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最弱と呼ばれた〈氷雪士〉――その力は誰も知らない  作者: 鐘守偉俱
1章 最弱、冒険者になる

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2章-11節 フォール邸ダンジョン侵入①

 翌日になって、俺たちはまた組合を訪れていた。


「おはようございます。ネーヴェさん、シアさん」

「おはよう、リースちゃん。今日もキュートね」

「おはよう、リース」


 シアは会うたびにリースを愛でなければ死ぬ病にでも罹っているのだろう。それはいい。

 まだ日が昇ったばかりの朝一番に来たにも関わらず、依頼が張り出されている掲示板には既に人だかりができている。それを遠巻きに眺めていると、ほうきを持ったリースが声をかけてくれたのだ。他の職員も含め、まだ朝の清掃中らしい。


「依頼には慣れましたか?」

「いいや。まだ三回目だからな」


 ただ、魔眼に任せれば遠くからでも依頼を確認できると今日思いついた。それでもリースの持っていた便利な魔導具には劣るが。


「私でよければ、いつでもサポートしますので、声をかけてくださいね」

「そんなことを言ったらシアが張り付いて仕事ができなくなるぞ」


 隣を見ると、爛々と目を光らせている変態(シア)。もう性犯罪者じゃないかなこいつ。衛兵に突き出すべきかもしれない。


「私はこれでも、仕事は速い方なので大丈夫です!」


 そして全くの無自覚にシアを煽るリース。彼女の貞操の危機が近いので、とりあえず手をわきわきさせ始めた変態の首根っこは押さえておく。


「――ところで、サフィールさんから連絡がありました。今はレゾンの外に遠征していますが、今日の夕方に帰還するそうなので、明日なら都合がつくとのことですよ」

「もう連絡がついたのか……。さすが、仕事が速いリースだな」


 俺はリースの有能さをみくびっていたのかもしれない。昨日の著しく低い自己評価はどこへやら。リースは小さく胸を張っていた。彼女の中では、仕事の速さと自分自身の価値は相関しないようだ。もったいないことで。


「――それで、今日もフォールだったっけ?」


 正気に戻ったらしいシアの確認。


「ああ。ガウフの武器のためには金策も必要だからな。『悪魔』探しついでにフォール邸ダンジョンに行く。一石二鳥だ」


 昨晩グレイブからも、厄種を倒したのならと問題ないとお墨付きをもらった。……あの男がただの宿の主人とは思えなくなってきたが、今はいい。


「フォール邸ダンジョンですと、十階層くらいまででしたら日帰りが可能だと思います。お二人には調査をお願いしているので、フォール邸に限っては入場料を組合で持ちます。十階層周辺で十分に魔石を稼げばそれなりの金額になりますね」


 入場料を持ってもらえるのは大きい。それだけで何日か分の生活費が賄える。


「だが、いいのか? 味を占めてずっと調査をしないまま、フォール邸に篭り続けるかもしれないが」

「ネーヴェさんはそんなことしませんよ」


 笑顔で断言される。信頼されたものだ。

 もちろん、その信頼を裏切るつもりは全くない。請け負った仕事は最大限こなす。それが冒険者となった俺の矜持でもある。……それに、リースの信頼を蔑ろにするとシアに焼かれかねない。


