2章-13節 骸骨軍団②
「ネーヴ、見ていなさい」
言葉とともに空気が帯電する。シアの杖に、雷撃の魔力が集まっているのだ。宝玉からは青白い閃光が放たれ、魔力の収束を感じる。大魔法の気配。
「雷磁――」
詠唱と共に金属塊が出現した。魔眼が告げる。それは錬金魔法によって作りだされた金属。瞬時に紡錘形へと成形され、金属槍がシアの前面に浮かび上がる。
魔力によって作り出された磁界が砲身を形成。金属槍が弾体として装填され、シアの魔力によって磁界が瞬時に臨界に達し、高速回転。
「練破砲!!」
詠唱の終わりとともに発射された槍の弾丸は、俺の魔眼をもってしても捉えることはできなかった。俺が轟音を知覚したときには、前方に群がっていた筈の骨の兵団は塵となって消えている。代わりに魔石が至る所に散らばっていた。耳を突き刺すような轟音から一転、静寂ばかりが広がる。
「なにが、起きた……?」
俺の声が心なしか大きく響いた。
魔眼によって発射までの工程は何となく分かったが、その一瞬後には今の光景だ。とても目で追えるようなものではなかった。
「単純に、電磁加速した弾丸がホネホネ団を貫いただけよ。弾丸が空気の壁を超えたせいで衝撃波が巻き起こって、その余波で進路上に居なかった骨もバラバラになったわけ」
結果は確かに単純だ。破壊の跡しか残らない。
だが、そこに至る過程が全く単純な制御ではない。雷撃魔法での磁界制御。錬金魔法による弾体生成。瞬間の加速を得るための魔力出力。そして術者に襲い来る衝撃波の防御までも織り込んだ魔法だ。――勉強の時間とは別系統の魔法を組み合わせて、一つの魔法を成せると言いたかったのだろう。伝えてみると、シアは破顔する。合っていたらしい。
「この魔法のいいところはね、物理的な運動力を保っていることかしら。弾丸に実物を用意すれば魔法が通じにくい相手がいても戦えるわ。――イツツ」
こめかみの辺りをさするシア。俺が魔力を使い過ぎた時と同じところを痛めている。その辺りに魔力を制御するための器官があるのだろうか。
「ネーヴに出会った時に思いついたのよね。氷結されたものを電磁加速させて輸送できれば、鮮度を保った上に素早く届けられるでしょう」
「そういえば、ドルフを連れて行くときにそんなこと言っていたな……」
専用の輸送路がないと、どこかに砲撃の如き配達物が直撃することになるだろう。そんな輸送業者は誰も使わないし、なんなら処罰される。
「で、今試してみたのよ。上手くいったわ」
「初挑戦だったのか」
無謀なことをするものだ。他人のことは言えないが。
「ええ。お陰で無詠唱ボーナスよ」
「無詠唱ボーナス……?」
「あら、自覚なかったのね。そうね……あれだけの魔法を使える〈氷雪士〉のネーヴなら、魔法を使った後に頭痛くなったこと、あるでしょう?」
自身のこめかみを指で軽く叩く。
確かに、さっきの氷刻厖双によって、締め上げられるような、刻み込まれるような、そんな痛みが発生した。たまに起きる痛みだ。時間が経つといつの間にか治っている。
「あれは魔力を使い過ぎたせいじゃないのか?」
「違うわ。――あなたは、世界を変えたのよ」
どういうことだ?
