2章-3節 初めての相棒①
「仲間、ね……」
シアは視線を逸らした。その横顔に感情は見えない。だがそこには否定や拒否はないように思えた。
「……ネーヴは変わっているわね。なんというか、お人好しよね」
妙な評価だ。魔族と知って警戒しなければならない決まりなどないだろうに。
あるいはシアが、どこかで騙された経験でもあるのか。
いずれにしても、俺からの意見が変わることはない。
「田舎者だからな。都会の常識は知らない」
狭いコミュニティの中で生きてきた俺にとって、村のほとんどの人間同士は対等だった。村では昔からずっと、誰もが協力して日々を生き抜いてきたのだ。
それと同じことをこの都会でやろうとしても、おそらく無理であろうことは分かる。だが今は――二人だけのこのパーティならば、決してできないことではないだろう。
「いいわ。仲間として、わたしが訓練をつけてあげる。――だけど対等でいたいなら、あなたもわたしに何かを渡しなさい? 少なくとも、その努力は怠らないで」
「わかってる。村八分にされないよう頑張るつもりだ」
なにそれ。シアは言って吹き出した。師匠になるとか言っていた割には、少女の可憐な笑みだった。
「ふふっ。じゃあ、よろしく頼むわね、相棒さん」
「ああ、こちらこそ」
改めて握手を交わす。
改まると気恥ずかしいものだが、大切な儀式にも思えた。
「俺になにか差し出せるものがあるか、考えないとな」
「こう言ったら悪いけれど、〈氷雪士〉の悪名の方なら、結構役に立つんじゃないかしら」
「移動式製氷機か」
「そう。腐りやすいものの保存には役に立つと思うわ」
実際、目の前にも死んで氷漬けのガロキングがいるわけだ。
「この氷漬け、どうするわけ?」
生命活動は停止しているのに、魔石にならない。心臓を破壊したつもりはないが、魔力を持った氷に覆われていると魔石化もしないのだろう。レゾンへの道中、『迷いの森』の狼も、氷漬けにした個体は魔石化しなかったように思う。
「流石にこの巨体を担いで帰るのは大変だな」
「解体できるなら、部位毎に分けてしまえばいいと思うけれど」
この分厚い氷をどうにかしないとね、とシアの面倒そうな顔が語る。確かに、解体するには氷をどうにかしなければならないが、自分で作り出したものだ、それは容易い。
右手が氷漬けのガロキングに触れた。程なく、解けるように氷が消えていく。淡く光るのは氷に含まれていた魔力が空気中に溶け出したからだろうか。
「ちょ、ちょっと、今なにしたのよ!?」
シアが驚いている。氷漬けにされたガロキングはもういない。じわりと血を滲ませる死体があるだけだ。
「こいつから冷気を奪った。冷気と氷の操作なら、〈氷雪士〉の得意分野だ」
「そ、そう……。なんだか、妙なところで器用なのね、〈氷雪士〉って……」
奪った冷気は手を振ることで霧散した。氷の結晶が粒子となり、魔導灯の明かりを煌びやかに照り返してすぐに消えた。
「綺麗だったわね……ネーヴはこれだけで稼げるんじゃないかしら……」
「どうだか。望みを掛けるにはチープな大道芸だな」
そんな雑談を交わしながら、ガロキングの頭部以外は解体を終える。身体中が氷の刃で傷だらけになり、特に翼の質はかなり悪かった。ただ爪だけは再生したてだったのでかなり良い状態だ。とりあえず、状態保存のために再び凍結させておく。
「あと、魔物の頭部は瞳に脳に頭蓋骨と、魔導具の触媒としての価値が高いわ。捨てるところもなし、このまま凍らせて持って帰りましょう」
「わかった」
眉間に穴が開いた頭部も再び凍結させ、背嚢に仕舞い込む。背負ってみるとズシリと肩に重みが掛かるが、戦闘にはほとんど支障ないだろう。
「さて、どうする?」
「ネーヴが平気なら奥まで行きましょう。リースちゃんにも、わたしたちが有能で強力なパーティだってところを見せておかないとね」
昨日、魔力紋登録の時に意気投合したのか、二人でやけに盛り上がっていた。既に『ちゃん』付けである。
「平気だ。行こう」
頭痛もいつの間にか治っていた。体勢を整え、出発することにする。
やけに焦げ付いている壁や地面は敢えて無視。染みの形が平面化したガロに見えるのは、おそらく気のせいだ。そう思うことにした。
しばらく進むと、生きたガロに出くわした。羽毛が黄味がかった臣下の方だ。
あの広場に全ての個体が集まっていたわけではなかったようだが、群れではなく個で動いているのなら、ものの数ではない。
氷刃を飛ばして頭を落とすと、心臓が魔石に変化して地面に転がった。残された素材は分断されて転がった生首だけだ。