「それじゃ、今日は日帰りね」

「そのつもりだ。弁当も昼食分しかないからな」

「日帰りとはいえ準備は怠らず、無理はしないでくださいね。それから、素材や魔石の買取依頼については、お二人が帰った時に私が一番良い方法を選びますからご心配なく」


 頼もしい限りだ。そもそも何かついでにこなせる依頼がないか確認していたのだが、これでその手間も必要なくなった。

 一パーティーに一人のリースがいれば、冒険者も助かるだろうに。それは冗談としても、リースだったら大手パーティの秘書のような仕事の方が稼げるのではないか。

 益体もなく考えながら、組合を後にした。

 外は相変わらずの秋晴れ。青く澄んだ空が広がっている。この時期のレゾンは雨が少ないのだという。


「さて、じゃあ仕事だな」

「ええ、いきましょう」



◇



 フォール邸の前庭にまでやって来た。早朝というだけあって昨日よりも人は少ないが、それでも組合と同じくらいの人が集まっている。

 受付で入場券を購入。一人100ディナル。組合に提出するための領収書をもらい、更に個人識別票ということで、腕輪を渡された。これは冒険者の同士討ちを防ぐためのもので、近くに別パーティーの腕輪があると反応するらしい。確かに、魔物と間違えられて出会い頭に魔法を浴びせられたらたまったものではない。装着し、屋敷へ進む。


「ねえン、あなた」

「なんだ変な声出し、て――」


 突然シアに艶っぽい声を掛けられ、一瞬戸惑う。

 振り向くと、シアは顔で笑顔を作りつつ、指先は隠すように一人の男に向けられていた。

 ウーベル・ホークス。

 昨日、俺たちを尋問していたうちの一人だ。顔立ちそのものに特別な印象はなかったが、細い目と貼り付けたような笑みは今日も変わらず。

 ウーベルは屋敷の傍に控えていた。植木にさえぎられて目立たないが、屋敷に入ってくる冒険者は全て確認できる位置。警備員としての仕事を全うしているのだろう。


「あいつに構うな。今日も騒ぎを起こしたら、本当に出禁になるぞ」

「なんだか、厭な感じがするのよね」

「……わかってるさ」


 あの笑みには厭らしい気配を感じる。シアを襲った暴漢とはまた違う、底意地の悪さが伝わってくるし、そしてそれを隠そうともしていない。家人の品位を落とすからクビにしろ、とサフィールかアークを通じてフォール家に伝えてやる。

 ウーベルは俺たちの視線に気づいたのか、軽く手を振ってくるが、会釈を返して、もう視線は背けた。目を合わせるだけで――見られているだけで、心がささくれ立っていく。

 形の無い、優しく大切な物が失われていくような気さえする。……あいつには構わない方がいい。早足で屋敷の中に入った。

 玄関扉を抜けると、ホールが広がっている。毎日多くの冒険者が出入りする筈だが、掃除が行き届いており床も壁も清潔だ。壁際に並べられた調度品の感性も良い。魔眼でも高品質と鑑定された。そうでなくとも一見して、富豪の屋敷だと分かる。

 二階部分は冒険者向けの宿となっており、実は高級宿としても有名なのだとか。屋敷の奥まったところにある食堂は宿泊者でなければ利用できず、そこで出される料理は絶品だと、グレイブが言っていた。あのグレイブほどの料理人が言うのだから間違いないのだろう。


「美味しそうな匂いがするわ……!」

「朝飯は食っただろ」

「おやつの時間よ!」

「おまえ今何時だと思ってんの」


 夜が明けて間もないうちからおやつを食ってるやつがいたら見てみたい。

 騒ぎ立てるシアの腕を掴んで連行する。そもそも宿泊客じゃないから食い物は貰えないだろうが。


「お客様、こちらへ」


 ホールを進むと給仕服の上から部分鎧を装着したおかしな姿のメイドに呼ばれる。ご丁寧に片手に箒を携えていた。鈍い光沢を放つその箒の柄は間違いなく金属製で凶器だ。もしかして、フォール邸には嫌な奴か変人しかいないのかもしれない。


「……ね、ねぇなんか変なのが呼んでるわよ」


 黙っていればかなりの美女なのでシアは食いつくかと思ったが、さすがに訝しんでいる。美女なら誰でもいいわけではないようだ。悪食のシアもさすがに好みがあったか。


「何か失礼なこと、考えてない、あ、な、た?」

「気のせいだろ。ほら、あいつの先がダンジョンの入り口なんだ、行くぞ」


 心なしか髪の毛が逆立っている気がするし、何やら俺の周囲で強めの静電気が爆ぜているが、秋も終わりなので乾燥しているからだろう。そう思うことにして、雷撃魔族には目を合わせず進む。


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