2章-6節 鍛冶師との出会い②
「あんた、鍛冶師なのか?」
「左様」
「食器以外は作れるのか?」
俺の質問に、鍛冶師の目が鋭くなる。この男が食器作りに並々ならぬ情熱と誇りを持っていたのなら、気分を害したことだろう。俺の腕の倍以上もある豪腕をいきなり振るわれたら、さすがに無事では済まないのではないか。
――だが、どうやら男は食器に人生を捧げたわけではなかったようだ。
「……作れる。何を望む」
視線の鋭さは並んだナイフの比にならない。胸を裂き、その先にある何かを見定めようとしているかのようですらある。
「魔物を解体するための短刀だ。できるだけ、丈夫なやつがいい」
「ちょ、ちょっとネーヴ……!」
止めるつもりか、銀のフォークをまじまじ見ていたシアが慌てた声を上げる。俺はその声を敢えて黙殺し、店主に視線を合わせ続けた。……なんとなく、目を逸らしてはいけない気がした。
「いいだろう。二十万ディナル、即金だ」
「にじゅッ……!?」
思わず声を漏らしたのは俺ではない。横にいるシアだ。この金欠女にとっては目が飛び出るほどの金額だろう。……いや、俺にとっても簡単に出せる金額では無い。というか、今朝手に入れた金を含めた全財産を叩いても、まだ全然及ばない。
二十万ディナル――計算するとグレイブの宿にざっと十年以上は泊まれるほどの金額になる。
「それだけの価値がある、ということだな?」
「儂の打つ刃は、毀れず、折れず、鈍らず。斬りたいものを斬り、裂かぬものは裂かぬ」
「……嘘ではないと思うわ。この縁の模様、ただの綺麗な打刻かと思ったけれど、よく見たら魔導紋よ。教えてあげようとしたのに、どんどん話を進めるのね」
さっき呼び止めたのはそれか。
魔導紋……俺が貰った〈石紋師〉作の腕輪に刻まれたものも同じく魔導紋だが、これは今のところ何の効果も発揮していない。魔眼で確認しても微々たる魔力しかなかった。
ではと、改めて魔力視の魔眼を発動する。シアの言う通り、男の魔導紋は明らかに何らかの力を宿している。効果までは不明だが、強い魔力が込められていることが分かる。
「わたしにも何が刻まれているか判別できないわ。巧妙に暗号化されてる。……恐ろしく高い技術よ」
耳打ちの声が微かに震えていた。
シアをして、そこまで言わしめるのだから、尋常の物ではないだろう。男に目をやると、口の端を僅かに上げていた。その不器用な笑みは価値を理解した俺たちを称えているようにも見えた。
恐らく、認めてもらえたのだろう。店主の顔から、若干ではあるが険が落ちたようにも見える。
「武器の実物は見れるか?」
「儂の刃を、この往来で出すことはできぬ。が、仮住まいがこの先にある。ついて参れ」
俺たちの返事を聞く間も無く、手早く食器類を片付けてしまう。屋台を畳むまで、あっという間だった。
歩き出されてしまうと、ついていかない訳にもいかない。俺よりも頭一つ長身の広い背を追って路地へ入り込み、ややもすると鍛冶師は石造りの古びた家屋の前で立ち止まった。
「ここだ」
歩き出してから今も、一度も振り返っていない。俺たちがついてきていることに確信があるのだろう。
家の中は埃っぽい空気が満ちていた。使われなくなって久しいようだ。このあたりの民家の多くは軒を連ねている関係上、空き家になっても取り壊したりしないのだろう。
鍛冶師は扉の奥へと進んでいく。その先は構造的に台所だろうか。
まさかもてなしのお茶が出てくる訳もないだろう。後に続く。
「これは……」
そして、言葉を失った。
壁に掛けられた武具の数々は、室内灯のぼんやりとした光を鋭く反射し煌めいている。
短剣、小剣、片手剣、大剣……刀に槍、投槍、斧や剣斧……小物から長物まで、種々も様々な武器。そして全身鎧が、こちらを取り囲むように並んでいた。盾にも片手用や人一人が容易に隠れるような巨大なものまである。
――どれをとっても一級品。輝きを見ればすぐにわかった。
「どれでも好きなものを手に取ると良い」
恐る恐る手を伸ばす。触れただけで切れそうな刃には、やはり精緻な魔導紋が刻み込まれている。
「凄いわね……わたしもほしいくらい」
シアは短杖を見ていた。軸は木材のようだが、柄頭と宝玉の接続には金属が使われている。仕事が細かすぎる。この鍛冶師はそんな芸当も可能なのかと思うと、総毛立つ思いだった。俺のようにただ凍らせるだけとは能が違いすぎる。
「ぬしは、魔導士か」
「ああ。〈最弱〉だがな。剣も多少使えるが、ここにある武具に見合った技はない」
