2章-4節 戦利品の買い取り②
外の空気は思った以上に冷たい。
頬を撫でる風は冬の訪れが間近に迫っていることを感じさせる。
「うぅ……日に日に寒くなるわね……」
「シアは寒いのが苦手か?」
「暖かい、南国に住みたいわね……」
透き通るくらい白い肌だ。日差しの強い地方では結局苦労しそうな気がする。俺の故郷の皆も肌はかなり白い方だったから、日が差す時期の雪焼けに悩まされる人は多かった。かく言う俺もその一人だ。
「単純に、厚着したらどうだ?」
「今から厚着していたら、本格的な冬が来たときに耐え切れないかもしれないじゃない」
「そのときはもっと着るしかないだろ……」
冬の寒さを気の持ちようで乗り切ろうとしている……。
ただでさえ、シアは薄着だ。外套の類は身に付けておらず、細い肩が露わになっている。唯一の防寒具は、今身体に巻きつけているふわふわした何かの毛皮くらいだ。脚は長いブーツに覆われているが、防寒の意図は無さそうだし。
「ま、あまり身体を冷やすなよ。体調を崩したら俺が困る」
シアの宿代まで稼いでやらなくてはならなくなる。
「そもそもネーヴも、あんなに寒い魔法ばかり使うのはどうかと思うわ」
「無茶を言うな、〈氷雪士〉だぞ」
他にどうしろと言うんだ。
「じゃあ、少しでも他系統の魔法を修得なさい。仲間として、わたしが面倒を見るわ」
「有り難いが、いまいち感謝し切れないな……」
そもそも、魔法というものは生まれながらの才覚に因るところが大きいと聞いたことがある。本来は一つの系統でも修められれば幸運で、魔導系の神託ジョブを得られれば二系統を修められる、という代物だ。
その点でいうと、複合多重系統を修得しているシアはかなりおかしい。規格外にも程がある。いくら魔族にしたって、そこまでの力はない筈だ。あれば戦争でヒト族に負けたりしない。
シアは、俺がいつか読んだ物語の中の〈賢者〉や〈勇者〉……あるいは黄昏を招く者の王――〈魔王〉クラスの存在だといえる。
「明日、どこでもいいからダンジョンに潜ったら特訓よ。大丈夫だいじょうぶ、痛くしないわ」
「何するつもりだよ……」
そんな話をしながら、冒険者組合に到着した。朝一は避けたからだろう、大半の冒険者たちは既に各々出発しており、残っているパーティは酒場のスペースで打ち合わせ中のようだ。
「おはようございます! ネーヴェさん、シアさん」
いつものように、リースが声をかけてくれる。ニコニコとした、これから冬を迎えるのが嘘のような、春の陽だまりのように温かな笑みだ。
「おはよう、リースちゃん。今日も可愛いわねー」
シアがリースの頭を撫でているが、その少女のようなエルフはおまえより相当年上だぞ。……たぶん。
いずれにせよ、女性に年齢を聞くのは野暮なので黙っておこう。別に知らなくてもいいことだし、余計なトラブルは避けるべきだ。
「おはよう、リース。昨日預けた荷物はあるか? 中身を買い取ってほしいんだが」
シアに撫でられてくすぐったそうにしていたリースがこちらに向き直る。
「はい、こちらに。ちょっと量が多そうですので、買取は解体場でやりましょう」
「ここには解体場まであるのか……」
「搬入の関係で敷地の裏側にあるのですが、最近は大物の持ち込みもありませんし、そういう作業が得意なジョブやスキルを持った方に業務委託しようかとも話してますよ。職人組合がそういった方たちをまとめているので」
組合内を先導しながら説明するリースについて行く。扉を幾つかくぐると、裏庭とも運動場ともつかない空間に出た。高い壁に四方を囲まれているが、天井はない。壁の一角は巨大な門になっており、リースの言う『大物』はこちらから搬入するのだろう。
「ネーヴェさん、荷物を広げてもらってもいいですか?」
巨大な敷布を舗装された地面に広げたリースが言う。
「分かった。シアも自分のを出してくれ」
「はーい」
背嚢を開けると冷え冷えとした空気が頬を掠めた。持ち上げて外気に晒しても、雫も垂らさず、ただ冷気を放つのみだ。この氷は俺が冷気を払わない限り、並大抵のことでは溶けない。
「すごく冷たいと思ったら、やっぱり冷凍されていたんですね」
「悪いな、腐らせても勿体なかったからな」
「いえ、臭いが出たりしないので助かりました。私が個人的に使ってる倉庫が凄く寒くなりましたけど」
「あぁ、どこか凍っていたら言ってくれ。解凍する」
「……ネーヴの気遣いって実務的というか、効率的というか、まぁ、変わっているわね」
シアが口を挟むが、気にしないでおこう。
「それにしても凄い量ですね……。というか、鞄の容積を完全に超えている、ような……」
「それについてはシアが俺の背嚢に何かした。……すまないが、俺の認識じゃ何かしたことしか分からない」
解体したガロの部位を背嚢に放り込み、いっぱいになったタイミングでシアが魔法で細工したのだ。結果、背嚢の見かけ上の容積と実際の容積にズレが生じた。無限とはいかないが、数十倍の荷物を運べるようになったわけだ。更に重さも軽減できるのだから、この女はこれだけでも十分飯の種になると思う。勿体ない。
「重力系魔法のちょっとした応用よ。リースちゃんにもやってあげてもいいわよ。お気に入りの鞄の容量が増えるわ」
「重力系統……!? シアさん、そんなものを使えるのですか!?」
リースが目を丸くしている。そういえばシアは、組合に神託ジョブも神託スキルも開示しなかった。登録の際に組合に渡した情報は名前だけ。秘密主義者かと思ったが、こうして自分の魔法系統を披露するところを見るに、そうではないとも思う。……秘密が多いのは確かだが。
「まぁ珍しいわよね。これこそ、才覚が全てだもの」
「重力系統の魔導士って、そんなに珍しいのか?」
俺の言葉にリースは神妙な顔で頷く。
「私は、出会ったことがありません」
その言葉にどれほどの意味が込められているか、考えずとも分かった。
長寿を誇るエルフの、それも冒険者組合受付がこれまで見たことがないなら、それは出会ったことのある者の方が圧倒的に少ないということに他ならない。
「魔族の方は、何度か――数えるほどですが、お会いしたこともありましたが、さすがに重力系統は……」
そしてリースは何やら聞き捨てならないことを言う。
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