2章-16節 隠し部屋
「お疲れ様、ネーヴ」
「ああ、シアも、お疲れ様。最後、助かった」
シアが手を掲げたので、軽く手を合わせた。乾いた音は大空間に広がる。心地良い達成感と、無詠唱ボーナスの頭痛、そして魔力切れによる眩暈が群を成して襲ってくる。気持ち良いのか悪いのか、自分でもよくわからない。
「だいぶ、無理をしたわね」
思わず座り込んだ俺を、シアは慈愛の瞳で労う。
そんな表情もできたのかと、少し驚いたのは言わないでおこう。
「――骸骨兵団からの連戦だったからな。シアは平気か?」
「わたしはまだ余裕があるわ。だけど、今日のダンジョン探索はこのあたりにしましょうか」
「そうだな。十分な成果だ」
顔を上げれば、元の大きさに戻った骸骨君主の遺体が横たわっている。装備も元に戻っていた。シアの攻撃を受けても原型を保っていたところを見るに、剣は元より鎧についても価値は高いだろうが……。
「魔石もたくさん転がっているし、良い収入じゃないかしら。その装備も売れば、あのムキムキ鍛冶屋の装備の支払いもできるかもしれないわ」
ムキムキ鍛冶屋――ガウフか。腰の刀に目をやる。異常とさえ言える切れ味で、正直武器によって助けられた戦闘だった。俺の護身刀では、更に苦戦したことだろう。
「……悪いが、剣や鎧は保管しておいてもいいか?」
「いいわよ」
いいのかよ。それもそんなにあっさり。
シアは爛漫な笑顔のままだ。俺に気を遣っているようではなさそうだが。
よほど俺の顔がおかしかったのか、小さく吹き出す。
「骸骨とはいえ、魔物とはいえ。あれほどの忠義を見せられたら、その遺品を無下にはできないわよ」
「……騎士長のことか」
文字通り、身体を張って君主を守った忠臣。その君主の遺品を、シアは大事に思ってくれているようだ。確かに、何か感じ入っている様子ではあった。
「ありがとう。じゃあ、他は売ろう。悪いが、君主の遺体は素材として売ることになるだろうが」
「いいえ。見て、ネーヴ」
君主の遺体を指差す。見れば、その灰色の骨は、仄かな光を放ち、形を崩し始めていた。
「魔力で動いていたのね」
それは心を包むような、意外なほど優しい光だった。初めは骸骨の醜悪な魔物と思っていたが、あの主君の様子を見るに理性的な一面もあったのかもしれない。――とはいえ、もはや語り合うべき相手はいない。不死を喪失した彼らがどこに辿り着くのか、知るすべもない。
「……道理で、骨が残ってないわけだ」
一方で、俺は一つの回答を得ていた。
回廊での戦闘のときから、魔石は発生していたが骸骨兵士の素材は全く見つからなかった。その時は心臓――あるいは核を破壊出来なかったのだろうと考えたが、どうやらそうではなく、核を破壊された骸骨兵は皆、灰となっていたようだ。
「仕方ないな」
「ホッとしてるでしょう?」
「さぁな」
シアの意地の悪い笑みには付き合わないことにした。
一通り回収作業を終え、この大部屋の意味するところを考える。隠し扉を開けた先にあったのだ、何か意図があって作られたのだろうと思っていたが、どこかに通じているわけでもない。だだっ広いだけの空間に骸骨軍団が控えていた。ここに骸骨兵たちを生産するための拠点か設備でもあるのかとも思ったが、そんなものは痕跡さえもない。
「また隠し扉があるんじゃない?」
「そんなに厳重に隠すか……?」
疑問符を上げながら、それでも壁に沿って部屋を一周してみる。時折壁を小突いてみるが、壁が厚すぎるのか奥が空洞になっている様子はない。
――それにしても、シアが電磁砲を連射していたというのに、石ころ一つ転がっていないというのはどういうことだろうか。いくら頑丈な石畳や石壁といっても、骸骨兵を粉砕する威力に壁が崩れないのは妙だ。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと壁と床の間に、小さな穴が見つかった。経年劣化で自然に空いたか、あるいは動物が掘ったような、建造物にはよく見られるただの穴だ。――ただの穴が、電磁砲を受けて亀裂も走らなかった壁に空いている。
試しに氷刻厖掌で壁を殴りつけてみるが、ただ拳が割れるばかり。床には細かく砕けた氷が広がるが、壁が割れた様子はない。それどころか魔力が再び枯渇し、俺が眩暈に襲われる。
「……何してるの?」
いきなり魔法を放ち、眩暈で片膝をついた俺に胡乱げな目を向けてくる。
……そりゃ、ごもっともな反応だな。
事情を話すと、シアも雷磁錬破砲を放つ。雷撃と砲弾の轟音が大空間を反響したが、壁に大きな傷はなかった。無数にある小さな傷も、あるいは元より付いていたものかもしれない。いずれにせよ、単に頑丈である、という素材ではなさそうだ。
「怪しい穴ね」
目配せ。手を入れてみろ、ということか。
「警戒はしてくれよ」
嫌な予感はない。あの感覚こそが俺を生かしてきた。
……覚悟を決め、手を挿し入れる。奥行きはそれほどなく、手首よりも少し深い程度。指先には、滑らかで硬質な感触がある。一つ息を吐き、指を押し込んだ。すると触れていたものが押し下がり、壁から振動が伝わって来る。
――この部屋のときと同じだ。壁はせり上がっていき、天井に吸い込まれた。現れたのは、広間ではなく、手狭な部屋。ただし、部屋の中央には大きな魔導装置が設置されている。
魔物の姿はない。どうやら、装置のための部屋のようだ。
装置の機能は不明だが、中心の底部に魔導紋が描かれているあたり、乗って使用するものなのだろうと予想はつく。人が二人なら並んで乗れる大きさだ。魔導紋からは六つの柱が生え伸び、天井にまで繋がっていた。装置は仄かに青い光を宿し、起動のときを待っているようにも見える。
「なんだ、これは?」
「うーん……転移装置、かしら……?」
シアは首を傾げながらそう呟いた。
――転移。座標の点と点を繋ぎ、物体を移送する魔導技術、あるいは魔法。それはかつて存在し、そして今は失われた遺失技術だ。今でも各国が国を挙げて研究を進めているというが、未だ技術は過去に及ばない。
「じゃあ、どこかへ通じているのか」
「たぶん、だけどね。わたしも魔族のものしか見たことないけれど、魔導紋、装置の造り、それに全体の雰囲気が似ているわ」
魔族が転移装置を所持していることがさり気なく明かされたが、詳しいところは置いておこう。
「だが、この状態で更に先を目指すのは避けたいな」
「ええ。ネーヴは限界だものね」
努力を評する姉のような笑みだ。ふと、二つ年上の幼馴染を思い出したが、彼女の家族は早々に村を離れた。もう何年も会っていない。元気にしているだろうか。他の皆も、どこかで……。
――思考がまとまらない。魔力切れの、脳が揺れるような感覚のせいか。
「今、無理する必要はないわ。また来ましょう」
「悪いな、助かる」
シアはゆっくりと首を振ると、いいのよ、とだけ言って微笑んだ。
とても、可憐な笑みに見えた。
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