2章-11節 フォール邸ダンジョン侵入④
「岩土槍っ!」
とんがり帽子が木製の杖から岩の飛槍を放ったようだが【炎毛】の燃料となって消失した。刹那にも満たない時間稼ぎ。狼の行動は止められない。
――それでも、思考を回すには十分な時間だった。
ヤツは俺の左手側から来る。
魔法攻撃の左手と刀による斬撃の右手、どちらを警戒するかと言ったら、斬撃だったようだ。俺の魔法よりもガウフの刀を警戒したということだろう。魔導領域に踏み込んだボス狼の動きは手に取るように分かるが、回避に割ける時間がない。だから、受けるしかない。
――眼前に涎にまみれた牙の群れが迫る。
次の瞬間、ボス狼の飛び掛かりに合わせて氷の剛腕が生え伸びる。その手を広げて。
「GYyyyyyyAOOooooooo――――!」
初めて、魔物の絶叫を聞いた。
氷刻厖掌によって地面から生え伸びた巨人の手が、ボス狼の胴を一息に握り込んだのだ。氷と【炎毛】が触れ、凄まじい水蒸気を発生させる。だが、今回は負けていない。岩の魔法すらも消滅させる高熱をものともせず、巨人の手は俺の左手に連動して、更に狼を圧搾する。巨大狼の全身の骨が砕け散る嫌な音、そして感触までも伝わる。
ついに抵抗も消え、血管が破裂する嫌な音がした後、掌には魔石が残った。心臓だけは守ったようだ。
「お疲れ様、あなた」
「うまくいった。死にかけたな」
「わたしを保険にしてたのだから、そんなわけないでしょう」
立てた指先には電撃が爆ぜている。もう少しでシアの手を煩わせるところだったようだ。意気揚々と飛び込んで、助けてもらったのでは格好もつかない。なんとか、及第点には落ち着いたようだ。
「むむむむ、無詠唱!?」
軽鎧は叫んでいる。
さっきからデカい音が回廊を反響してうるさいので、せめて人間だけは声を落としてほしいところだが……興奮気味なので言っても無駄か。
「さて、先を急ごう」
「あら、いいの? あの三人、何か言いたそうにしてるわよ」
関わって難癖つけられても面倒なので、散らばった魔石は惜しいが退散することにする。氷刻厖掌で握り込んだボス狼の分はしっかり頂いたし、それだけでも十分だろう。それに、なるべくなら実入りの良いところで長く稼ぎたい。
「ちょちょちょ! いいのかよ親方!? あの二人行っちまうぞ!」
「何やら先を急ぐ様子。助けられた我等に止める道理はあるまい。白き人と角の人よ、感謝する。地上で会ったならば、この礼は必ず」
親方と呼ばれた金属鎧は、俺たちの意思を尊重してくれるようだ。助かる。軽鎧ととんがり帽子はまだ何か言いたそうにしていたが、大盾に行手を遮られてしまえばそれも収まる。
軽く手を上げて、さっさと先に進むことにした。俯瞰視で後ろを確認する限り、追ってくることもなさそうだ。
「なんだか名残惜しそうにしてるわね」
「ここで行き詰まったなら、彼等の実力がそんなもんだったってことだろう。俺たちに頼られても援助できるほどの余裕はないな」
「素直にここで引き返した方が良いって言ってあげればいいのに」
内心を言い当てるのはやめろ。読心術スキルでもあるのか。
暗がりを抜けると、すぐに次の階層への階段があった。
五階層。雰囲気が異なるのは、張り詰めた空気のせいか。どうやら、あの三人組が四階層まで先頭に立っていたようだ。比較的安全な四階までの辺りで狩りを続けていたのだろう。道理で他に魔物がいないわけだ。
――ここからは魔物の気配に満ちている。危険な道のりになるだろう。
「どうしてダンジョンには魔物が発生するのかしら」
「ダンジョンが生み出しているらしいが、理由までは不明だな。このダンジョンにしたって、古代人の遺跡なら古代人なりの考えがあってのことだろうが。魔族はそのあたりのことを知らないのか」
ヒトはその歴史を既に書き換えられている。歴史書は勝者の、そして権力者が認めた言しか残さない。
「古代人はわたしたち現人類が生まれる前に滅んだ、前人類だって言うし。わたしたち人類のルーツさえ分かっていないのに、その前の人間なんて知る由もないわ。知っているとしたら、エルフくらいかしらね」
「ああ、現人類の中では最古の人類だって読んだな」
「そうね。それに、アールヴヘイム――エルフの国はまだ見つかっていないって言うじゃない? 人類でもっとも長い歴史を持っていて、他のどの種族にも知られていない国。そこなら、今の人たちが知らないことでも知っている誰かがいるかもしれないわ」
エルフの国、アールヴヘイム。この星の何処かにある大森林、その奥地にあるという謎に包まれた国。俺が読んできた本の中では、豊富な緑と、透き通る湖に囲まれたこの世の楽園と紹介されることが多かった。が、その場所は誰も知らない。少なくとも、ヒト社会で暮らす誰も――無論エルフでさえも。きっとリースも知らないだろう。
今のヒトの社会で暮らすエルフの多くは、その昔にアールヴヘイムを出たエルフの子孫というのが通説だ。彼等でさえ、数百年前に先祖が出て来た故郷のことは覚えていない。
「いずれにせよ、今結論の出る話じゃなかったわね。さ、先を急ぎましょう。下手したら追ってくるわよ、あの三人」
「そうだな。行こう、飯の種が待ってる」
行く道はやはり、魔物に溢れていた。先に相手をした赤毛狼――レッドウルフの群が再び行手を阻んだが、今度はシアの魔法によって一瞬で消滅した。ガウフがシアに貸した短杖からはこれまでの数倍の魔力の奔流が放たれていた。全く、元々やばいヤツが、とんでもない凶器を手にしたものだ。
身体の大部分が失われたせいで小ぶりになった魔石を回収する。
そしてその先も、魔物は次々に出てきた。種類はバラバラなくせに、相争うことはなく、真っ先に俺たちに狙いを定めるあたり、やはり生態系を築いているわけではなく、適当な魔物がダンジョンに生産・放出されて、侵入者を迎撃しているだけのようだ。
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