2章-6節 鍛冶師との出会い①
「思った以上に大儲けね」
「そうだな。だが、シアは宿代くらいは残しておけよ」
「もう、何度も言われなくたってわかってるわよ」
小言に聞こえるのか、うんざり顔だ。しかし無一文になるような奴には母親並みに小煩く注意してやらなければならない。まして俺たちはパーティを組んだ仲間なのだから。相棒の生活の破綻が致命的になっては堪らない。
冒険者組合を出た俺たちは、冒険者組合付近の街の中心地を散策していた。日中の大通りには馬車や人が溢れ、活気付いている。
「しかし、実家を出るときにいくらか無心できなかったのか?」
「完全に家出だもの。家のその辺にあった金目の物を頂いたくらいよ」
事もなげに言うが、とんでもないことをする女だ。
「それが路銀で尽きたなら、仕方ないが……」
「いいえ、大半は詐欺で。あとは食費で尽きたの」
堂々と言い放つ。こいつの頭と胃袋はどうなっているのだろう。
もちろん詐欺はやる方が悪い。だが、その後に食費を抑える、という発想はなかった、……のだろうな。
「リースちゃんとお昼の約束もしたから、午前中の散策は中心地のお店を見て回りましょう。ネーヴだって装備品とか見る物あるでしょう?」
「まぁ確かに……解体に使う短刀がもうボロボロだな」
村を出てからの旅の中で満足に手入れもできないまま使い潰してしまった。他にも魔物の討伐やダンジョン攻略に役立つものがあれば購入したいところだ。予想以上の収入があったことだしな。
「じゃあまずは武器を売ってるお店ね」
「シアの用事はいいのか?」
「わたしはネーヴのついででいいわ」
別に買うものもないし、などと言いながら屋台の匂いに誘い込まれていく。
なにこいつ、食欲だけで生きてるの?
「リースとの昼飯まで我慢しろ。空腹の方が美味いだろ」
「ぐぅっ……そうね……そうするわ……」
腕を掴んで引き戻す。離すと食い物に向かって飛んでいきそうだ。
……だが結局、俺は食欲に負け続けるシアを引き摺りながら店を見て回るはめになった。太陽が高く昇り、秋の涼やかな日差しの中、散歩や買い物に出る人々も多くいる。そんな中で屋台に吸い込まれそうになる角の生えた女を引っ張りながら武器屋を巡っている田舎くさい男は、目を引く程度には奇異な光景だったろう。悪目立ちはしたくないものだ。
「――解体用の短刀、ね……」
「ああ。小ぶりで嵩張らない物がいいんだが」
そうして何軒か店舗を巡ったが、そもそも取り扱いが少なく、尋ねてもこんな反応だ。どうもダンジョンの魔物を魔石の原料と思っているようで、素材として扱うという意識が希薄のようだ。だからこそ、魔物の素材の買取額が高いのかも知れないが。
「普通の短刀じゃダメなのかい? ほら、これなんて切れ味抜群だよ」
「切れ味は良さそうだが、刃が薄すぎる。これじゃあ太い骨は断てないし、すぐに毀れる。解体には向かないな」
「うーん……だけど、死んだら部位のほとんどが魔石になるやつを解体するためだけの道具なんて、そうそう必要ないだろう。そんなに言うなら肉屋の親父から鋸でも貰ったらどうだ」
などと、この商店の店主は言い放った。この数時間で何度か聞いた言葉だ。わざわざ反論する気にもならないので、俺からの信用だけ下げて立ち去る。
「なかなか見つからないわね。さっきから酷いしかめっ面だけど、彼らの言うことって何か間違っているの?」
「昨日ガロで試したが、魔石化の法則はうちの山の獣と変わらなかった」
そんなに顔に出ていたのか。努めて表情を平静に保ち、シアに向き直る。
「ふん? というと?」
「元はうちの爺さんから聞いたんだがな。山の獣は命が尽きたとき、自身の体を魔力に分解し、情報として自分自身の心臓に保管する。そうしてできるのが魔石だって。逆に言えば、心臓さえ破壊してしまえば、魔石にはならず素材も回収できるというわけだ。で、この法則がガロにも当てはまった」
「……へぇ、初めて知ったわ。いつも魔石が落ちるなぁとは思っていたけれど。そもそも、魔物の心臓の位置をよく知らないけど、そういう解剖学的なこと、ネーヴは詳しいの?」
「いや。昨日のガロは何度も試してやっと見つけた」
「ああ! あなた、ガロを凍らせて身動きを奪ったあとにバラバラにするから、よっぽど嫌いになったのか、猟奇性に目覚めたのかと思ったわ」
得心がいったように手を打つ。シアの中で、俺への印象が危うい方向に傾いていたらしい。話せてよかった。
とはいえ、俺が必死で戦っている中、笑顔でガロを焼き殺していたシアも、それはそれでどうかと思う。……なんてことは、言わないでおこう。
「ただ、キング――ではなく、厄種ガロのスキルがないと、奴らはあまり生命力がないみたいだな。腕や脚を落としただけで魔石になるから、数が必要だった」
そのせいで全身血塗れになって、食事の後に装備を浴場で洗濯していたら白い目で見られてしまったのは余談か。
やっと掴んだ心臓の位置はガロの身体の中心。そこに氷刃を撃ち込むとガロは即死し、ほぼ全身を回収できた。
「ただ、世界中全ての魔物に当てはまるかは謎だ。うちの山のは魔物ではなく、『狼』や『熊』だったしな」
「魔物って、まだまだ謎が多いみたいね。ネーヴ先生の学説を組合に話してみたら?」
「得意顔で披露して、リースに『知ってます』なんて言われてみろ。俺はもう立ち直れない」
「あはは! それはそうねっ!」
そんな話をしながら街道を歩いていると、立ち並ぶ屋台の中で、銀食器売りの男が目に入った。やけに筋骨隆々で、厳めしい顔をしている。その初老の男は、見るからに職人といった風情で、客商売が向いているようにはとても思えない。事実、仏頂面のまま地面に視線を投げているだけで、呼び込みもしない。
晩秋の陽光を眩しく照り返す磨き抜かれた食器類を前に座る、大柄な男の姿。それはこの場には不釣り合いに過ぎて、客が寄り付いていない。周りの屋台が割と盛況なせいで、その異質さが際立っていた。
「そこを見てもいいか」
「食器? いいけど、興味あるの?」
「少しな」
俺たちが前に立っても一瞥もない。売り物ではないのだろうか。
「見せてもらってもいいか?」
尋ねると、男は初めて顔を上げて頷いた。
広げて並べられたフォークやナイフ、皿などは鏡の如く。更に持ち手や縁に精緻な装飾が施されている。それら食器には覗き込む俺とシアの顔が映っている。鑑定の魔眼が発動するが品質が非常に高いことしか分からない。まだスキルレベルか俺の知識が足りないのだろう。
「全て一点物だ。気に入ったら買ってくれ」
店主が初めて営業らしいことを言う。その声は、しゃがれてはいるが意思の強そうな響きがある。
「これはあんたが作ったのか?」
「そうだ」
「綺麗ね。触ってもいいのかしら?」
「構わん」
本当に良いのか判断がつかないほど、仏頂面の店主は表情を変えないまま。
遠慮がちに手を伸ばすが、別段注意されたりもせず、少しだけ息を吐く。気難しい男なのか、周囲の空気がやけに緊張している。
二人で銀の食器を眺め見る。曇りの無い銀の輝き。食器への造詣が深いわけでは無いが、間違いなく良いものだというのは分かる。
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