いた。
この村――ヤク村までは何度も来たことがある。今日はここに一泊し、明日故郷から持ち出した荷物を金に変えてレゾンを目指そう。
宿屋の主人は顔見知りだ。ヤク村に来たときは必ず泊まっている。
「おうネーヴェ! なんだ、久しぶりじゃないか。珍しいな、お山はこれから冬支度って時期だろう?」
「ああブリッツ、久しぶり。実は山での生活は終わりにしたんだ。俺はレゾンで冒険者組合に登録しようと思ってる」
宿屋の主人――ブリッツは精悍な顔に特大の疑問符を浮かべた。俺が山を降りるなんて考えても見なかったのだろう。
「お前、腕は確かじゃないか。あのお山の猛獣達を狩って生活できていたんだろう? なんだって急に冒険者に?」
「いつも無傷で狩れていたわけじゃない。このところ、獣たちも妙に活発だから危険性も増してるし、罠を作るための物資も足りなくなってきた。協力者もいない山の中で、自給自足でいつ死ぬとも知れない生活を続けるなんて、さすがに現実的じゃないからな」
「…………なるほど、つまりは嫁探しか!」
こいつは俺の話を聞いていたのか……?
恐らく協力者がいない、あたりから脳内で妄想が膨らんでいったのだろうが。……いや、脳を通らずに脊髄辺りで喋っている可能性もある。
昔からこんな人だったが、会う度に酷くなっている、……気がする。何らかの病だろうか。
痛くなりそうな頭に自然と手が行った。
「……違う。安全でも、仲間でも、金で買うことができるのは大きな街だけだ。だが俺の村なんかには金の価値はないし、人もいない」
村の狩人も冒険者も、本質的には同じ商売だ。何かを倒した対価に、何かを得る。そうして獲得したものを集め、また何かを得て、そしてまた何かを倒すサイクルに戻る。
ただ、それを行う上での生活の難易度が全く違うだけだ。
片や、誰もいない山奥の村の中、全て一人で行い、全てを一人で消費する。
片や、多くの人が暮らす街を拠点とし、互助組織に所属して、人々の役に立つ仕事をし、対価を得る。
比べるべくもない。――そう、頭では分かっていたのだ。
が、ジョブが決まった日まであの山――村を離れ難かった。「故郷を捨てるというのは簡単なことではない」という本の中の一節が身に沁みた。
「難しいことを考えるやつだな。街で嫁でも見つけて、帰って来たければ帰ってくればいいし、街で暮らしたければそうしたらいい。お前が生きやすいように生きて、仲間が見つかればそれでいいじゃねえか。実際、俺はそうしたしな」
……良いことを言っている雰囲気を出してるつもりだろうけど、なんだか投げやりな感じが伝わる。ブリッツにとって、俺が山を降りて街に出て行くことなど、大したことではないのだろう。
宿業はよほど暇なのか、その後もブリッツの話に付き合っていると、運良く夕食は奢りにしてもらえた。その代わりにとにかく話を聞かせろと、娯楽の少ない田舎者の餌食になってしまう。そのせいで早めに休むことができなくなったが、路銀は節約できるので、仕方ないだろう。
結局彼の奥さんや両親まで加わって、宿屋の夜は更けていく。
「ところで、これを見たことはないか?」
荷物の奥深くに仕舞い込んでいた小箱、そして写真を取り出し、食事を終えたテーブルに並べる。宿屋一家は「どれどれ……」と手を伸ばし、すぐに合点がいったように手を打った。
「物には全く見覚えねぇが、この人は見た。エラく身なりのいい御仁でな、護衛だろう、二人の男も連れてた。全員頑として目的は話さなかったが、どうしても『お山』に行きたいって、色々聞かれたな」
ブリッツが思い出すように顎を撫でながら続ける。
「答えれることは答えたが、この村の連中で『お山』に登ったことのあるやつなんていねぇ。せめてお前――ネーヴェが来るまで待てと全員で止めたんだが聞かなくてな。……その人のもんをお前が持ってるってことは……まぁ、そういうことか……」
全員の意見をブリッツが代表する。
「ああ。村を出てしばらくしたところで見つけた。滑落の跡の途中に落ちていたから、もう生きてはないだろう」
