2章-3節 初めての相棒②
キノコを採取し、洞穴を抜け出た。一番星が輝く藍色の空を眺め見て、随分長い時間探索していたのだと実感する。黄金色の半月が山の陰から俺たちを覗いていた。
……全身が重い。肌に疲労がべったりと張り付き、歩くのも億劫になるほどだ。
「まさか、帰りにまたガロの大群に会うとは思わなかった……」
喋ると口元から乾いた血糊が剥離する。全身を濡らすのは、ガロの血だ。
「キングがいなかったのは救いね。そうそう現れるような個体ではないでしょうけど」
涼しい顔でシアは評する。彼女にはまだまだ余裕がありそうだ。返り血もなく、髪も藤色を保っている。
「結局、他の冒険者には会わなかったな」
「グレイビィが紹介してくれなければわたしたちも知らなかったのだから、元々人気がないのかもしれないわね」
初心者向けダンジョンだと聞いたし、そうかもしれないな。
レゾン近郊には多くの迷宮やダンジョンがひしめいている。元々がダンジョン攻略のために作られた街だが、ダンジョンを求めて多くの人が集まるため、それがレゾンが大都市に発展した要因ともなっている。
所謂、ダンジョン利権、というやつだ。国中の迷宮が次々に攻略され、大冒険時代も斜陽を迎えた現在において、しかしまだまだその勢いを保っているのがこのレゾンだ。
レゾンの周辺にはそれだけ多くの儲けの種が存在しているのだ。その中から、このガロばかりが出現する洞穴を選ぶ者は少ないのかもしれない。旨味は決して多くないしな。
「帰りましょう。そろそろ最終馬車の時間よ」
「そうだな」
少し歩くと、行きにも利用した周遊馬車が魔導灯の控えめな明かりとともにやってきた。御者の驚きの顔が、珍しい客だと語っているようだった。
行きの馬車では何も言われなかったが、やはり人気がないのだろう。
俺たちが荷車に乗り込むと、御者は言葉少なく、あるいは声を潜めるようにして手綱を打った。周囲を刺激したくないのだろう。野生動物であっても馬にとっては脅威だ。
荷車を引く馬が走り出す。
この開放型の馬車には幌もない。御者も俺たちも、揃って晩秋の寒気に晒されるが、不思議と俺は寒さを感じなかった。
澄んだ空気を肺に満たす。血糊の生臭さが少しはマシになる気がした。
「今回の探索は成功と言ってもいいな」
「そうね、成果はかなり大量よ」
膨れ上がった互いの背嚢には、ガロの部位やヒカゲキノコなどの薬草類が満載されている。質の問題はあれど、魔石も十分な数を拾ってきた。
戦利品を確認しているうちに、馬車はレゾンの門に差し掛かっていた。御者が手慣れた様子で入門の手続きを開始する。俺たちは冒険者登録済みのため、組合から支給された認識票の魔力紋で出入りを管理されていた。
馬車はそのまま入門し、俺たちは昨日と同じように冒険者組合前で降車した。
「あぁ! おかえりなさい、ネーヴェさん、シアさん! 心配してました……」
今日のリースは外の掃除をしていたようだ。ほうきを片手にこんな寒空の下で佇んでいたが、俺たちの姿を見るや駆け寄ってきた。
そんな様子に俺とシアは顔を見合わせる。半月の冷たい光はリースの不安と安堵が入り混じった顔を照らし出していたからだ。
「ただいま。何かあったのか?」
たった十数歩の距離をわざわざ駆けてきたリースは、翠色の瞳を薄く濡らしていた。
「よかった、ご無事で……」
リースは大きく息を吐きながら、心臓の鼓動を落ち着けようと胸に手を置いていた。まだ早鐘を打っているのだろう。なかなかいつもの調子に戻らない。
「リースちゃん、どうしたの?」
シアが改めて訊ねる。身長差があるため、まるでシアが姉のようだが、実際には親子どころではない年齢差があるのではないだろうか。……まぁ、魔族の寿命は知らないが。
無駄な思考をしていると、リースは大きく息を吸い込んだ。肺に満ちた冷たい空気をゆっくりと吐き出すと、白く煙って消えた。
「実はネーヴェさんとシアさんが、組合を出てからしばらくして、緊急連絡が入りました。……ガロ洞穴に厄種が出現したと……」
「「厄種?」」
二人揃って疑問符を返す。
「魔物が突然変異した大変危険な個体です。厄災を引き起こすものとして、『厄種』と呼ばれています」
そんなに危険な魔物があんなところにいたのか……。道理で誰にも会わないわけだ。むしろよく馬車が来てくれたものだ。
「何度も馬車を手配して……でもお二人は帰らなくて……さっきの馬車が最後だったんです。もう諦めろと、支部長からも言われていたんですけど……本当に良かった」
「あれ、定期便じゃなかったのね。さっきの御者もやけに周りを気にしていたし、その厄種を恐れていたのかしら」
