2章-8節 内緒話結界
「戻ったら早速連絡を取ってみます。明日には何か報告できるはずです」
「助かる。また明日の朝に顔を出すよ」
「リースちゃんは仕事が早いわねー……」
「慣れですよー。レゾンでは、組合開設時から働いてますからね」
「それはいったいいつの事なんだ……」
「えーと……百年以上前なのは確かですが……そもそもオルダス王国の歴史にしてみればレゾンが成立してからまだ日が浅いですし、そんなに時間は経ってませんよ」
百年……平均的なヒト族の一生の約二倍ほどの時間。ヒトには十分すぎるほど長い時間だ。百年後の俺は間違いなく人生を終えているだろう。そんなに長くない時間、では決してない。
「それだけ長く組合にいたら、たくさん出会いがあったんじゃない?」
「そうですね。色んな人がいましたね」
シアの問いに、リースの顔に浮かんだのは、まるで郷愁。もう戻らない幸せな思い出を愛でるようなそれは、出会いとともに、多くの別離があったことを語っている。
……ここは、ヒト族の街だ。エルフが生きていく上で多くの別れは避けられない。そしてリース自身が、多くのヒトが先にいってしまい寂しいと語っていた。今も同じように大人の顔をしている。
「リースはレゾンで育った子たちの初恋の人になることが多かったわ。男も女も問わずね。本当は罪な女なのよ」
悪戯な笑みを浮かべたジリアンが厨房から出てきて言葉を加える。お盆に乗せているのはお茶か。
「私が誘惑してるわけじゃありませんもん」
「誰にでも優しくしているからよ。本当は面食いのクセに」
「別に、面食いじゃありませんー!」
「嘘仰い! 会ったばかりの美男美女を連れてきてランチなんて、露骨なのよ!」
ジリアンは俺たちを指し示す。シアは確かに美人だ。
「あらそうなの? リースちゃんさえ良ければ、わたし、今夜ベッドを空けておくわよ?」
「んもう! シアさんまで!」
かしましい連中だ。恥ずかしいのか顔を真っ赤にしているリースを、加虐趣味の二人がからかい続けている。……しかし、ジリアンは変な口調の男だな。
「ネーヴェさんんん……」
「はいはい、二人ともやめろ。特にシア、リースは大事な協力者だ。からかうのも度を過ぎるのは良くない」
舌戦には勝てず、涙目で俺に助けを求める。ここで相手の手を振り解けるほど、俺は悪い人間にはなれない。
「わたしは本気よ!」
「なおのこと悪いだろ! せめて二人の時に誘え」
「わかったわ! リースちゃん、あとで組合裏に来てちょうだい!」
組合裏ってどこだよ。何に影響されてるんだこいつは。
「もぅ……シアさんのお気持ちは嬉しいですけど……まずは、お友達から始めましょう……ね?」
高らかに宣言したシアだったが、リースにはしっかりと断られるのだった。
が――
「はい。よろしくお願いします。――じゃあ、これでわたしたちはもう友達よ、リースちゃん」
シアは、待っていたと言わんばかりにそう宣言した。それを聞いたリースは、目を白黒させ、そして困ったような、悲しいような顔をした後、やがてとても嬉しそうに、顔を赤くして、頷くのだった。
――全く、策士だな。
シアに感心しながら二人のやり取りを見守っていると、ジリアンが寄ってきた。
「ネーヴェ君」
俺の隣の席に座ったジリアンから、耳打ちのように小さな声が届く。俺の眼に違和感。
よくよく意識すると、魔眼が極小の範囲に絞られた何らかの領域……いや、結界のようなものを捉える。正面に座っている二人の声が急に遠くなり、どうやらジリアンが正面の二人には声が届かないようにしているらしいと知る。
入店前のシアの呟きは、これを察知していたのか。ジリアンのスキルなのだろう。
「あたしからの頼み、聞いてくれる?」
「……内容に因る」
「じゃあ聞いて。……リースは年齢だけは重ねているけど、エルフ族はあたし達ヒト族ほど精神の成長は早くないの。あの子は強い子だけど、もうとてもとても永い時間、無理を続けている。それはどうしようもないことだけど――――だからこそ、君たち、友達二人でこの子の心を支えてあげて。本当のリースは見た目通りの、少女の心しか持ち得ていないのよ」
ヒト族の心は、大抵は身体と共に成長する。
だが、身体の成長――あるいは老化が、極端に遅いエルフに関しては、どうか。
そう考えると、ジリアンの言には一理ある。リースと話していても百年を生きた長老と話すような重苦しさはない。雰囲気としては同世代にしか思えない。それはリースの性格に依るところもあるとは思うが、エルフの精神性という観点も無視はできないだろう。
「……あんたもリースの友達だろう?」
目線は動かさずに問う。俺が友達かどうかはさておくとして。
「あたしみたいなおっさんじゃ意味がないのよ。さっき、リースは面食いと言ったけど、実は違う。この子は無意識に自分の心に近い年代の知り合い――友達を作りたがっているように思うの」
リースが俺やシアのことをよく見ていてくれているのはわかる。憎からず思ってくれていることも知っている。
「だから、あたしからの頼みは三つ。ただ気をつけてあげて。リースがこれ以上無理しそうなら止めて。そして、この子の心を支えてあげて。ヒト族の中で暮らすエルフって、心を病んで命を断ってしまう子も少なくないのよ……」
「……わかった」
リースに自死されたら、寝覚めが悪いなんてものじゃない。できるだけ気にかけておこう。
「しかしあんた、エルフに詳しいな」
「まあね。昔、エルフの……友達が、いたのよ」
過去形で語る口。伏せられた目元。それだけで、ジリアンの友達がどうなったのか分かってしまい、俺はただ、そうか、と返すしかなかった。
ジリアンは首を振る。その様子は悲しげではあるが、悲嘆に暮れるようなものではない。本当は泣いていたいのに、悲しんでばかりもいられないと、無理やりに自分を納得させてきた大人の姿だ。
「……あんた、一体いくつなんだ?」
その様子に、つい口から疑問が漏れていた。
ジリアンは、自分をおっさんと言う割には、化粧をしたり、洒脱な格好をしたりと、若く見える上に、何やら口調もおかしい。上塗りされた個性が、本体を隠しているような気さえしてくる。
都会ではこんな人がたくさんいるのだろうか。
「言えないわ。そういうのは、あたしみたいなのに聞いちゃダメ」
「そういうものなのか……」
ジリアンみたいな人に出会ったことがないが、そう言うなら気をつけておくか。
別に注意されたわけでもなく、なんならただ誤魔化されただけだろうが、敢えて聞かなければならない情報でもなし。
頼みの件はあとでシアにも話しておこう。
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