2章-11節 フォール邸ダンジョン侵入②
「いらっしゃいませ。フォール邸ダンジョンへようこそ。入場券を頂きます」
メイドの女に二人分の入場券を渡す。何やら魔導具での確認が済み、入場が許可された。
「本日一番手です。ダンジョン内部には昨日以前から入場の十五組のパーティーがいます。どうぞ、お気をつけてお進みください」
「わかった。ところで聞きたいんだが、最近片角のカプラ族がダンジョンに挑戦しなかったか?」
「申し訳ございませんが、他のお客様の情報はお答えできません」
慇懃に頭を下げられた。こればかりは仕方ない。
――ちなみに、これは後に聞いたことだが、彼女らはフォール家の「戦闘メイド」と呼ばれる部隊の隊員らしい。「戦闘メイド」はその全員が討伐級六階梯以上の猛者で、なおかつ当主の主観で美女であるとか。給仕服とその上から装着した鎧も、鈍色に光る鋼鉄の箒も冗談ではなく彼女等の正規装備なのだというのだから驚きだ。俺は、フォール家当主の頭が変態に寄っているのだと考えを改めることになるのだった。
――メイドの横を通り、広めの廊下をしばらく進むと、大部屋に行き当たった。一見すると中央に下へと続く階段が設けられているだけの殺風景な部屋だ。だが、壁床天井には何重にも防御の魔導紋が埋め込まれており、どうやらこの先がダンジョンだと知る。そしておそらく、ダンジョン内の魔物が氾濫した場合、最後の関門となるのがここだ。
「物々しいわね」
「街の中のダンジョンだからな。厄種が発生したら洒落にならないだろ」
「魔導紋の中心に崩壊の術式があるのは、いざとなったらこの部屋から屋敷ごと崩落させてダンジョンを封じるってことかしらね」
「せめて生き埋めにならないように立ち回るしかないな」
階段を下へ進む。青い魔導灯がぼんやりと照らす先には、広場が見えた。
「ここが入り口か」
「広いわね。それにここも魔導紋だらけね」
暗い天井には、星々の輝きのように魔導紋の光がある。魔眼によると、ここは自動迎撃系の術式が多いようだ。対象の選定が気になるが、俺では読めない。ただ少なくとも俺たちは対象ではないようだ。
正面には巨大な扉が鎮座している。黒色に銀の装飾が施された重厚な代物だ。ダンジョンから魔物が溢れ出してこないよう色々と対策が為されているらしい。
「行こう」
「ええ」
重い扉を押し開ける。ダンジョン内のどこか土臭い空気が流れ出して来た。
扉の先には長く続く石畳の回廊。壁や天井も全て石造り。その中で青色の魔導灯が等間隔で配置されている。物語や本の中で見聞きした、これぞ迷宮といった風情を感じる。自然の洞窟だったガロ洞穴とは比べるべくもない。
「本格的なダンジョンよ。ワクワクするわね」
不敵な笑みのシア。同意したいところだが、自分が〈最弱〉であることを忘れてはいけない。一つの油断が死を招くのだ。
「もう、辛気臭い顔するわね。わたしたちなら大丈夫よ。もっと仲間を信じなさい。大丈夫、あなたは強いし、わたしはもっと強いわ」
そんなに景気の悪い面だったか。
「悪かった。信じるよ」
「ええ。そうなさい」
後ろでは鈍い音を立てて門が閉まった。目をやれば、周辺に魔物がいると錠が降りる仕組みなので注意せよと、看板がある。脱出の際は気を付けておかなければ。
気を取り直して回廊を進んでいく。基本的には広く、直線で構成されているが、かなり細かく折れ曲がっており、見通しが利きづらい。
「このダンジョン、元々は古代人の遺跡だろうって話だけれど、なんで屋内にこんなグネグネした道を作ったのかしら」
シアの声に緊張感はない。もちろん警戒はしているだろうが、それほどの危険がないと判断しているらしい。
「先史文明は謎が多い。古い本ばかりのうちの蔵書にも、古代人についてはほとんど書かれていなかったな」
高い天井を見上げる。魔導灯の灯りさえ十分に届いておらず、暗い。俺の視力でも辛うじて天井があることが確認できる程度だ。
「背は高かったのかもな」
「古代人もそんな雑な考察されるとは思わなかったかも知れないわね」
他愛もない話を続けながら歩を進める。回廊は代わり映えせず続いている。組合を出る前にリースから貰った地図がなければ、進んでいるのかさえ分からずに不安になっていたことだろう。まるで引き返せない穴倉の奥に引き込まれているかのようだ。不吉な考えが浮かんでは消える。
それでも進んで行くと、時折だが、戦闘の跡が見られるようになってきた。全く魔物に遭遇しないのは、他の冒険者が俺たちの行く手で狩りをしているせいだろうか。
「……何も変わらない中を歩くのは退屈ね」
歩き始めてしばらく経った。普段ならば朝食を摂る頃合いだろうか。時間の感覚は吹雪の山に鍛えられているので、自信がある。
俺たちは魔物に遭遇しないまま、四階層にまで到達していた。最初は慎重に進んでいた足取りも、この頃になると刺激を求めるかのようにかなり大胆に、あるいは大雑把になっていた。むしろ魔物よ来い、とすら思っているし、シアはそう言って憚らない。
――そこに聞こえて来た金属音。
「……戦闘か?」
「中身のない甲冑ががっしゃんがっしゃん言いながら歩いてるのかもしれないわよ」
シアの目は嬉々としている。その奥の光には獣のごとく鋭い意志が見えた。
「苦戦しているようなら加勢してもいいんだよな」
「ええ。組合で聞いたのだから、間違いないわ」
リースが言っていた。死にそうな人を見殺しにするくらいなら、組合のせいにしてもいいから助けてほしいと。そんなことをしたら、横槍を入れて獲物を奪ったと思われてもおかしくないだろう。だが、欲をかいて死にそうになっている者が言えたセリフではない。
「行くぞ。近づいて、必要なら加勢する」
「あいあいさー!」
船乗り流の返事なのは、俺たちが略奪の徒であることを海賊に掛けているのか。……いや、そんなわけないか。
駆け出す。道は何度も折れるが、どうやら目的地までは分岐路はないようだ。徐々に戦闘音が近づいて来ている。体表面を覆う程度の魔導領域を展開。魔力を体外に留めつつ、脳裏で魔法を組み立てる。
「次の角!」
「ああ!」
後ろを走るシアの声。俺も同じ認識だった。
踵を滑らせて角から躍り出る。目の前に三人のパーティの後ろ姿。その奥には、赤い体毛の狼の群。その数、八頭。奥の暗がりにはまだいる。宙を跳ぶ一頭が、とんがり帽子の人間に噛みつこうと大顎を開けている。他の二人は各々が一頭を受け持ち、援護は間に合わない。一瞬後には白い喉元に狼の牙が突き立つだろう。
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