「ソフィア、【索敵】でも引っかかってないのか」
「ええ……。『お山』に行くにも戻るにもこの村は必ず通るはずだから、理由があって避けてない限りは」
ブリッツの妻、ソフィアが答える。こんな寂れた村にいるが、彼女は元冒険者。スキルは【索敵】。その神託スキルを活かし、村の人の出入りに関わる情報ならば、誰よりも詳しいのだという。実に有能な宿屋の妻である。
「護衛も全滅か」
「滑落の跡は一つだけだった。先にやられたのかもな」
森で狼がやけに執念深かったのは、護衛が必要以上に暴れて連中の怒りを買ったせいかもしれない。
俺が考えを述べると、ソフィアは首肯した。
「……いずれにせよ、ここでは手掛かりは得られそうにないな。先の村でも変わらないかもしれないが」
「んなこと言って、あっさり見つかるかもしれねーぜ?」
かも知れない。
機会があれば、これについての情報収集も進めていくか。
「さっきも言ったが、レゾンで仲間を募れば、その辺の作業も楽になるぜ。考えてみろよ。嫁のこともな」
◇
「仲間、か」
部屋に案内されたのは深夜。ベッドに潜り込んでブリッツの言葉を思い出す。
彼も昔は冒険者だった。しかしダンジョンで膝をやられてしまい、冒険者稼業を引退。故郷のこの村に帰ることにしたのだという。
そんなとき、付いて来てくれたソフィアが今の奥さんというわけだ。
「できるのか、俺に?」
互助組織――冒険者組合に属するなら、他人と関わる機会も増えていくだろう。分かっていて、自分でその道を選んだ。
だが、助力や信頼は簡単には得られない。
田舎出身で、巷には『最弱』と名高い〈氷雪士〉を相手にしてくれる人がいるだろうか……。
ただでさえ、世間を知らない。俺が知っているのは村の常識と家にあった本の中で学んだ知識のみ。頭のデカい田舎者を受け入れてくれる人がいれば良いが。
物思いの夜は更けて行く。旅、生活、金、職、将来のこと……様々な思考が螺旋を描き続ける。――気づけば、朝の陽光が窓から差し込んでいた。
瞼を開ける。
いつの間にか寝ていたらしいが、眠れた気がしなかった。
睡眠は諦めて、最低限の身だしなみを整えてから、秋の陽光に踏み出す。
「――あらネーヴェ、久しぶりね。冬支度かい?」
山の獣の肉と手に入れた魔石を卸しに露店に向かうとブリッツと同じ反応をされる。街まで降りて冒険者なると伝えると、一頻り驚かれ、訳を聞かれて最後には道中の安全祈願として腕輪を貰った。
「これは?」
丸く研磨したいくつかの小石に穴を開け、紐を通してある。なんの変哲もないただの白い石。一つ一つに何か紋様のようなものが刻まれていたが、見たことがない。この辺りに伝わるものでは無さそうだ。
「昔、〈石紋師〉の人から貰ったのよ。あたしには効果無かったみたいだけどね」
効果のないものを与えるというのはどういうことなのか。それは俺に効果があるのか?
左腕に腕輪を通しながら言ってみたが、笑われるばかり。
そして、本当に、何もない。
試しに走ったり跳ねたりしてみたが、脚力に変化はない。石ころを拾って投げてみても変わらない。
「安全祈願なんだから、そんなものよ」
「そんなものか……ありがとう、貰っておくよ」
「あんたのそういうところ、いいと思わよ、あたし」
勝気な笑顔を浮かべた商店の女将に見送られて宿に戻り、出立の準備も済ませた。
――いよいよ、出発の時だ。
ここからの旅路は未経験だが、話を聞く限り『迷いの森』ほどの危険はないという。途中の村々町々に寄りながら、急がずレゾンに向かうとするか。
「じゃあな、ネーヴェ。たまには顔出せよ」
「道中気を付けて。無事についたら手紙を頂戴」
「ああ。ブリッツも、ソフィアも、元気で」
村の門まで見送りに出てくれた二人に別れを告げ、出発した。
「達者でなーー!!」
背中に温かな追い風。
けれど振り返らない。
進もう。
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