2章-4節 戦利品の買い取り①
「ネーヴはいつも朝早いわね……」
秋の涼やかな陽光の中、テーブル席で読書に耽っているところに、ボサボサ頭のシアが現れた。藤色の髪が四方八方に跳ね回り、どれが本物の角だか、といった風情だ。
「山暮らしは日の出と共に起き、夕暮れと共にベッドに入るものだ」
「だったら、一昨日から随分夜更かししてるじゃないの……ふぁ……」
欠伸を噛み殺しながらカウンターに座ると、グレイブがすかさず香り立つ珈琲を差し出す。
「ベッドには入るが、俺はそこから読書の時間だったからな」
家には様々なジャンルの本が所狭しと並べられていた。
どうやらサタールンタ家先祖代々の蒐集癖らしく、父親まで受け継がれたせいで、部屋の壁も地下室も全て本棚という有様だった。中には石板に書かれた古代文書もあるのだから、一族の業も凄まじいものだ。
幸いなことに、蒐集癖は俺には遺伝していない。本と食料なら間違いなく本を取るのがサタールンタの血だが、俺は食料を取る。現実主義の母親に似たのだろう。
「山奥にしては、随分と文化的な暮らしね」
言いながら両手で持ったカップの珈琲を一口。香りに頬を綻ばせている。
「シアはどうだった? 辺境の里に住んでたと言ってたと思うが」
農村や山村の暮らしなど大差ないのは、山麓の村々で聞いていた。田畑を耕し、狩りをしてその日を過ごすのだ。俺の住む山に田畑は存在しなかったが。
昔は農兵として戦争に駆り出されることも多かったようだが、時が進んだ今ではオルダス大陸全土を統一する国家――つまりはオルデウス王国が誕生し、常備兵以外の戦力は必要としていない。逆にオルデウス王国が成立して間もない頃は、民から武器を取り上げるほどだったと歴史が語っていた。
「わたし? わたしは――そうね、昼も夜も無かったわ。疲れたら寝て、回復したら起きる、そんな生活よ」
酷く殺伐とした物言い。珈琲の黒い水面に映るシアの顔は強張っているようにも見えた。
「おまえ、野生児か何かだったのか……?」
「家はあったわよ、一応ね」
あまり話題にしたくないのだろう。シアは目を合わせない。今は明るく振る舞ってはいるが、辛い過去を乗り越えて来ているのかもしれない。
――話題を変えることにした。
「まぁいい。で、今日は組合に行ったあと、街を散策してみようと思う。依頼やダンジョン攻略は無しだ」
「……そう。わたしも一緒にいっていい?」
断る理由が全くない。
頷くと、シアは笑みをこぼした。
ああ、こっちの方がよっぽどいい、……などとは言わないが。
「ただ、身だしなみは整えろよ」
「わかってるわ、流石にこんな頭じゃ出掛けられないもの」
意外にも、外見を気にするらしい。角と同じように、特別気にかけてはいないと思っていたが……そういえば、爪を塗ったりと都会的な洒落にも通じていたなと思いを改める。
シアは手櫛で髪を整えると、すぐに纏まりを取り戻した。むしろどうして角みたいな寝癖がついていたのか不思議でならない。
「少し整えるだけで、見違えるほど綺麗になるのはずるいな」
感想が口をつくと、シアは目を丸くした。蒼玉が真円を描いている。
「……驚いた。ネーヴ、それ褒めてるの?」
「いや、感想だが」
褒めようという意図はない。シアが美人なのは言うまでもないことだ。明るいうちに通りを歩けば、ほとんどの男が振り向くだろうし、女からも羨望の視線を集めるに違いない。
「あんたも大概印象詐欺みたいなところがあったと思うがね」
グレイブがシアに朝食を出しながら口を挟む。かく云うこの壮年の男も、若い頃ならばさぞモテたであろう美形だ。痩身だが背が高く、長い腕や脚、そして全体の造形のバランスは、作り物めいた美しさまである。
今も、紳士然とした黒色のシャツとパンツ姿に、常に清潔な手袋で身を固めている。ラフにならないのは、宿の店主としての気概なのだろう。見ようによっては執事のようだ。
「印象詐欺って?」
「ここに来た三日前、ネーヴェさんはボサボサの頭にべっとりと返り血の付いた装備。それに厳しい顔で、この不遜な態度。正直、とんでもない客が来たなと思ったものだ」
山からここまでの道中が思い出される。獣や天候を相手に戦った数十日だった。そういえば、マリアーヌは元気だろうか。もう少し落ち着いたら手紙を出してみよう。
「ふぅん。今はきちんとお風呂にも入るし、身綺麗にしているのね」
「都会に順応しないと、生活できないからな」
「だが着ている服は故郷の――要は民族衣装だろう?」
「他に服がないからな。これは夏用だ」
都会の流行りの形ではない。袖や股下がやや太く、主に山に生息する獣の毛でできているものだ。戦闘時の可動域にも影響はなく、汚れも落ちやすい上に、ある程度なら自動で汚れを分解し、更に損傷部の再生までする。
流石に冬用は動きがかなり制限されるため、故郷に置いてきたが。
「夏服にしては厚着よね……。そういえば、そこに掛けてある肩掛けのマントなんてお洒落ね」
「確かに、あれにも随分細やかな刺繍がされている。もしかして、ネーヴェさんが?」
「まさか。父親のものを持ってきただけだ。針仕事はそこまで上手くない」
今身に着けているものを作ったのは祖母だ。〈縫製師〉で【付与術】スキル持ち。村でも評判の腕の良い職人だった。マントにも上着と同じように防御効果や防汚効果がある。
「ねぇ……薄々感じてはいたけど、ネーヴのご両親って……」
「ああ。もういない」
シアの長い睫毛が伏せる。後悔するような、悼むような、憂いの顔。
「朝からそんな顔するなよ、気が滅入るな。俺のことはいいから、気にするな」
「無茶を言う人だ」
グレイブの苦笑。
知れば気にせずにはいられないのが人情だ。それは分かる。だが、俺はそれを彼等に求めない。
俺の孤独は俺だけのものだ。遠い思い出は、胸を締め付けるような苦しみとともに、心の芯を温める。だが何も知らない二人が気にしていたら、それはただただ辛いだけだ。
「……あなた、いくつなのよ」
「十五だよ。前も言ったろ」
「知ってるわよ」
酷く理不尽なことを言われた気がする。
その声には少しだけ哀れみが含まれていたが気づかないフリをした。
――シアはさっさと朝食を平らげると、すぐに支度を整えた。食事と金銭感覚以外の生活力はそれなりに高いようだ。
「じゃあ、行ってくる。今日は街を散策するつもりだから、昼は街で済ますよ」
「わかった。いってらっしゃい。気をつけて」
グレイブに頷きで答え、宿を出た。
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