「大きな魔石は高く売れるのよね」
「ああ。ただ、ガロのは体の大きさの割には小さいな」
シアが摘み上げた魔石は、指の先程度のサイズ。二束三文とは言わないが、大した値は付かないだろう。せめて質が高ければと思うが、濁った黄色の魔石の質が高いとは思えない。
そんな調子で、何体かのガロを狩りながら最奥部まで辿り着いた。
そこには地底湖が広がっていた。
「なかなか、綺麗なところね」
「そうだな……」
地底湖とはいえ、天井が崩落しており、陽の光が差し込んでいる。光が真っ直ぐ降りて来るところを見るに、時刻は昼下がりといったところか。
「あの小島は、崩落でできたのかしら」
陽光の下、湖の中心地に小さな島があった。土を被り、苔が生えている。倒木が転がっているところを見ると、上から降ってきたと考えるのが自然だ。
「だろうな。とはいっても、最近できたものではなさそうだ。あの木が菌糸を運んできたのかもしれないな」
地底湖を覆う岩壁のそばに、白く小さいキノコが群生している。小ぶりで肉厚な傘を持ったキノコ――あれがヒカゲキノコだ。リースから聞いた特徴とも一致する。
「必要数採取したらやっと折り返しだな。正直、ここまで苦労するとは思ってなかった」
「そうね。わたしはお腹すいちゃったわ」
ちらりとこちらを見る目は獰猛な猛禽類を幻視させる。笑顔のくせに怖すぎる。
「……先に昼飯にするか」
さんせーい、とシア。提案しなければ一歩も動かない雰囲気が滲み出ていてそれはもはや強迫に近い。
湖畔に二人並んで腰を下ろし、同時に弁当を広げた。
「な、なによこれーーッ!?」
悲哀の叫び。
うきうきで弁当箱の蓋を取ったシアの声が広間に乱反射し、残響はやがて消えた。
シアの両手に収まる弁当は氷漬けになっていた。白米も唐揚げも炒めた野菜も、全てに霜が降りている。
「だぁれが、こんなことを……!」
いや、考えなくとも分かるだろう。
犯人は、間違いなく俺だ。
戦闘時に展開した魔導領域は範囲内の全てを凍結させる。何らかの対策を取らなければ、食品でも衣類でも凍ってしまうのだ。
「ネーヴぅぅぅ……!」
食べ物の恨みは恐ろしい。血涙でも流さんばかりの顔にたじろぐ。どれだけ食い意地が張っているんだこの女……。
「わたしの……わたしのおべんと……」
瞬前とは打って変わってシクシクと涙を流すシアを見て、さすがに哀れに思えてきた。
「シア、俺のと交換しよう。そっちは俺が食う。シアのはこれだ」
蓋を開けて見せると、蒼玉の瞳が輝いた。俺の方の弁当は湯気を上げ、旨そうな香りを漂わせている。
「ネーヴぅぅぅ、なんていい子なのあなた……!」
今度は感涙を流す。顔面が騒がしい魔族だ。
「……でも、どうしてあなたのは凍ってなかったの? それどころか、まだ暖かいし……」
二人分のお茶を淹れながらシアが問う。湯気を上げるカップを受け取りながら実演して見せる。
「状態を凍結させた。熱いものは熱く、冷たい物は冷たく保つ。解凍はさっき見せた通り、冷気を奪ってやればいい」
「……なにそれ、概念の凍結ってこと……?」
「魔導の詳しいことは俺には分からないが、やってみたら出来た。普通に凍結して解凍すると味が落ちることが多いが、これなら味も保存できる」
「ほんと器用ね……。もしかして、〈氷雪士〉じゃなくて、ネーヴが、なのかしら……?」
「移動式保冷庫としても売っていけるな」
シアと交換した弁当から冷気を解き放つ。こちらは単純な冷凍からの解凍だ。冷気は奪えても状態までは戻せない。常温に戻るのがせいぜいだ。領域は俺のせいだから、我慢しよう。
「……まぁいいわ。それ、温めてあげるから貸しなさい」
「……………………やらないぞ」
「食べないわよ! いいから貸しなさい!」
渋々弁当箱を渡すと、シアは両手に持って何やら魔力を流す。魔眼はシアの手から波のような魔力が放射されているのを捉えた。正直、見ていても効果は不明だ。
「はい、あったまったわよ」
数十秒もすると、弁当が湯気を上げていた。どういう原理だ……?
「お弁当の中――具材の水分を温めたのよ。直接加熱したら、焦げたり味が変わっちゃいそうだけど、これなら最低限で済むわ」
「なるほど……シアも随分器用じゃないか」
「そうね。否定はしないわ」
ステータスに見合った実力ということか。
温まった弁当を食べている間、魔導についてシアの講義を受けることになった。
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