2章-12節 休息時間
「……不思議なものね」
立ちはだかる魔物を倒しながらダンジョンを駆け抜け、あっという間に十階層についた。相変わらず、ダンジョンはその姿を変えていない。やけに天井の高い石畳の回廊はずっと続いていた。
「何がだ」
目的の階に着いたところで、早めの昼食とした。階段近くは魔物が寄ってこないようで安全だ。とはいえ、完全に気を抜くことも出来ないわけだが。
「さっきも話していた古代人よ。魔物の生態に詳しくはないけれど、少なくともここで見た個体はみんな、ダンジョンに生み出された侵入者迎撃装置。何を思って、そんなことをしたのかしら」
「そうだな……たとえば、落とし穴だとか、落石だとか一般的な罠は、対策されたら終わりだが、魔物だったらそうもいかない。この先のずっと奥地に大事な物を保管してるなら、分からんでもない気がするが」
「でもリソースの無駄遣いよ。魔物を生み出すなんて間違いなく大魔法の類なのに、こんなにあっさり蹴散らされてたら割に合わないわ」
あっさり蹴散らす人間は限られてると思うが、とは言わない。話の腰を折っても睨まれるだけだ。
「魔物の死体を魔力に分解してダンジョンに再吸収するならわかるけれど、死体を魔石にしたら冒険者に回収されちゃうじゃない。ただでさえ倒した時に魔力を奪ってるのだから、魔石まで回収されたら赤字じゃないかしら」
「……魔力を奪うってなんだ?」
「ああ、ネーヴはそうよね。――魔物を倒した時に、魔力が放出されるのよ。魔物の魔力は何故か特殊で、体外に放出されると周囲の他の生物に流れ込むのよ。一般的にはこれがステータスに表示されるレベルの、素になるわ。そして人間には他者の魔力を奪って心臓にある魔力貯蔵器官を拡張する機能がある、らしいの。その拡張度合いを表すのがレベルよ。元々生まれ持った素養が高かったり、大気中の魔力濃度が高い環境にいたりすると、魔物を倒さなくてもレベルが高いことがあるみたいね」
食事でも魔力を取り込むことができるから、ある程度なら自然と上がっていくものよ、と結ぶ。
シアは自身の専門外だと付け加えたが、話はよく分かった。俺のレベルは60を超えていたが、環境や食事が影響していたのだろう。
「なんだか、変に納得してるわね。どうせまた後ろ向きなこと考えているんでしょうけど」
「別に……勉強になると思ってるだけだ」
「難儀な人ね、まったく」
シアの困ったような笑み。呆れられてもそう簡単に性格を直せるものでもなかろう。
間が持たず、グレイブに持たされたお茶を口に含む。温かく、少し苦い。だが、身体に染み渡って瞬時に疲れを取っていく。すごい効果だ。
疲労を解消するお茶だから持っていけと言われたときは半信半疑だったが、飲んでみて実感する。茶葉がいいのだろうか。
「にっがいわね、これ……。でも、目が覚めるわ」
「まだ眠かったのか」
そういえば、今朝は毛布を抱えて寝巻きのまま現れた。流石に日が昇る前に起こしたから、早起きが苦手なシアにはキツかっただろう。少しだけ悪いことをした気になってくる。
しかし、仮にダンジョン内で寝込みを襲われたら対処できないんじゃないか?
「ネーヴが寝ずの番をするしかないわね」
尋ねてみると酷い答えが返ってきた。
「俺はいつ休めるんだ」
「昼間よ」
じゃあいつ動くんだよ……。
したり顔のシアから目を離し、辺りを見回す。やはり、見える範囲には魔物の気配はない。それでも遠くから魔力の波動や不穏な物音が聞こえてくるあたり、必ず何かいる。
「だが、現実的にはこうやって安全地帯を探すしかないな」
「そうね。できなければ、作り出すのよ」
シアが右手を軽く振るうと、雷撃の壁が立ち上がる。触れるものなら空気さえ焼き切らんとする凄まじい電流が感じ取れる。何か、酸っぱいような焦げ臭いような――異臭が漂うのは、空気や塵の死臭だろうか。
「こんなにバチバチ煩くて明るい中で寝れるかよ」
直視が難しいほどの光が放たれている上に、電流に晒された空気が絶叫している。どんなに強い心臓を持っていれば休めるのか。少なくとも俺にその資格はない。
「いやね、冗談よ。ちゃんと現実的な案を見せてあげるわ」
右手が握られ、電撃の壁が消失。しかし、何かが俺たちを囲っている感覚はまだ拭えない。見えないが、魔眼が魔力を知覚している。
「ネーヴ、適当に氷でも投げてみて」
「……? ああ」
掌に作り出した氷を回廊に投げてみる。
――閃光。突然のことに目が眩んだが、どうやら稲妻が放られた氷を破砕したであろうことは分かった。
「……不可視の自動迎撃魔法ということか?」
「そうね。火力を高くすると燃費が悪くなるから、精々敵も味方も驚かす程度だけど、効果的でしょう?」
氷は空中で爆散し、辺りに水滴となって散らばっていた。
……いや、今のは俺の魔力の籠った特別な氷の訳だが。どこが驚かす程度なのか。俺自身が浴びたら間違いなく死ぬだろう。
「うかうかと用も足せないな」
「シアちゃん、おんもが怖いから着いてきてー! って言えばいいのよ」
それはもはや俺であっても俺ではない。というかそんなことで起こされたら本当に雷撃を飛ばしてくるんじゃないか。
「ネーヴがそこまでなりふり構わなくなったら、わたしだって考えるわよ。たぶん、かなり引くけど」
「酷い話だ」
ケタケタ笑うシアに肩を竦めてみせる。――さて、腹ごしらえも済んで、休憩も取れたことだ。そろそろ行くか。
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