俺の怪訝そうな顔がよほどおかしかったのか、シアが笑いを堪えている。自分だけ知っている情報で他人を笑うのズルいな。
「悪かったわ、そんなに怒らないで。世界を変えた、というのは少し大袈裟かもしれないけれど――そうね、一石を投じた、くらいは言えるわね」
教師の顔で指を立て、シアは続ける。
「魔導で言うところの世界というのは、目には見えない法則、式の集合なのよ」
「それは物理もそうだろう。物を投げれば落ちる。力を加えたら動く」
「まぁ、そうらしいけど。ネーヴって知識が偏ってるわよね……。なんで魔導には詳しくないのかしら……」
悪かったな。家に魔導関係の書物が少なかったんだよ。
――と、悪態は胸中でついておく。
「魔導では、世界の法則――魔導式というのだけど――に、魔力でアクセスした結果を魔法の発現としているわ」
例えば、俺の氷の槍を生み出す魔法がある。
あれも『氷の槍を生み出す』という魔導式に魔力を流した結果が発現して、効果が現実となっている、ということだろうか。
「そうね。本当はもう少し細かく区切られていて、ネーヴの氷凍地槍だったら、『接地面から氷を』『特定範囲に』『急速に』『伸ばす』といったところかしら。使ったことがないから勝手はわからないけれど、速度や範囲にある程度の自由は利くのに、氷というところは変えられないでしょう?」
「確かに、魔力の制御で範囲や速度は変えれるが、氷の部分は変えれそうにないな」
軽く放ってみるが、どう制御しても前提条件を覆すことはできそうにない。地面から雪を噴き出させようにも、できる気がしなかった。
「それが式の核となる要素だからよ。逆に速度や範囲は付随する事柄でしかないわ。魔導の世界はこの魔導式の集合で成り立っているの」
「なぜだ? 俺みたいに、用途が限定されるだろ」
「逆に言えばそれがメリットなのよ。ある程度形を持った魔導に付随効果をつける方が労力が少なく済むの。毎回一から式を組み立てて全てを制御していたら、効率が悪すぎるもの」
何でもできる代わりに全て自分でやるか、出力方法を指定して力を注ぐだけにするか。――なるほど、後者の方が限定的ではあるが、効率的でもある。山登りも、毎回自分で効率の良いルートを構築するよりも先人たちが築いたルートを辿った方が安全で楽だ。
「ユニークな例えね。ただ、この魔導式の仕組みには一つ問題点があるわ。人間の思考と構築済みの魔導式は非常に繋がり難くてね、考えるだけで望みの魔導式を発動させることは通常困難なの。できなくはないけれど、よほど単純な魔法に限られるか、もしくは【無詠唱】という特別な才能――スキルが必要よ」
「構築済みの――つまり魔導式を使わなければいいのか?」
「ええ。毎回、自分の頭で一から構築するのも一つの方法ね。ただ、今言ったように単純な魔法ならそれも簡単だけど、攻撃に使うような複数の要素が存在する複雑な魔法を、土壇場で、咄嗟に発動したいときに、あなたの思考にそこまでの余裕があるかしら。振り下ろされる刃を前に、冷静でいられる?」
危機に瀕するほどに冷静冷徹になれる人物がいたら性に合っているのだろう。俺とは程遠い存在だ。
俺自身、戦闘中に新たな魔法を閃いてばかりだが、しかし死を目の前にした瞬間に閃いた経験はない。思考は停止できても、眼前の死は止まってなどくれないだろう。
「そう。多くの人はできないわ。じゃあ、わたしやネーヴを含めた多くの魔導士がどうするのかと言うと、声に出すのよ。その声が――声に乗った魔力が、呼び水となって魔導式とわたしたちを繋げるわ。思考よりもずっと簡単にね。だから魔導士は、声の限りに呪文を叫ぶのよ」
「そうなのか? だが、今俺は詠唱なしで魔法を発動したが」
先程試しに発動した氷凍地槍により、氷柱が地面から生えている。初めて使ったときのように想像し、創造したものではない。何の気なしに、簡単に放ったものだ。
「ええ。それが、無詠唱ボーナスよ。世界に初めて構築された魔導式は、拠り所を求めるわ。さっきネーヴが言った物理とは逆ね。現象に式を当てはめるのではなく、式から現象を導くの。その性質上、世界に『式』が無ければ繋がりようがないのよ」
「それがどうして無詠唱ボーナスになるんだ?」
「式はね、最初にその魔法を発動した者の脳――側頭部あたりに刻まれるというわ。ちょうど、ここね」
シアはまた指でこめかみを叩いてみせた。
「あの痛みが、刻み込まれた、証ってことか……」
「そういうこと。ちなみに魔導士にとっての魔力切れは眩暈や頭痛、耳鳴りなんかが伴うわ。特に頭痛は、慣れていなければ吐き戻しちゃうくらい酷いものよ。一方で、魔導式の刻印は一瞬の強い痛みはあるけれど、すぐに薄れていくわ。それは世界が、あなたの功績を評価した証よ」
眩暈や耳鳴りは感じたことがない。つまりは、そういうことか。
「特に、ネーヴが得意な氷雪系の魔法は、そもそも戦闘に向かないって言われているせいで、まだ実戦級の魔法が極端に少ないわ。わたしも得意じゃないから殆ど知らないし、使ってもいない。魔族の中でさえ物凄くマイナーね。ネーヴがこれから研究して、無詠唱のレパートリーを増やせればいいわね」
「俺はその度に頭痛に苛まれるのか」
「無詠唱は、それにも増して得難い報酬なのよ。魔導士は無意識にも魔導式を知覚してしまう。その知覚の枠から飛び出なければ、新しい魔法は生まれないけれど、そう簡単にはいかないの。魔導式の構築には結果を想像する力と、制御する力の両立が必要よ。それができる才がある、というだけで、すごいことなんだから」
諭す顔で、シアは結んだ。
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