2章-13節 骸骨軍団①
十階層を進む。これまではレッドウルフを中心に、不定形のスライム、大型蜘蛛、巨大蝙蝠などが現れていた。中でもレッドウルフはガロよりは強敵と言えるだろう。ガロ洞穴が初心者向けであることを考えると、グレイブの言った通り浅層からやや強めの魔物が出現する。
そして、この十階層からは新たな魔物が出現してきた。
「骸骨兵か」
白骨で構成された人型の魔物。それが群を成して立ちはだかっていた。手に手に武器を携え、空洞の筈の眼窩に赤い鬼火を揺らしている。統率された動きは見られないが、数が厄介だ。成人男性ほどの白骨標本の群れが回廊を埋め尽くしている。
「あれって冒険者の成れの果てなのかしら」
「ダンジョンに生成されていると考えると、違うんじゃないか。武器は分からんが」
人間をあんな亡者に変えてしまうには、強い呪いの力が必要だろう。しかし、前方に展開する集団にはそんな禍々しさはない。感じるのは数の暴威だけだ。
「それもそうね。蹴散らしましょう。金策の時間よ」
シアが駆け出す。その速度には目を見張るものがある。一歩の伸びが俺とはまるで違う。追って駆け出した俺をぐんぐん突き放し、骸骨の集団に突入。その先頭の一体に、飛び膝蹴りをお見舞いする。……いやおまえは魔導士だろうがよ。
頭蓋が弾け飛び、胴体は消滅した。どこかで魔石になったのだろうと知る。しかし飛び膝蹴りで不死者の命を刈り取る相棒は、でたらめが過ぎると思う。
骸骨軍団は突如襲来した暴威にも動揺した様子はない。着地したシアを包囲し、四方から剣を振り下ろす、その瞬前。頬に熱を感じた。膨れ上がった空気が暴風となる。風の中、シアの両手から眩いばかりの光が放たれていた。
――炎熱系の魔法。ステータスを見て知っていた筈だ。しかし、これまで殆どの魔法が雷撃であったから、忘れていた。シアが、多系統複合属性を巧みに操る魔導士であることを。
シアの放つ火炎は白骨の群れを薙ぎ払い、飲み込んでいく。あとには焦げた地面だけが残る凄まじい火力。
「ネーヴ、ボサっとしてないで、加わりなさい! 大丈夫、当てないし、当たらないわ!」
骸骨の数体を回し蹴りで吹き飛ばしつつ叫ぶ。あれも尋常ならざる脚力だが、魔力による身体強化か。なるほど、シアなりに俺に手本を見せようとしてくれているらしい。
「だが無茶を言う……!」
悪態を吐きながら、突進。刀を振り抜き、乱戦の最中へ突入する。
あっという間に包囲された。密着されているといってもいい。武器を持たない個体は動きを封じようと骨の手を伸ばしてくるし、持つ者は奥から槍やら剣やらを突き出してくる。こいつら仲間がいようとお構いなしだ。肋骨の隙間から槍の穂先が出てきて冷や汗が背中を伝う。領域を展開して致命傷を回避しながらなんとか骸骨兵を捌いていく。
幸い、ガウフの刀は骨の強度など物ともしない。振り回すだけで殆ど抵抗を感じずに刃がすり抜けていく。斬れ味が鋭すぎていっそ恐ろしいほどだ。
骨の海を泳ぐようにシアの元へ向かう。刀を一掻きすれば白骨の海が割れ、道が拓けるのは出来過ぎだ。この刀は強力に過ぎる。そして魔力を通すと更に切れ味が増した。硬質化、尖鋭化、身体強化――魔眼が次々に発動する魔法を視覚化していく。
「……これは、俺の力ではないな」
シアを見る。
一挙手一投足が凶器。空中で何度も体勢を変えながら手足を振る様は、同じ重力の下で動いているのかと不思議になる。
触れる者を砕き、離れた者を焼き払う。古代の英雄もかくやという活躍で、なお顔が笑みの形を取っているのだから恐ろしい。
――シアに負けたくない。
そう思ってしまうのは愚かなことだったろうか。
どうせならまだ勝ち目のありそうな近接戦闘で張り合ってみようと刀を抜いて飛び出したが、ガウフの刀があって、やっと足元に及ぶ程度の体たらく。魔法ではもとより、近接戦闘でも一生並び立つことはないのかもしれない。
「もう。ネーヴがあの偏屈鍛冶屋を見出したのだから、それもあなたの力よ。逆に言えばわたしの力なんてただの暴力でしかないのよ」
