2章-10節 秋晴れ、午後の散策①
午後からの仕事があるリースとはジリアンの店の前で別れた。
明日の朝、再び組合に向かうこととしよう。
「じゃあ、俺たちは街の散策と行くか」
「ええ。そうね」
シアが腹をさすりながら答える。美味い料理をたらふく食べてご満悦の様子だ。
結局まかない飯をどんどんおかわりして、ジリアンが驚いていた。食材は空になったらしい。
「もう屋台に誘われるなよ」
「まぁ、おやつの時間までは我慢するわ」
どれだけ食べるつもりなんだ……。シアよりも上背も筋肉もあるはずの俺がたじろぐほど食べているのに、それが体型に表れないことが不気味でならない。実は胃の中も重力魔法で拡張しているのだろうか。
「――いいけど、俺たちは金を貯めなければならないことは、忘れるなよ」
「ぐっ……! そうだったわね……」
釘を刺す。
食欲魔族たるシアの、その言動の源である食欲を停止させるほどに、ガウフの武具とは価値のあるもののようだ。少なくとも、こいつはそう判断しているらしい。
「じゃあ、呑気に散歩なんてしていていいのかしら。午後からでもダンジョンに潜って、少しでもお金を稼いだ方がいいと思わない?」
「そうだな。だが、『悪魔』の調査を引き受けた手前、街のことも知っておく必要があるとも思う」
「なるほど、それも道理ね。悪魔祓いしたら、それなりの報酬も出るでしょうし」
シアの言う通りだ。アテは多い方が良い。
「とりあえず、東西内円の中層地区から巡ろう。フォール邸ダンジョンもそこにあると、グレイブから聞いているからな」
「中層ね。この街の構造ってどうなっているの?」
「ああ、大まかに五つに分かれていると聞いたな」
東に向かって歩きつつ、グレイブから聞いた話を思い出しながらシアに伝える。
まずは北の富裕層区。小高い丘の上にあり、向かうためには更に内壁の検問を抜けなければならない。この街の領主たるレゾン伯爵もここに居を構えており、言い換えれば貴族街だ。またレゾンの北側には門が無く、内壁の北側は絶壁となっている。これが人の手によって作られた山だというのだから驚きだ。他には、ハオライル教の司祭が常駐する主教会があるという。
次に、東西に広がった二重の円の内側にある中層区。商会の長などの上・中流階級が住む。中には貴族にも劣らないほどの豪邸に住む者もいる。先にも言った通り、フォール邸ダンジョンがあるのはこの地区だ。
東西に広がる外側の円は下層区。農耕区や移民区とも呼ばれ、レゾンでも最大の面積を持つ。農民や移民が多く生活しているため小規模な商店も並び、雑多な賑わいがある地区だ。
中央区。レゾン中心地の時計塔を中心とした狭いエリアで、商館や宿、遊興施設なんかが立ち並ぶ。レゾン一番の繁華街で、民家は他の区域に比べると多くない。俺たちが泊まっているグレイブの宿があるのはこの地区の外れだ。
南端の貧民区。南門の周辺で、家を持たない貧困層が身を寄せ合って暮らしている。正確には区域とは呼べず、地域柄、ならず者も多く存在する。広大なレゾンの中でもここだけは突出して治安が悪く、南端の門を出入りする者はごく小数だとか。事件も絶えないらしく、向かうにしても長居は避けた方がいいだろう。
「一つの集落が五つに分類されるなんて、なかなか信じられないわね」
「そうだな。しかも比較的新しいこの街は、北区を含む東西内円の内側の全域に下水道が整備されていて、他の街よりもかなり衛生的らしい」
「だから人も集まるのかしらね」
こんなに巨大な人の集まりが一つの街として成立していることが驚きだ。俺のような田舎者は、『人』が『数』になってしまう程の環境にどうしても慣れない。
「ネーヴの村はどれくらいの人がいたの?」
「覚えている限り、最大で三十二人だった。そこから俺一人になるまで、五年と掛からなかったけどな」
「過酷ね……。最近まで村を出ようと考えなかったの?」
「村を出るのも命がけだ。道中でのたれ死んだりする可能性もあったからな。だから、村じゃ使えもしない金を貯めつつも、最後の望みを懸けて神託を待ったんだ」
意地で残っていたというのもあるがな。
「結果が〈氷雪士〉なのは同情するわ。けれど、絶望しなかったのは良いことよ。わたしという仲間に会えたのだからね」
気落ちはしたが、死にたくはなかった。そんな後ろ向きに過ぎる理由で生きているとは、シアには語るまい。
「否定はしないでおく。さて、着いたみたいだな」
「あら、いつの間にかずいぶん様変わりしたものね」
中央区から東側の内円部に辿り着いた。特に区切りがあるわけではなかったが、豪奢な作りの家々が立ち並んでいるところを見るに、ここが中層区の中心地の一つのようだ。
道の中央を馬車がひっきりなしに駆けていく。日々を忙しく生きる人々が生活しているエリアなのだと分かる。貧乏暇なしというが、こうして成功しているであろう者たちもまた、それを維持するために休んでなどいられないのだろう。
「フォール邸ダンジョンは東の外円寄りだ。このまま大通りを行けば分かるらしい」
「冒険者らしき人もちらほらいるものね。わかるっていうのは、そういうことかしら」
発見当時、かなり大々的に発表された上、未だに攻略できていない――つまり最深部に到達し帰った者がいないダンジョンだという。レゾンに住む冒険者は元より、噂を聞いた世界中の冒険者が集まっていると、グレイブからは聞かされていた。
「サフィールは八十階から魔剣を持ち帰ったとリースが言っていたし、貴重稀少な物品は多いだろう。一攫千金を夢見る者たちの憧れだな」
「攻略したら名声もすごそうね。未踏地区なら情報だってお金になるもの」
道には物々しい恰好の冒険者が増えてきた。それに伴い、宿屋や武具を扱う商館なども増えてくる。あたりはフォール邸ダンジョンを攻略するためにレゾンの内外から集まった冒険者のための街になりつつあった。
「店の看板には、どれもフォール商会の家紋が入っているな」
「フォール商会が直接経営しているのか、委託しているのかわからないけれど、かなりのお金が動いているのは確かね。ダンジョン利権、というやつかしら」
高所に掲げられた店の看板が大樹の枝葉のように道へと張り出し、フォール商会の勢いは今、まさしく空を覆いそうなほどだ。
「一度見に来てみて正解だったかもしれないな。これだけ賑わっていれば『悪魔』の情報も集まるかもしれない」
「そうね。たしか、片方の角が折れたカプラ族の男、よね」
「ああ。分かり易い特徴だ。だから恐らく、普段から角は隠しているだろうな」
聞き込みはとりあえず後回しにし、フォール邸を一度確認しに向かってみる。中央区からだいぶ歩いては来たが、まだ見えていなかった。金持ちだろうに、随分と郊外寄りの場所に家を建てたものだ。
ダンジョン利権をここまで上手く使えるのも、フォール商会がもともと力を持った大商会だったということに起因する。
フォール家は偶然ダンジョンを掘り当てたらしい。詳細は知らないが、家の地下とダンジョンが繋がったとか。結果として今の勢いを手にしたが、そうでなくともかなりのやり手であったろうことは、この街並みを見て想像に難くない。何せ、自身のブランドでダンジョン周辺を覆い尽くそうとしているくらいだ。
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