2章-7節 陽気なランチタイム①
レゾンの中心地には時計塔があり、周辺は円形の広場となっている。このあたりは馬車の往来が制限されており、多くの人や屋台で賑わっている。周辺には飲食店が多く立ち並び、中には貴族もお忍びで訪れる名店があるとか――とは全てグレイブの受け売りだ。
そんな人が溢れる広場、時計塔の真下でリースは俺たちを待っていた。
約束の時間より少しだけ早い。冒険者組合からは散歩程度の距離だ、彼女も早めにやって来たのだろう。
「こんにちは、ネーヴェさん、シアさん」
「こんにちは、リースちゃん」
リースは挨拶を欠かさない。
相当の年月を重ねてきている筈だが、横柄なところは全くなく、常に丁寧な物腰だ。リースより遥かに若かったであろう村の長老連中が偉そうにしていたのを思い返すと、今更ながら少し滑稽だ。まぁ、エルフ族とヒト族とでは、精神構造が異なるのかもしれないが……。
「リース、お疲れ様。悪いな、仕事中なのに」
「いえ、お昼休みですから。誘って貰えて嬉しいです」
人好きのする笑みを返すリース。相変わらず、春のような柔らかい空気を纏っている。
昼食に誘ったのはシアだ。美味しい昼飯の食べれる店を教えてもらう、という口実で今朝リースを誘い出した。業務再開の時間までに組合へ戻る、という条件は付いたがリースは快諾した。
「昼食はいつも組合の食堂ですから、外に出て食べるのは新鮮ですね」
「それは良かった。シアの押し売りめいた誘いに負けただけだったらどうしようかと」
「最近は誰も誘ってくれないんですよね。時間制限付きが良くないのかもしれませんが……」
後ろで俺の頭を引っ叩いてるシアは無視しながら、リースの言葉に耳を傾ける。困ったように笑う彼女は少しだけ寂しそうだ。彼女が相手にするのは冒険者。彼等は今の俺たちのように時間に余裕がある者ばかりだろうが、リースが組合内で日々多くの仕事を抱えていることは想像に難くない。自ずと時間が限られてしまうと、誘う手も伸びにくいか。
「なら、わたしとネーヴが誘うわよ。ネーヴが奢るから」
「あ、いいんですか? ごちそうさまです、ネーヴェさん」
シアの冗句にリースが便乗する。本当に、あっという間に打ち解けたなこいつら。
「駆け出し冒険者にたかるなよ。リースはともかく、シアの食費は賄えない」
「好きな言葉は『食べ放題』よ」
「なんだその自己紹介は。おまえも女の端くれなら食い気より色気でも出しておけ」
「いやねネーヴ。わたしに色気が不足してるとでも?」
往来で胸を持ち上げるな胸を。変態かおまえは。
ヒト族の田舎者水準から見ると、シアは、そしてリースも、とてつもない美女といっても過言ではない。時折目のやり場に困ってしまうほど、それを意識する瞬間がある。
「色気よりもまずは良識だな。リースを見習え」
そんな想いは凍結させる。凍らせるのは得意だ。そして心の裡に押し込んでおいた。
リースは弾むような足取りで俺たちの一歩先を歩いていた。見よシア、これが美少女の基本動作だ。……などとは言えないが。
「リースちゃんは可愛い、わたしは美しい。オッケイ?」
オッケイ? じゃねーよ。何言ってんのこいつ。
愉快そうに笑いながらリースに並ぶシアに、呆れた息を一つ。
……などと、表面上は取り繕いながら、胸の裡では別に想うことがある。
シアは、自分の実力と容姿に自信があるのだろう。俺にはそれが、少しだけ、羨ましい。
俺は、自信を持てるようになる最後の機会に、既に敗れていた。あの、朽ちた教会で。
敗北から始まった旅、そして今の生活。そこに付き纏うのは〈最弱〉としての自分だ。
神より託された力が覆ることはない。生きている限り、俺は〈氷雪士〉としての自分と向き合い続けなければならない。
自信とは程遠い現実に時折嫌気が差す。違った未来に想いを馳せる夜がいくつもあった。
考えないようにしても間隙を埋めるようにやって来る、あるいは衝動とも言える思考に囚われてしまう。
「ネーヴェさん、ここですよ。……ネーヴェさん? どうされました?」
「――何がだ?」
リースの声で負の思考が停止。陰気な物思いを振り払う。今考えるべきことではない。
「……? 気のせいでしょうか」
声を掛けられるまで気づかなかったが、どうやら到着していたらしい。
首を傾げるリースには応えず、店構えを眺める。広場から少しだけ離れた路地の先、細い通路が交差するその角に、その店はあった。壁の半ばまで蔦に侵食され、天井から太い幹が突き出ている。
どうやらこの店が大樹を取り込んでいるようだ。
そんな独特の作りのせいか、昼時ではあったが、この一角だけはまるで切り取られたかのように静かで、落ち着いている。繁盛していないといったら失礼かもしれないが、窓からは他の客も見受けられない。
「……結界?」
シアの呟きを、俺は聞き逃さなかった。
結界とは何か。視線を投げると、しかし首を振る。確証がないのか、話す気がないのか。
いずれにしても危険はないと判断したのだろう。ならば良い。
「入りましょう、三人で予約は取ってありますよ」
先導したリースに続き、シア、そして俺が入店した。
静かな店内に、ベルが控えめに響く。
見渡せば、大樹の幹が空間に押し込まれており、店内はあまり広くない。ただ、大樹の直上からは陽光が注いでいる様は、まるで物語で読んだエルフの住まいのようだ。実際、そのエルフ族であるリースが立つとそれだけで完成された絵画になる。
――それとは別に雨の日や落ち葉の掃除なんかは大変そうだなと益体もなく思う。
席はカウンターと二つのテーブルのみの店。
店内の奥まったテーブルには一人の男が腰掛けている。
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