2章-11節 フォール邸ダンジョン侵入③
「氷刻厖掌!」
状況を見て取って、構築していた魔法を発動。大顎を広げた狼は、口に氷の剛腕を突き込まれ、そのまま壁ごと殴りつけられる。骨の潰れる嫌な音がして、壁には赤い粘液が広がった。そして澄んだガラスの音が一つ。死体が消え、魔石が石畳の上に転がる。
「加勢するわ。嫌とは言わせない!」
後方から紫電の槍が飛び出しいく。詠唱もなしに放たれた雷撃の長槍は、二人が相手取っていた二頭も含めて次々に着弾。
雷槍は貫通するかと思いきや、狼たちから目に見えるほどの雷撃が吹き出し、相互に干渉して爆裂した。……体内から丸焼きにした上で相互増幅して爆発までする恐ろしい魔法だった。
「あ、あんたたちは!?」
「話は落ち着いてからにしてくれ。まだいるぞ」
シアの魔法で数は減らしたが、三頭が無傷で生きている。更に奥には、爛々と光る目が見えていた。
「氷澆飛刃」
詠唱とともに、氷刃の群が現れる。宙を泳ぐように旋回する刃を、魔眼による注視で相手に殺到させる。前線の三頭は突然のことにまだ困惑していたのか、あるいは反応できなかったか。無数の刃に食いつかれ、身体中が傷つけられていく。更に氷刃が体内に浸透し、やがて全身を氷つかせ、その場で氷像となった。
「来るぞ!」
間を空けず、暗がりから援軍の二頭が飛び出して来た。左右からとんがり帽子を狙うが、今度はパーティの全身鎧が、大盾の一撃で二頭の狼を払い除けた。吹き飛ばされた狼たちが小さく悲鳴をあげる。どうやら致命傷ではないようだが、動きは鈍らせた。次いでもう一人、打って変わって軽鎧の男が両の手にそれぞれ短剣を携えて前に出る。弱った二頭を仕留めようとしたのだろうが、すぐに距離を空けられた。
「チッ……」
無理に追わない。正しい判断だ。
どうやら、重軽それぞれ鎧を着た二人が前衛で、とんがり帽子が後衛のパーティらしい。バランスの取れた布陣だ。
中でも、この全身鎧。漆黒の金属製で間違いなく超重量。更に背丈ほどの重厚な金属盾を二つも持っているにも関わらず、素早い動きだった。その一撃は戦鎚にも等しい。かなり腕の立つ冒険者か。
逆に、後衛のとんがり帽子は脚が震えている。状況に慣れていないのか、守られることに慣れてしまっていたのか。この赤毛狼は、パーティの穴から狙って来たのだろう。
「おい、あんたら、魔導士か?」
軽鎧が視線を赤毛狼の群れに向けたまま問う。どうやら邪険にはされないようだ。
「ああ。俺の後ろのはよりやばい魔導士だ」
「やばいってなによ。強いと言いなさい」
俺は〈氷雪士〉だ、なんて士気が下がるので言わない。シアが魔族だとは流石に言えないし、他のことは知らないので、やばい奴としか伝えようがない。
「何にせよ、助力に感謝する!」
くぐもった声は全身鎧から。言う間に、飛びかかって来た狼を払い除け、大盾の重量で圧殺する。凄まじい質量攻撃だ。あの大盾、俺では持ち上げるのがやっとで、振り回すことなどできないだろう。
「残りはわたしがやれば早いけれど、どうする?」
横に並んだシアが小声をよこした。俺たちが加わったところで、戦力が拮抗したと思われたか、赤毛狼も無理に攻めてこない。ガロ厄種ほどの圧力がないので、手強いとは思えない。ただ、数だけが厄介だ。更に増援が湧いて出てきている。
「俺が前に出る。危なっかしかったら援護してくれ」
「あら、腕試し?」
「いや、刀試しだ」
