2章-17節 帰路
そのまま壁に背を預けてしばらくは無言で休んだ。
魔力切れの症状はほぼ改善、これならある程度魔法も使える。ダンジョンから脱出するくらいなら保つだろう。
転移装置のあった小部屋の扉はややもすると自動的に下がり、再び壁と見分けがつかなくなった。どうやら、本格的に隠された設備なのだろうと知る。――何が待ち受けているか分からない。万全の支度を整えてから出直すべきだ。
同様に、広間に通じていた扉も下がっている。やはり壁と床の間に開閉ボタンが設置されており、開閉ができる仕組みだ。ここも簡単には見つからないだろう。実際、組合の作成した地図に記されていないのだからこれまで見つかっていないに違いない。
帰路に着く。どこからか湧いてきた魔物が道を阻むが、シアが蹴散らしていた。疲労感が全く見えない。
「――でもいいの? 発見を報告するだけでも報酬は貰えると思うけれど」
振り返ったシアが問う。
「せっかくの発見だ、できることなら俺たちで攻略したい」
発見を隠すのは姑息だと思うが、これも安定的な生活のためだ。それに誰かに嘘を吐くわけでもない。――と、言い訳のように考えていると、顔に出たのだろう。
「……ごめんなさい、迷わせたわね」
「いや。俺だけで方針を決めるわけにもいかないからな。意見があるなら言ってくれた方が助かる。仲間内で納得できていないのは、不幸だ」
「特に今は二人だけだものね。わたしは大丈夫よ、リーダー」
ケラケラ笑う。
俺よりも圧倒的強者であるが、それでも俺を尊重してくれている。冗談めかしていても、それは伝わった。
「ただ、ネーヴも感じているでしょうけど、隠された転移装置なんて訳ありに決まってるわ。急いで攻略するくらいなら、情報として売ってしまうことを勧めるわね。――わたしも、転移先は気になるけれど、命より優先するものではないわ」
「ああ。ひとまず、転移先の確認は落ち着いてからにしよう。骸骨騎士団の様子を見るに、どうやら誰も立ち入ったことがなさそうだから『悪魔』が拠点にしてたってわけでもなさそうだ」
焦る必要はない。仮に転移装置を別の誰かに見つけられたとして、そもそも偶然見つけたものだ。損をする、なんて思う必要すらない。
人間、欲をかき過ぎるとロクなことにならんと言ったのは父だったか。思い返せばあのときの父さんの言にはやけに実感が籠っていたようにも思う。
「それと、報酬はともかくとして、組合には――リースには伝えておこう。こっちは『悪魔』探しの依頼を受けている身だしな。入場料を持ってもらってる以上、その方が誠実だ」
「ええ、そうしましょう。きっとリースちゃんなら上手くやってくれるわ」
帰路はほとんどシアが露払いし、時折俺が前に出た。おかげでかなり回復してきている。疲労感はそうそう抜けないが、魔力は枯渇を気にしなくてもいい程度には落ち着いた。
時折、他のパーティとすれ違う。忘れかけていたが腕輪がその存在を音と振動で知らせてくれた。手を挙げて挨拶するのが習わしのようだ。ただ、四階層で会った三人組には会わなかった。今日一番手の俺たちよりも先に入場していたようだし、危機もあったからさすがに撤退したのかもしれない。
「やっと、屋敷まで帰れたな」
「お疲れ様、あなた」
「ああ、おつかれ」
無事にフォール邸の屋敷の中まで戻った。ガロ洞穴の時に比べれば、魔石の量が段違いだ。その上、軒並みガロの魔石よりも高品質なのが見て取れる。少ないが、魔物の素材も回収できたし、こっちはリースに買取依頼へ回してもらうよう頼むとしよう。
「お疲れ様でした。では、腕輪を回収いたします」
地上階に着いたところで、鎧姿のメイドが慇懃な態度で俺たちを出迎える。今朝見たばかりだが、やはり違和感しかない出で立ちだ。
