2章-10節 秋晴れ、午後の散策③
「――つまり悪いのはあいつよ」
ガウフから借り受けた武器を取られた上に縛られ、更に尋問を受けることになって数時間。初めは二人で別々に詰問されていたが、逃亡や反抗の意思がないと判断されたか、身の潔白の主張――というか原因の所在を全て相手方に投げつけ続けるシアの扱いに困ったのか、結局二人揃って二人の職員に尋問を受けている。拘束は合流した時点で解かれた。
そのシア曰く、貞操の危機だったとかなんとか。あの男は見るからに鈍そうな俺を出し抜いて彼女を物陰に連れ込み乱暴しようとした、らしい。
俺としては笑ってしまうような、いっそ清々しいほど、そこに危機などない。
だが、全く嘘と言えないのは、男が俺たちを尾行している姿を何人もの人間が見ているのと、男の持ち物に拘束具があったせいだ。調べは進んでいるところだが、どうも他の事件にも関与しているような証拠も見つかっているとか。
――と、フォール家の警備の一人、長身で目の細い男はベラベラと語ってくれた。
「おい、あまり情報を漏らすのは……」
「いいじゃないですか。別にボクら、口止めされてるわけじゃないし、この人はそれなりに協力的だし」
服の上からでも分かるほど筋骨隆々の男が細目の男を咎めるが、まるで意に介されない。どちらかといえば筋肉男の方が上司に見えるが、どうも二人の立場は対等らしい。
俺の担当は細目の男の方で、伝えられる限りの状況は既に話してある。シアの証言と組み合わせれば正当な防衛手段だったという俺の主張も通るだろう。相手の男は斧を抜いていたわけだし。
「――ただ、いい加減名乗って欲しいな。君たち、一体どこの誰なの?」
軽薄そうな声の裏には凄み。さすが、有名ダンジョンを抱える大商会だ、警備員一人にもそれなりの強者を雇っているのだろう。実力に裏打ちされた圧力は、笑みの形をとる表情筋からでも十分に発せられている。
細目が言うように、俺たちはここに来ても名乗っていないどころか、騒動が始まった瞬間からお互いを名前で呼ぶことをやめていた。まだ冒険者として駆け出し。信頼と信用もないのに悪評だけが広がっては困るからだ。シアも俺の意図をすぐに理解したのか、方針に従っている。
「ボクはウーベル・ホークスというんだけどね」
「無実と分かったのなら解放して欲しい」
会話には応えず、要求は述べておく。筋肉男の方は実直そうな雰囲気があるが、このウーベルという男には厭らしい気配がある。油断はしない方がいいだろう。
「……ま、いいよ。君たちは解放しよう。あの男はこっちで治療した後に衛兵に突き出すから、安心して」
軽い溜息一つ。
俺の主張は意外なほどあっさり通った。筋肉男も何も言わないところを見るに、どうやら既に決定済みの事項だったようだ。俺たちは無駄に時間をかけさせられただけか。
「敷地内の喧嘩は見逃すけど、殺人はダメだよ。だけどま、あんなやつ殺してしまえば良かったのにと、僕個人は思うけどね」
……愉快そうな、けれど底冷えのする声だった。
愛嬌のある顔立ちに浮かんだ笑みが、むしろより酷薄に見せた。
どうやら、シアが男を殺そうとしたのもバレているようだ。あの場には何人も冒険者がいたことだし、シアの攻撃の威力を推し量れる者もいただろう。そうした人々から短時間で情報を得て精査している。フォール家の情報部門は有能なようだ。
「君たちとはまた会う気がするよ。そのときは名前を教えて欲しいな」
ウーベルに案内され、屋敷の裏口から敷地の外へ出た。あたりには誰もいない。
「覚えていたらな」
「飲み物も出さない奴の顔はもう忘れたわ」
「つれないね」
別段ショックを受けた様子などなく、軽薄な調子で言うと、男は扉を閉めた。
「……行こう」
後に残された俺たちは、少しばかり重い足取りで帰路に着く。
裏口は路地に通じていた。細い道には周辺の商店の裏側の景色。搬入口や勝手口があり、雑多な印象だ。煙草を吹かす商店の従業員が一人、赤く染まりつつある空を見上げている。
そのまま路地を通り、裏道から裏道へと抜けていく。ややもすると商店の立ち並ぶ区域から住宅街へと移った。更に雑多で入り組んだ生活道路へと様相を変える。時には乾いた洗濯物をかき分けながら、徐々にフォール邸ダンジョンから距離を取っていく。
……尾行の気配はない。
ウーベルというあの細目の男、どこか油断ならないと感じたが、考え過ぎだったろうか。
「……シア」
十分すぎるほどフォール邸から離れたところで少しばかり広い通りに出た。あたりに歩行者はいない。夕方の喧騒は遠く市場か、あるいは家の中から夕食の湯気に乗って聞こえてくる。
「……悪かったわ。ちょっと、頭に血が上っていたみたい」
俺が呼びかけた意味がわかるのか、素直に頭を下げてくる。冷酷に過ぎる判決を下した女魔族は、しかしやり過ぎたと反省しているようだ。
「わかってるならいい……。訳は、聞いていいのか?」
「そのうち話すわ。必ずよ」
「わかった、それでいい。――じゃあ帰ってグレイブに飯を作ってもらおう。行くぞ」
必ず話すと言うなら無理には聞くまい。人間、生きていれば隠しておきたい秘密の一つや二つあるだろう。それが家出をした魔族ならなおのことだ。
振り向いて歩き出す。
シアは驚いた顔をしていたようだが、俺は個人の事情を深く追求したいわけでもない。相棒だからといって全てを知らなければならない義務もない。そんなに堅苦しくしなくても、俺はシアを信用している。それで十分だろう。
「ネーヴ」
一人で納得していると、背中に声が掛かる。
「なんだ」
振り向くと、十歩の距離の先、立ち止まったシアにあまり見たことのない類の笑みがある。どこか儚げでしかし慈しむような、笑み。
「ありがとう」
「……ああ」
それが、一体何に対する礼なのか、判断はつかなかったが、受け取ることにした。きっとシア自身も何に対する礼ということもないのだと思ったからだ。
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