ガウフの太刀を抜き放つ。冴え冴えとした刀身が、魔導灯の青い光を鋭く照り返す。まともに振るったこともないのにやけに手に馴染むのは、ガウフの目が優れていたせいか。まるで腕が伸長したかのように、自由自在に扱えると確信できる。
駆け出す。赤毛狼たちが迎撃の態勢。包囲を敷くためにコの字に戦列を組むのは、さすが魔物といったところか。
敢えて正面から突進する。正面の三頭が涎を飛ばして噛み付いてくるが、踵を削って減速。そして姿勢制御。眼前で牙の並ぶ口が三つ閉じられる耳障りな音を聞きながら、後ろへ跳ぶ。そのついでに、右手の刀を振るう。抵抗はほとんど感じず、刃は狼一頭の顔を水平に両断した。脳がズレて石畳に落ちる前に、魔石に変わる。
左右からは別の二頭が飛び出してくる。タイミングはほぼ同時だったが、完全に同一ではない。俯瞰視で見えている。一瞬だけ早く飛び込んできた左の狼に身体を向ける。狼は俺の脚に噛みつこうとしたのだろう。地面すれすれの位置にあったその首を、翻した刀で落とし、上空から俺の首を狙って来た右の一頭には、『背後を視認しながら』後ろ足で蹴り上げる。正面に残った二頭が詰めて来たが、右手を突き出し、刃が頭蓋を貫通。左手からは氷澆飛刃の氷刃が噴き出し、向かってくる一頭と一瞬前に蹴り上げた一頭をたちまち傷だらけの氷漬けにした。
幅の広い回廊だが、全てが襲いかかるには、標的が小さすぎる。必然、波状攻撃にならざるを得ない。人間ならば取り囲んで槍を突き出せば済む話だが、さすがにこの魔物には無理だろう。
残りは三頭。うち一頭は他の個体よりも二回り以上大きい。奴がこの群れのボスか。
「一瞬で五頭も……何者なんだ……」
狩りに慣れたただの田舎者だ。
軽鎧の声が届いたが、胸中で返しておく。
故郷の獣たちどころか迷いの森の狼よりも容易いが、しかしこいつらは魔物だ。ガロ厄種とガロのように、何か特別な能力を持っているかもしれない。
……そして、俺の嫌な想像は当たるものだ。
残る三頭は一斉に『発火』した。――いや、体毛が燃えている。急激に熱せられた空気が突風となって押し寄せるが、狼たちに動じる様子はない。どうやら熱を感じていないようだ。
「【炎毛】! まずいな、奴らを怒らせた。それに人間が触れたら一瞬で炭化するぞ!」
軽鎧が叫ぶ。解説は有難い。
相手が燃えるなら、こっちは凍らせてやる。いつぞやの『野焼き』を思い出す。あの頃よりは、魔法の扱いにも慣れて来た筈だ。
「氷凍――」
詠唱を形にさせまいと、三頭の狼が動く。だが、今は距離を取れる俺に分がある。
脚に衝撃を受けたのはその時だ。俺の肉眼が、身体中を切り裂かれながらも【炎毛】を発動させて脛に噛み付いて来た狼を捉える。氷澆飛刃で氷漬けになりながら【炎毛】を発動させていたのだろう。顎の動きだけで噛み付いてくるとは……!
噛みついただけで力尽きた赤毛狼。俺にとっては致命傷ではない。服の内側は故郷の獣の骨で作った防具を着込んでいる。祖母の魔導紋もあり、強力な防御効果があった。だが、集中を削がれた。ボスたちの距離を詰める時間を与えてしまった。
「――地槍!」
それでも左手を地面に突き、無理矢理に発動させた魔法。正面に向かって串刺しの氷柱が殺到する。ボスの後ろの二頭は、それでも仕留めた。その手応えはある。
だが、肝心のボス狼は仕留め損なった。氷柱が伸び上がる寸前に俺の左手側に飛び出し、既に大顎を開けている。
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