2章-7節 陽気なランチタイム②
「いらっしゃい、リース」
「こんにちは、ジリアンさん」
浅黒く彫りの深い顔立ちに短く刈った空色の髪。長い睫毛に、涼し気な目元は化粧によるものか。胸元まではだけた白いシャツは男の癖に妙な色気を放っている。
「そちらがお連れさん?」
「はい。ネーヴェさんと、シアさんです」
「ネーヴェ・サタールンタだ」
「ネアルクロミシアよ。よろしく」
「ジリアン・スカイスターサウンド。是非覚えておいて頂戴」
身長は俺よりも低いが、細身で手足が長い。武器を振り回すような実用的な身体ではないが、全体的に均整の取れたやけに美しい男だった。
「適当に座って。ランチを用意するから」
言われるがまま、大樹のそばにあるテーブルに三人で腰掛ける。
「ここ、すごい店構えね」
「元の家主の意向みたいですね。年月を重ねたものには意思が宿るという思いから、伐採はしなかったそうです」
それに伐採費用もタダではありませんから。リースは苦笑しながら、きっとそっちが本音だろうと語った。
そう、金は大事だ。
俺たちも今、大金が必要になったのだ。そしてそれを得るために俺たちが出来ることと言ったら、冒険者組合の依頼を受けるくらいしかない。リースには相談したいことがある。
……とはいえ、昼食を前にそんな話をするほど俺も無粋ではない。隣り合って座った女子二人は楽しそうに話しているし、割って入るのも気が引ける。
「……ここはどこか懐かしい感じがするんです。わたしがエルフで、大樹の近くにいるせいかもしれませんが」
エルフという種族は大半はこの世のどこかにある大森林に住んでいるという話は読んだことがある。ヒトの暮らしとは異なる独自の文化を持っているらしいが、詳しいことはほとんど知られていない。
リースのように人里に出てきている者の多くは二世か三世で、既にエルフとしての暮らしを知らない世代なのだとか。
「故郷のにおいってやつかしらね」
「そうかもしれませんね」
シアは魔族。
彼女が故郷を感じる光景とはどんなものなのか、俺には想像もできない。俺のように人里離れた村で、永い間ひっそり生きてきたのだろうか。
「リースちゃん、ここの店主とは知り合いなのね。なんだか奇抜な感じの人」
ひとしきり店内を眺め見たあと、シアが再び口を開く。
「はい。ジリアンさんは、元々組合酒場の料理人でしたから。独立して、ここを立ち上げたんですよ。あの人は、昔からあんな感じでした」
「ちょっとリース、軽々に人の過去を大っぴらにするのはよしなさい。あんた、ただでさえ他人より色んなこと知ってるんだから」
「ありゃ、聞かれちゃいましたか」
ジリアンが皿を持って現れる。随分手早く準備したものだ。リースの予約のおかげだろう。
「はい、お待ちどうさま。……リース、時間は大丈夫?」
「平気ですよ」
「そう。じゃ、お友達もごゆっくり」
軽く片目を閉じて言い残し、ジリアンは再び厨房へ消えた。
テーブルには大皿が三枚。一枚の大皿に炒めた麺や海の幸と葉物のサラダ、湯気を上げる肉などが綺麗に配置されており、三枚とも同じメニューだ。色とりどりの料理たちは見た目からして美味そうだった。
「一応聞くが、一人一皿だよな」
「はい。みんな同じメニューを予約しました」
「だ、そうだ」
「なぜわたしに言うのかしら」
「さあな」
念のためだ。
「ところでネーヴェさん、午前中に新しい刀を買われたんですか? 見たところ、かなりの業物ですけど」
立てかけた太刀を見てリースが問う。
目利きだな、鞘だけ見て分かるとは。
「これは借り物だ。市場でガウフという職人に会って、とりあえず二週間借りれることになった」
「ガウフって……まさか、ガウフ・アルバ・ランドですか?」
何か、冗談でも口にしているような調子でリースは問う。まるで、あり得ないとでも言うようだ。
あの男、有名な鍛冶師だったのか。確かに食器から武器から盾、鎧まで逸品ぞろいだった。
「ああ。そのガウフだ。よく分かったな」
とりあえずリースの言は肯定しておく。嘘をつく理由は全くない。
「えぇ!? 伝説の鍛冶師ですよ! まさかレゾンに来てるなんて……!」
と、立ち上がりながらリース。どうやら相当な大物だったらしい。
「確かに、ただならぬ雰囲気はあったわ。これを持ち逃げするって冗談で言ってみたら嵐みたいな殺気に晒されたし」
「まず、冗談は人を選べよ……」
シアが宝玉の付いた短杖を取り出すと、思い返されて心胆が冷える。鍛冶師であるはずなのに、冒険者の俺などとはきっと天と地ほどの実力差があるのだろう。
「シアさんの杖まで……お二人にはいつも驚かされます……」
「悪いな、心臓に悪い新人で」
「本当です。もう少し穏やかに生活してみてもいいと思いますよ」
笑いながらリースは言う。俺はこれでも穏やかな生活を求めているつもりなのだがな。
「ですが、ガウフ氏の武具は市場では百万ディナルを下りません。その……お金は、あるんですか?」
ひゃくっ……まんっ……!?