シアが察して声を投げてくる。だが、俺は納得できていない。それとこれとは違う気がする。
触れる骨を一撃でバラバラにしながら、なお舞うような優美さを失わないシアと、骨の群れに揉みくちゃにされ、もがいている俺ではやはり純粋な力の違いを感じてしまう。
……わかっているのだ。これは、嫉妬だ。あるいは強烈な羨望か。
「ネーヴ、魔法を使いなさい。あなたの強さは、その刀を手に入れたことだけじゃない。あなたの〈最弱〉は、あなたにとっての最弱にはなり得ないわ!」
肘打ちで骸骨の頭を砕きながら、シアは俺に背中を合わせた。弾んだ呼吸が伝わってくる。
……そして、確かな信頼も。それに気づいたとき、少しだけ気持ちが引き戻されるのを感じた。
シアが俺に伝えようとしていることは分かっているつもりだった。それに反発して、敢えて逆らったところで、今の俺では全く勝ち目のないことも理解していたはずだ。
――全く、無駄なことをしたものだと自省する。
先日のガロ洞穴で、シアは言った。
対等でいたいなら、せめて何かを返せるよう努力しろと。
今、シアは俺に強い信頼を寄せてくれている。それを感じることができる。
だったら、その信頼に応えなくてどうする。
今張り合ったところで、俺から彼女に返せるものは何もない。
腕を振り回す。骸骨たちが断ち切られ、砕けていく。シアが脚を振るって骨の波濤を断ち割る。
――そうだ。俺は別に最強の存在になりたいわけじゃない。
必要なのは、日々を生き抜くための力。それは手段であって、目的にはならない。冒険者でいるうちは力は切り離せないが、それでも、過剰に求めるものではない。最弱たる〈氷雪士〉でも、俺にできることはあるはずだ。
――想像こそが創造する。それを諦めた時こそ、本当の終わりだろう。
「氷透陣!」
両の手を石畳につき、全力で氷の生成魔法を紡ぐ。正面に背丈ほどの氷壁が出現。壁と並行に走る二枚の分厚い壁だ。骸骨の群れを強制的に分断する防御の壁――などではない。
「氷刻厖双!」
――頭痛。また大量の魔力を消費したか。
氷透陣によって作り出された氷壁に波紋。それは等間隔に配置された射出口だ。
「やれっ!」
俺の合図とともに、氷の剛腕が拳を握りしめて飛び出した。それも次々に、手前から奥に向かって。
飛び出した剛腕の群れは骸骨兵団を次々に殴り飛ばす。四肢がバラバラになって吹き飛んでいく様は攻城兵器による圧倒的な破壊にも似ている。
超質量の剛腕は次々に石造の壁に激突し、骸骨兵を粉砕していく。
打撃の音が止まない。氷壁に挟まれた正面の骨どもは、氷の特性などまるで無視して振り下ろされる拳に砕かれていく。自在に動く様は人間の腕となんら変わらない。
氷腕が地面を叩く振動で地面が弾むが、さすがダンジョンは頑丈なもので、ヒビさえも入らない。
魔石が次々に生成され、破壊の轟音が明ければ、石畳には魔導灯を宿したかのような青色の魔石と、骨の欠片が残っていた。
「最初からそうやればいいのに、もう、ネーヴは変な子ね」
呆れるような言葉とは裏腹に、嬉しそうな声だ。頑丈な壁や床を利用した圧殺戦法は、どうやら好評だったらしい。
「俺にも身の程を弁えない望みがあったんだよ」
「そうなの? どんな?」
背中越し、わかっているくせにあえて聞く、いやらしい声だ。応じてやる必要はない。
「別に。ただの、男が抱く幻想だ」
「ふぅん。ま、いいわ。残りはわたしね」
シアは一歩前へ踏み出す。強気な笑みを幻視する、力強い声。
その視線を追う。シアは通路の奥を向いていた。その先からはまだ骸骨兵団の補充要員が我先にと詰めて来る。一体どれだけの兵士がどれほどの期間で生み出されているのか。単純な物量だけでも圧殺できてしまうのではない。
――が、そんなものは、シアにとってはものの数ではないだろう。
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