適当に受け応えながら、腕輪を返却した。ダンジョン内で紛失したり破損しても、弁償の義務はないようだが、回収はされるようだな。まぁ、屋敷の外で位置を知らせて振動されても居心地が悪い。
フォールの屋敷を出ると、朱の夕暮れ。最近では陽が落ちるのも随分早くなり、冷たい風は冬の足音を間近に感じさせる。
「お腹も空いたし、早く『あの娘』に会って帰りましょう」
「そうだな」
全面的に同意だ。リースに無事な姿を見せたら、魔石や素材の処理はまた明日に回しても良いかもしれない。
屋敷の前庭は依然、冒険者たちで賑わっている。物資を満載した大装備の連中もいれば、本日の収穫を広げて検分している者もいる。これから赴く者、帰る者。フォール邸ダンジョンは地下にあるためか、昼夜を問わず人気なのだろう。日の光がないところでは時間の感覚が麻痺しがちだが、それも冒険者にとっては善し悪しというわけか。
周囲をぐるりと見回してから、そういえばウーベルの姿がないことに気づく。奴もずっと同じ位置にいるわけではないのだろう。ウーベルといると心が妙にささくれるから、出来ることなら屋敷から顔を出さないでほしいものだ。
……あいつは俺たちに興味を抱いている様子だった。昨日と同様に、帰り道は少し工夫すべきだろう。
敷地を出て、大通りからすぐに小道に逸れる。俺の方針を察してか、シアは黙ってついてきた。このまま冒険者組合を目指しつつ、幾つかの路地を複雑に経由していく。昨日一度通っただけで正直なところ土地勘は全くないが、方向感覚には自信がある。最適な道順ではないにしろ、組合方向には進んでいるだろう。
「――あら、行き止まりね」
「そうだな、引き返すか」
と、こんなことも何度かあったが、フォール邸からはそれなりの距離を取れた。尾行の気配は無く、すれ違った人も近所の住民だ。そろそろ警戒を解いて大通りに出ても良いかもしれない。
足は大通りに向けて進み出した。
「……なんだか良いわね、こういうの」
ふいに、シアが口を開いた。
「尾行を避けることがか?」
口にしておいてそれは無いなと確信している。案の定、シアはつまらないことを聞いたとばかりに苦笑した。ゆっくりと首を振ると、少しだけ遠くに想いを馳せる。視線の先に何が見えているのか、俺には分からない。
「誰かと一緒に何かを成して、帰りを待つ人に会いに行く。そういうの、よ」
「……これから飽きるほどやることになるぞ」
「それでいいのよ。……それがいいの」
そう言ってくすくすと笑う姿は、シアを少しだけ大人びて見せる。過去を語らない彼女には、何か思うところがあるのだろう。
「せいぜい、協力するよ。俺も、シアを頼りにしてるからな」
「ええ、頼りなさい。わたしは、ネーヴの仲間なんだから」
嬉しそうな笑顔を向ける。素直に、可憐だなと思った。目を奪われた。
時々忘れそうになるが、シアは美人だ。遠くからでもよく目につく。それが、俺のように冴えない男と一緒にいて、何が嬉しいのだか。それはわからないが、しかし悪い気はしなかった。
シアは、良いやつだからな。
「なにを、一人で納得してるのよ」
「別に」
シアを適当にあしらいつつ、路地から通りに出た。辺りに人の姿はなく、道を一つ隔てた先からは、大通りの賑やかな喧騒が伝わってくる。もうすぐ太い道に出る。
これだけ道を選んで、その上で衆人環視の中に紛れれば、尾行の心配もあまりないだろう。そもそも、尾行などいないかもしれない。少なくともそんな気配はなかった。
気が緩んだ。冷たく張りつめていた気持ちに、少しだけ余裕が生まれた。……後になって思えば、この油断が良くなかった。
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