俺たちを見つけたときの驚きの顔は、もう死んでるものと思っていたからこそか。酷い話だ。
「ガロの大群に襲われたり、強めの個体と戦闘になったりはしたが、厄種とかいうほど危険な奴には会わなかったな。あの洞窟内は広かったし、運が良かったのかもしれない」
「そうでしたか……確かに広いダンジョンですから、そういうこともあるかもしれませんね。なにはともあれ、本当におつかれさまでした。明日、厄種の討伐隊が編成され、直ちに対処しますので、安心してくださいね」
さあ中へ。リースは組合の巨大な扉を開き、俺たちの背後に回って中へと促した。シアはともかく、俺は非常に汚れているからやめた方が良いと思うが……どうも感情が昂っているのだろう。
それでも、無事を喜んでくれるのは、素直に嬉しかった。
「でもネーヴ、素材の買取とかは明日にしない? わたし、もうお腹が死んで空いちゃいそうよ」
腹が死んで空くってなんだよ。まぁ気持ちは分かるが。
「――確かに、今日はかなり動いたからな。リース、依頼の品の納入や素材の買い取りは明日でもいいか? それともし良ければここに荷物を置かせて貰いたいのだが」
シアは空腹で本当に死にかねない気がするので、提案には賛同しておく。
「明日で大丈夫ですよ! 荷物は私が責任を持って保管しておきます!」
「助かる。じゃあ今日はこれで帰るから、リース、また明日」
「またねリースちゃん。今度一緒にご飯食べましょう」
すっかり表情を明るくしたリースの華の笑みに見送られ、俺たちは冒険者組合を後にした。二人とも腹が減り過ぎて心なしか早足の帰宅だ。
グレイブの宿に戻ると、今日は冒険者たちで賑わっていた。おかえり、と声をかけてくれたグレイブは、今日も薄汚れた俺たちを構わずカウンター席に通す。
「――それで、ガロ洞穴はどうだった?」
用意しておいてくれたのだろう。グレイブはすぐに熱い手ぬぐいを出してくれる。有能な主人だ。
顔を拭くと幾分かさっぱりした。そこへ夕食の皿が差し出される。美味そうな湯気を上げていた。
「厄種が出たとかで、組合では騒ぎになっていたな。俺たちは精々大量のガロを相手にしたくらいで、出会わなかったが」
「厄種か……珍しいな、昨晩は満月でもなかったと思うが」
「そうね、今日が半月だから違うわね」
普通は月齢と厄種の発生には関わりがあるようだ。近いうちに詳しく聞いておこう。
「大事なかったとはいえ、すまなかった。私が紹介したダンジョンで厄種が発生するとは」
「いいさ。おかげで素材が大量に手に入った」
その返り血を見ればわかると、薄く笑う。気にしないあたり、見慣れているのかもしれない。
「厄種というのは、そんなに凶悪なの?」
シアが早速食事を頬張りながら訊ねる。
今更ながらグレイブは冒険者界隈の事情に詳しいようだ。冒険者向けの店をやっていれば情報も入ってくるのだろう。
「一般に、通常個体の十倍程度の力があるとされている。初心者向けのガロ洞穴でそんなものが現れたら、被害は計り知れないな」
ガロ狩りに行った初心者が――要するに俺たちが、強力な個体に蹂躙される図がありありと浮かぶ。出会わなくて本当に良かった。
「あれの十倍じゃ、大したことないわね」
肉を貪りながらシアは言う。確かにシアならば簡単に蹴散らしてしまうかもしれない。冒険者としては初心者でも、魔導の実力が抜きんでている。
……シアは何者なのだろう。
まだ出会って二日目。魔族の女性、ということしか知らない。神託のジョブやスキルは敢えて聞いていなかったし、ステータス交換のときも認識できなかった。
彼女ほど高い戦闘力と魔導の知識があれば、行き倒れたりすることなどなさそうだが。
「――なぁに?」
「いや、少し考え事をしてた」
「そう。ネーヴはただでさえしかめっ面なのだから、そうやって黙って見つめられると、かなり怖いわよ」
ケラケラ笑う。しなやかな指が俺の頬に触れ、無理やりの笑顔が完成する。
「これは傑作ね! 見てグレイビィ、ネーヴがニヤッてしてるわ。これは悪いこと考える顔よ!」
「させてるんだろ、まったく……」
グレイブは俺たちを見て、くつくつと、噛み殺すように笑った。よほど可笑しいのか、肩が上下に震えている。
「これは、〈写影師〉を呼んだ方がいいかもしれんな……」
「永久保存版ね」
「やめろよ……」
シアの指に回転運動が加わり始めたので振り払う。
「やー。せっかくネーヴのモチ肌を堪能してたのに」
「変態かおまえは……」
そんな調子で、くだらなくも温かな夜は更けていった。