この中から解体用の短刀を選ぶなど、贅沢に過ぎる。ここで選ぶのであれば、主力の武器しかない。
「ぬしの獲物はその刀か?」
「他に持っていないだけだ」
家から持ち出した護身刀。腰に差しているが、一般的な刀に比べると刃渡りは短い。扱い易いといえば聞こえは良いが、突出した攻撃性能はない。唯一誇れるのは、鞘と柄の造形。黒銀を基調に、銀の蔦が複雑な山嶺を描いている。その材質は不明だが、金属製であることは確か。美術品としての価値はあるかもしれない。
「見せてみよ」
「ああ」
素直に差し出す。
この刀はサタールンタ家に代々伝わる代物だ。本たちと共に大切に仕舞われていたもので、本来なら戦闘に持ち出すべきものではないのだが、代わりがなかったので仕方ない。
幸いにして刃毀れは見られないが、いつかはちゃんとした主力武器を用意しなければならないと思っていた。
「――これは良い刀だ。だが、戦には向かぬ。ぬしが今求めるべきは、太刀であろうな」
俺の内心を読んだかのような言葉。分かっていた事ではあったが、鍛冶師に言われてしまうと目的を変えざるを得ない。
「太刀でも同じ値段か?」
「無論。――今のぬしならば、これが良かろう」
安くはないが、剥ぎ取り用の短剣と主力武器が同じ品質で同じ値段ならば、主力を取る。商売っ気がないとも思ったが……頭を振る。そもそも二十万ディナルが高すぎるのだ。
俺が現実逃避から戻ったタイミングで、鍛冶師は壁に掛けられた武具のうち、鞘に収められた太刀を取り、無造作に投げて渡してきた。まさか取り落とす訳にもいかず、思わず受け取った。
「そうさな……二週間後、それを返してもらう。その時に金が用意できていれば、ぬしの望むものを打とう。できなければ、それまでよ」
この街を出て、二度と会わない。
言外にそう言われている気がした。この民家も仮住まいと言っていた。レゾンに長居するつもりはないのだろう。
「ねぇそれ、わたしも挑戦してもいいかしら?」
「良かろう。ならばその短杖を貸そう。二週間で、合わせて四十万ディナル、用立てよ」
「この杖、持ち逃げするかもしれないわよ?」
「…………己が命を、そのようなつまらぬ事で散らすものではない」
凶風に身が竦んだ。心臓が一度停止し、蘇生する。
眼前に闇が現出したかのような錯覚。
風など無かった。風と感じたのは刃のように研ぎ澄まされた殺意だ。意識とは別に、身体が死を覚悟している。総毛立つとはこのことかと思い知らされるようだ。冷や汗が滲み出る。
「いやね。冗談よ。そこまで堕ちていないわ」
シアは涼しい顔をしている。
とても自分ちのものを盗んで売った女のセリフとは思えないがそれはいい。
二週間後、この借り物を返さずに奪ったとしたら、待っているのはこの得体の知れぬ鍛冶師との殺し合いだということが身に染みて分かった。
仮に盗みを咎める倫理観を置き去りにしたとして、その後どこでどう襲ってくるかも分からない相手に一生怯え続ける訳にもいかない。……あるいは、怯える間も無く葬られるか。
この男は只者ではない。
「……名前を、聞かせてくれ」
「ガウフ・アルバ・ランド。ぬしらは」
「俺はネーヴェ・サタールンタ。こっちはネアルクロミシアだ」
「わたしの名前、しっかり覚えていたのね。嬉しいわ」
仲間の名前をそう簡単に忘れるものか。
「ネーヴェとネアルクロミシアか。あいわかった」
互いの自己紹介が済んだところで、さっさと追い出されてしまった。
ガウフにも仕事があるのだという。
「――お試しで使ってみて、気に入ったら打ってもらうってことでいいのかしら」
再び通りに出て歩く。
「金を用意するということは、価値を認めるということだからな」
「あとで貸出料とか取る、なんてことないわよね」
「そんな詐欺紛いなことをする男には見えなかったが……」
人は見かけに因らないというが、ガウフに関しては内面が強く外面に出ているように思う。根っからの職人であり、自らの仕事に誇りを持っている男だろう。
ただシアもシアで詐欺で所持金を失ったというし、一応警戒しているのか。
「何にせよ、借り受けたものは有り難く使わせてもらうとしよう。二週間で四十万ディナル……今は全然足りないな。明日からはまた依頼かダンジョン探索だな」
「そうね。だけど、魔法の特訓も忘れてはダメよ。と――それはそれとして、そろそろリースちゃんとの約束の時間ね。広場に向かいましょう」
「ああ」
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