2章-10節 秋晴れ、午後の散策②
「あれじゃないかしら。冒険者が集まっているわ」
シアが指差した先には周辺の豪邸を凌ぐ大豪邸。開け放たれた門の先――綺麗に整備された前庭に多くの冒険者がたむろしている姿は酷く場違いな印象を与える。
「そのようだな」
「人気あるのね。昨日のガロ洞穴とは比べものにならないわ」
「ガロ洞穴は厄種が出現したせいだがな。だが、確かに凄い人だ」
近づくにつれ、喧騒は大きくなっていく。冒険者たちが今日の成果を報告しあったり、あるいはこれから突入するための打ち合わせをしていたりと、組合酒場にも負けていないほどの熱がある。中には今まさに露店を広げて商売を始める者までいた。……商人の敷地でそんなことをして、上手くいく筈はないが。
案の定、フォール家の家人らしき者が恐ろしい剣幕で飛び出してきて、無法の商売人を屋敷の中へ連れ去っていった。無事で済めば良いがな。
「こんなに人がいたらフォールって人も落ち着かないんじゃないかしら」
「それがこの邸宅、今はダンジョン管理や商館運営の家人が住み込みで働いているだけで、当主は別の土地に屋敷を建てて生活してると聞いたな。まぁさすがにこれではな……」
ガラの悪い連中もちらほら見て取れる。当主としては、迂闊に外に出られたものではない。
「それで、どうするのかしら。ダンジョンに入ってみる?」
「いや……このダンジョンは入場料を取るようだから、ここまでがせいぜいだ。時間も装備もないし別の機会にしよう」
「そうね。装備なしの行き倒れは、もう御免だわ」
生きることは前提のようだ。シアなら納得だが。
「でも入場料なんて取るのね。それでこの人気というのも凄いけれど」
「大商会の正に膝元だ。ダンジョンから持ち帰ったものはすぐに捌けるから、ある程度まとまった金と、それなりの実力があるなら稼げるんだろう」
「いくら取るの?」
「一人につき100ディナルだとか。ああ、そこにも書いてあるな」
入場料の案内と諸注意が書かれた看板が立っている。ダンジョンの維持運営にご協力くださいと締められていた。
「魔物が溢れてこないようにしているのかしら?」
「そうかもな。こんなところで魔物が溢れ出てきたら、街は大惨事になるだろうし」
「そうね。こんな物の数でもない連中がたむろしてても無意味だわ」
…………突然、とんでもないことを言うやつだな。他の冒険者に聞かれたら喧嘩を売りにいっているようなものだ。いやむしろ既に殴っている。
「おいネエチャン、今ナンつった?」
ほら見ろ、こういう悪口にだけは地獄耳の馬鹿が釣れてしまうのだ。
振り向けば、怒気に顔を紅潮させた冒険者らしき男が、シアを睨みつけている……という、ポーズの奥には下卑た感情が見えていた。どうやら、ずっと狙われていたようだ。
「構うな。行くぞ」
どうせもう用は無い。騒ぎを起こして永遠に入場拒否にされても困ってしまう。
「人のお尻と胸ばかり見てるクソ雑魚変態野郎なんて、役立たずのゴミムシだと言ったのよ。帰ってママのケツでも犯してなさい腐れマザーファッカー」
………………………………とりあえず、シアがなんか凄いこと言ったのはわかる。わかるが何こいつ、沸点低すぎない?
唖然としてしまい、現実の喧騒が瞬間遠のいた。いや、シアという曲がりなりにも美人の口から放たれた口汚い罵声に、周囲の人間が言葉を失ったのだ。
「――こ、こンの! 言わせておけばッ!」
青筋を浮かべているが、顔は先ほどよりも白んでいる。さすがの男もシアの物言いには引いたのだろう。仲間の俺もそうなので無理もない。
しかし、怒りは引っ込めることができないらしく、今にも掴みかからんとしている。
「おい、俺はあと何回、仲間の殺人を止めないといけないんだ?」
シアに声を投げると、彼女は笑顔のまま小首を傾げた。表情を読み取るに「人なんていないわよ」だ。害虫か何かと認識しているらしく、そんなものにかける慈悲など一片もないと言いたげだ。
ドルフといい、この男といい、喧嘩の購入相手があまりにも悪過ぎる。売ってるシアも悪いとは思うが……まぁいけすかない行動を取っていたのは二人に共通する点だ。初手を間違えたのは相手の方だな。
「だが、殺人で追われることになったら、さすがに困るな」
「そのときはレゾンを出て別の街に行きましょう。ガウフ爺の装備はごめんなさい、諦めて」
俺は共犯ですらないのだが、シアは殺人後の逃亡計画に俺も組み込んでいるようだ。まぁ仲間だから仕方ない、付き合うが……それでもその前に最善を尽くす。仲間の凶行は止めなければ。
「おい、あんた」
敢えて無視していた男に声をかける。こっちも両の手にそれぞれ斧を構えて既に臨戦態勢だ。目が血走っているあたり、相当頭に来てるのが見て取れる。
シアの口から放たれた罵詈雑言を一部の女性冒険者たちは肯定しているようだ。その視線は寒気がするほど冷たく男を射抜いている。
元々評判の悪い男だったのだろう。豪奢な格好をした如何にも高階梯の冒険者も、俺たちを――シアを止めようとしないのだから、確信する。
――しかし、徐々に騒ぎが大きくなって来ているな。早めに抑えなければ。
男の返答には期待せず、一方的に言い放つ。
「二度と俺たちに関わらなければ、この場は収める。だから、早く逃げてくれ。あいつは雷より速く――」
――あんたを殺す。
そう言いかけて、聞こえたのはシアの声。
「雷轟――」
俺の、説得の、間に、詠唱を、始めるな!
「氷刻厖掌ッ!」
「――烬顎」
ドルフの件で、シアは他人の命を奪うことにそれほど抵抗を感じていないのは分かっていた。だからこそ、脳裏で準備をしていた魔法は、シアの魔法よりも一瞬だけ速く発動した。
氷の腕が男を下方から伸び上がり、有無を言わさずその腹を殴り上げた。男が高く空を舞う中、続いたシアの雷撃魔法が男の元いた空間を焼く。男を噛み砕くように放たれた雷撃の牙だったが、間一髪、回避させることができた。あたりには一瞬遅れて熱波が押し寄せ、冒険者たちから悲鳴が上がる。
かなり手荒い強制的な回避だったため、受け身も取れずに地面に転がった男は間違いなく重傷だ。雷の速度を超えることはできないため、シアの魔法の発動よりも速く手を打たなければならず、手段は選べなかった。
「あなたはお人好しね」
殺意が消えた笑みで言う。
「おまえが冷酷過ぎるんだ」
俺は恐らく冷や汗にまみれた余裕のない顔をしているだろう。いくら悪人相手でも即殺ではさすがに慈悲がない。聞くに耐えないかも知れないが、言い分もあろう。
「しかし、騒ぎになったな……。どうする、逃げるか?」
「こんなに目撃者もいたら無駄じゃないかしら」
自身で招いた状況のくせに、あっけらかんとしている。自覚はあるのだろうかと疑いたくなる。
「そこの二人!」
「ほら、来たわ」
調子の良い笑みを浮かべるシアにため息一つ。武器を構えて飛び出して来たフォール家の家人たちに俺たちは諸手を上げて投降した。
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