勝手に目が見開かれた。グレイブの宿なら余裕で五十年以上泊まれる計算になる、凄まじい金額だ。冒険者になる前だったら、俺が一生をかけても稼げない金額だったに違いない。
百万ディナルあれば、何ができるか。最早働く意味を見出せなくなり、一生を穏やかに過ごすことになるんじゃないだろう。――と、現実逃避していると、シアが俺の目の前で手を振っていることに気付く。
「あ、帰って来たわ」
意識が遠くに行っていた。
「……すまない。あまりの衝撃でな」
二人に笑われる。
「俺たちがガウフに要求されたのは、一人二十万ディナル。二人で四十万を二週間以内に、だな。……つまり、何とか手に入れて売りさばけば百六十万の儲けになるな……」
「えー、わたしは売らないわよ」
「分かってる。俺も売るつもりはない。ただの計算だ」
「本当かしら……」
心惹かれるのは確かだが、転売目的がバレたらまずあの男は打ってくれないだろう。
「二十万でも随分な金額ですけどね。それも二週間以内。あてはあるんですか?」
「やはり、組合ではそこまで稼げないか」
「どの分野でも八階梯くらいはないと厳しいと思います。運良く――いえ、運悪く、厄種に会えばまた話は違うでしょうけど……」
心配だから探すようなことはやめてほしい。リースの目はそう語る。俺としてもガロ厄種のような魔物との戦闘を繰り返すつもりはない。危険すぎる。
「実は金を稼ぐためにリースに相談があったんだ。俺はレゾンに来る途中、サフィール・ワンダラーとアーク・フォールに会った」
それを思い出したのは今朝のこと。
解いていなかった旅行用の荷物から、山で拾った誰かの遺品である小箱を見つけて、道中のことを思い返すうちに、草原の火事――例の『野焼き』のことを思い出したのだ。サフィールは自分に会いに来いと言っていたはずだ。
「アークさんに、サフィールさんですか。サフィールさんは先日お会いした組合医師のランスさんのご長女で、探索系九階梯の冒険者ですし、アークさんはこの街に本拠を構えるフォール商会の御令嬢です。レゾンでは知らない人がいないほど、異なる意味で力を持った二人ですよ」
「ああ。俺もサフィールの魔剣から放たれた魔法を目の当たりにした。正直、今思い返しても寒気がする」
探索系九階梯ともなると、ダンジョンの奥深くまで潜ることも多いのだろう。実力は俺の目では測り切れない。
それに、魔力を貪欲に喰らうあの蒼の魔剣。見た目の美しさとは裏腹に、怖気を誘うほどの力を秘めた剣。
「はい。あの魔剣はフォール邸ダンジョンの八十階層から持ち帰ったものだと聞いています。現人類の及びつかない技術によって鍛造された、神造兵装だと言われていますね」
「そのアークとサフィールに会いに行ってみようと思う。サフィールは会いに来いとも言っていたから、上手い儲け話も見つかるかもしれない」
「なんだか甘い考えね。信用してもらえるかしら」
「言うな、分かってる……」
シアの言葉は正しい。二人に会えたところで、俺のことをサフィールが覚えているかも怪しいし、アークに至っては気絶していたせいで俺を知らない。そんな者に便宜を図るかどうか……甚だ疑問だ。
「それしか手がないということでしょうね。お二人の実力です。コツコツと依頼をこなせば決して貯めれない額ではありませんが、時間もありませんしね……」
駆け出しの俺たちにとって、四十万ディナルを二週間で稼ぎ出すのはあまりに無謀な挑戦だ。搦め手を使う他ない。
そして、そうするだけの価値があると、リースも認めているのだろう。
「わかりました。任せてください、私が必ずお二人に引き合わせましょう」
「ありがとうリース、恩に着る……!」
リースに話して良かった。正直なところ期待はしていたが、快く仲介してくれるとは思っていなかった。……相手は大物。底辺と言って差し支えない俺たちが気軽に会いに行ける者達ではない。
無理を言うつもりはなかったが、打算があった。共に食事をするのに抵抗がないくらいには親しい仲になれたからこそ、それを利用しようとしてしまう自分の考えが醜く思える。
「――ネーヴェさんには血流紋登録のお礼がありますからね。お安い御用ですよ」
ふふん、と得意気な顔。だが、それは俺の心情に気を遣い、慎重に選ばれた態度であると分かる。人の心の機微に敏感で、優しい少女――ではないか。優しい人だった。
もし面白いと思っていただけたら、評価・感想・ブックマークをお願いいたします。




