2章-15節 骸骨騎士団③
「いい仕事ね、ネーヴ!」
称賛と共に放たれる必殺の金属槍。
狙いは骸骨君主。空気が焦げ付くほどの電力をもって放たれる超音速の弾丸。連射された五条の弾体が直撃する、その刹那、俺は見た。
骸骨騎士長が足元の拘束を剣で破り、君主の前に躍り出たのだ。
魔眼も三度目にして超音速を捉えることが可能になったのだろう。盾を構えて決死の覚悟を決めた騎士長の姿がはっきりと見える。
両目の鬼火を最大に燃え上がらせ、黒色光の盾を振るい、一発、二発と音速の弾丸を弾いていく。その度に重厚な盾はひしゃげ、亀裂が走った。そして間を空けずに届いた三発目の弾体によって、遂に盾は左腕ごと粉砕。いよいよ後がないところに、四発目の弾体が迫る。それをあろうことか、剣による突きで受け止めて見せた。改めて、凄まじい目と技量を持っていると知れる。――が、剣は先端から根元までを粉々に粉砕され、握っていた右手は肩口から消滅した。そして慈悲のない五発目の弾体が一瞬後には届く。剣盾を失って、残るは自身の身体。
「……正直、感服したわ」
俺もシアと同意見だ。
雷磁錬破砲による絶対の破壊に対し、騎士長は自らの頭を差し出した。
超音速の弾体は兜と頭蓋に阻まれ、軌道を大きく逸らされて壁に激突。轟音の中、吹き飛ばされた兜が、石畳に落ちて甲高い音を立てた。騎士長のいた場所には、これまでに見たことのない極大の魔石が転がっている。
「彼は、忠臣だったのね……」
憂いさえ帯びたその声は意外だった。
敵は蹴散らして快活に笑うのがシアだと思っていたからだ。何か、思うところがあったのかもしれない。
――だが、それを聞いている余裕はなかった。
声なき慟哭が突き刺さる。見れば、骸骨君主が騎士長の魔石を拾い上げていた。
スケルトンという呪われた存在から産まれた物にしては、無色で非常に透明度が高い。それ故に、君主が眼窩に宿した鬼火を、激しく照り返している。
強大な気配に身が竦む。眼球の無い視線が、こちらを捉えている。彼らに言葉が無くても伝わった。
生きて帰しはしないと、激しい憤りが俺たちを貫いていた。……だからこそ、二体の間にあった信頼を感じる。
魔石が軋みをあげた。骨の指が、握り込んでいく。溢れ出る魔力は、君主に飲み込まれていく。
――今が攻撃の隙だというのは理解している。それでも、身動きが取れなかった。相手は俺たちの命を奪おうとしているのに、無慈悲にはなり切れない自身がいる。それは、シアも同じだった。
指先さえ動かせずにいると、骸骨君主は突然の変貌を遂げた。騎士長の魔石から得た魔力により、全身が強化・肥大化されたのだろう。もともとヒト族の平均身長程度だったサイズが、その三倍ほどにも膨れ上がっている。装備一式もリサイズされていた。もはやデタラメだ。
俺の胸中での悪態を他所に、巨大骸骨は動き出す。自らの身体を確かめるように、最初は緩慢な動作だった。手を握り、脚を上げ、巨大化し大剣と化した黒色光の剣を振るう。まるでこちらのことは眼中から失せてしまったかのようだ。……それでも、俺たちは動けなかった。
やがて、準備が整ったのだろう。巨大化した骸骨君主はこちらに向き直った。激しく燃える眼窩の鬼火はそのままに、しかしその立ち居振る舞いからはどこか冷静で静謐な一面も伝わる。感情と理性が鬩ぎ合いながら押し込めあっているようだ。
「やる気になったようだな」
「お互い、見逃すっていう選択肢はないわけね」
「見逃してやるって背を見せた瞬間、俺たちは死ぬだろう」
「そうかもね」
シアは短杖を構えた。その目にはこれまでで最大級の警戒の色が見える。
「全身にあの防御魔法を張ったわね。わたしじゃ、決定打は難しいかもしれないわ」
黒色光は鎧を暗く照らしている。あの光が、魔法攻撃を無効化するのだろう。シアの魔法攻撃の威力には目を見張るものがあるが、魔法そのものを無力化されてしまうと十全な威力は発揮されない。――いや、本来は攻撃自体が無力化されるところを騎士長相手には力で押し切ったのだ。それだけ考えるとやはり異常な強さだ。が、今回はどうやら相手が悪いようだ。
「だったら、俺がやるしかないな」
シアが素手で肉弾戦を仕掛けるという手もなくはないが、呪いの影響が読めないため無茶はできない。俺がガウフから借り受けた刀で相手取った方が良いだろう。
「今のネーヴには強敵よ」
「俺の地元じゃ、いつだって強敵しかいなかった」
そんな中で、独りで生きてきたんだ。生き汚く逃げる術くらいは知ってる。
「そう。……援護は任せなさい」
「頼りにしてる」
進み出る。魔導領域が全開で広がり、周囲がたちまち凍りついていく。
巨人骸骨君主は、足を揃え、呪いの大剣を正面に掲げた。ぬらぬらと輝く黒色は、不気味ではあったが、その行い自体には潔癖とも言える心が透けた。――自らのために不死性すら失った部下たちを想ったのだろう。それが、主としての務めであると信じて。
大剣の切先がこちらに向けられる。鼻先まで降りてきた刃が止まる。全霊を賭して俺を討つと、声なき声が響き渡る。骸骨の矜持に付き合ってやる義理はない。
……それでも、俺は腰の刀を抜いて黒色の刃に合わせてみせた。
償いなどでは決してない。ただ、死してなお忠臣であった骸骨の騎士たちに報いただけだ。
俺の背丈の三倍近くある大剣と、比べれば短すぎる刀が合わさり、そして示し合わせたかのように同時に振り払われた。
――響き渡る金属音。黒色光と白氷が弾け、辺りに広がる。互いに後退して距離を取った。彼我の距離は魔眼スキルによって正確に把握できている。今はお互い間合いの外だが、相手の間合いは俺の何倍も広い。巨大だからといって鈍重な印象もない。更に呪いを秘めた剣を振るう。俺の人としての生は掠るだけで終わってしまう。
「絶望的だな」
まったく、笑えてくる。
冷や汗は止まらないのに、顔が笑みの形を作っているのは、我ながら強がりが過ぎるが、そうでなければ立ち向かえもしない。勇気を燃やし、心を奮い立たせるしかないのだ。
俺の笑みが不敵に映ったのだろう。骸骨君主はその余裕を叩き潰さんと、呪いの大剣を振り下ろす。凶風を孕んだ断頭の剣が石畳を打った。打ち付ける轟音。その風圧だけで身体が吹き飛びそうになる。魔眼で見切れてはいたが、呪いを避けて大きく距離を取った。しかし剣圧だけでも凄まじい威力だ。単純な質量だけで俺を殺すには十分だろう。
骸骨君主に間合いと呪いの優位がある。だが、地面に広がった氷は俺の味方だ。その心許ない優位性こそが、俺の生きる道だ。
後退から一転、踏み出す。その一歩の踏み出しが、氷上の滑走を加えることで抜群の伸びを生む。一息に骸骨君主の足元にまで駆け抜ける。骸骨君主は急接近する俺から距離を取ろうと後退しつつも断頭の剣を振るう。その度に石畳の氷が抉れて撒き散らされる。
足元に広がるのは自分の氷だ。俺自身ならば、氷上の滑走も制動も思うままに操作できる。
更に骸骨君主の後退する先に氷を発生させ、嫌がらせ。巨体であっても、石畳を割るほどの超重量ではない。その程度の単純な質量では魔力の込められた氷を砕けない。足場が悪くなれば振るう剣も本来の威力を発揮しない。姑息と笑えばいい。手段など選んではいられない。
大剣による横薙ぎの一閃は、やはり速度が乗り切らない。地面の氷に身体を擦りながら回避。頭上を抜けていく呪いの剣。剣風に髪が引きちぎられ、舞い上がった髪は刃に触れた瞬間に朽ちて消える。肝が冷えるばかりだ。
それでも、足元には辿り着く。数倍に巨大化した骸骨君主は、脚の長さだけで俺の背を超えている。
それ故に、死角も生じやすいだろう。
鎧に覆われた脛に斬りかかる。ガウフの刀をもってしてもさすがに硬い。それでも刃が通り、黒色光を放つ鎧を裂くのだから、この刀の異常性が際立つ。
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