2章-1節 ガロ洞穴②
「行くぞ!」
領域を維持したまま駆け出す。短い刀を振るうとまさかの嘴で迎撃された。激しい金属音が耳朶を叩く。どれだけ硬い嘴なんだ……!
お返しとばかりに振るわれた右前腕の鉤爪は、半歩背後に引いて回避。凶刃に切り裂かれた空気が悲鳴を上げる。
トサカ付きガロの体高は俺よりも頭三つほど高い。受ければかなりの衝撃だろう。
――引いた体勢を反発力にし、地面を蹴って刀を突き出す。羽毛に覆われた腹に届いたが、浅い……!
「ガァァァァアバ!!」
鶏の裂帛の気合。巨大な体躯を支える強靭な脚が、中段蹴りを放つ。前に突っ込んだ体勢では避けきれない……!
瞬間的に前方に氷壁を作成、間に合わないと分かりながら全力で後ろに飛ぶ。護身刀を前方に掲げた次の瞬間に氷壁が粉砕され、ガロの脚が刀身に届いた。
「ぐっ!」
思わず呻きが漏れた。衝撃を殺しきれずに踵で滑り、背後のシアの元まで押し返される。手が痺れて護身刀を取り落としそうになるのを必死で耐える。
「あら。さっそく苦戦しているわね、ネーヴ」
「シア、初心者っていうのは、あんな化け物みたいな鶏を相手にできるのか?」
「さあ、わたしも知らないわ。こっちの鳥もやけに硬いのよね。わたし、他の魔物も相手にしたことあるけれど、ここまでじゃなかったわ。支援魔法でもかかっているのかしら」
支援魔法、という言葉に閃くものがあった。その閃きに、魔眼が反応する。先程までは見えなかったがガロの魔力が俺の視界に映る。
白い羽毛のガロの魔力は流れていた。俺の後方、恐らくは今押し掛けてきている手下のガロ達へと。
そしてもう一つの流れがある。それは俺の後方から白ガロへと届く魔力だ。
「こいつら、群れで力を増幅しているのか」
「なに、どういうことよ?」
シアが雷撃を放ちながら問う。トサカの冠を頂く白ガロはこちらの出方を伺うように、ゆっくりと近づいてきていた。
「恐らく、あの白ガロが手下に力を与え、手下がその力を増幅して白ガロに力を返している。あれはそういう集団のスキルだ」
「なにそれ、効率悪そうじゃない」
「だが、実際には脅威だ。手下の数が増えるほど返ってくる力が強くなる。倍々に、とまではいかないが、返る力はかなりのものだろうな。しかし逆に言えば、手下の数を減らすかリーダーを仕留めれば勝てる……!」
確信を持ったが、状況は変わらない。やることも変わらない。
それでも、突破口は見えた。
「シア、出来るだけ数を減らしてくれ」
「分かったわ。じゃあほんの少ーしだけ本気を出してあげる」
ほんの少しの本気とやらは気になるが、相変わらず見ている余裕はない。シアは背後を俺に任せている。大した信頼を貰ったもので、一切気にしていない。だからこそ俺は、目の前の敵を倒さなければならない。
シアの攻撃が再開する。先程を上回る信じ難いほどの雷撃の爆音。ガロ達が悲鳴ではなく絶叫を上げる。洞穴内に焼けた鶏肉の匂いが漂うが、惨状を想像すると吐きそうだ。
俺たちの狙いに気づいたのだろう。白ガロがシアの蹂躙を止めようと動き出す。間に立つ俺など物の数にも入っていないとでも言いたげな、真っ直ぐな疾走。
「させるか!」
俺の前方の地面が凍りつき、すりガラス状の半透明な氷壁がせり上がった。ガロリーダーの疾走と視界を阻むための壁だ。一瞬後には砕かれたが、それだけの時間があれば充分だった。
「氷凍――地槍!!」
半透明の氷壁によって作り出した足元の死角から氷の槍が群れとなって飛び出す。ガロリーダーは咄嗟に回避しようとした。だが、凍りついた足場に速度を持って走り込んできたため、鳥の爪では止まれまい。
氷槍がガロを貫く、その瞬前。小さな翼が広がった。空気など掴めそうにない飾りのような翼のくせに、一つの羽ばたきで急速な減速を可能とさせる。
「ちっ……!」
舌打ちが漏れたが、ガロも流石に全ての勢いは殺しきれなかったらしい。左に回避しながらも先頭の数本が突き刺さり、確実なダメージを与える。重傷だが、しかし致命傷には至らない。氷槍を介して身体の内部から凍らせようと魔力を放つがすぐに抜かれた。
ここで相手に時間を与えるわけにはいかない。距離を取ろうとするガロに追撃の氷槍が伸びるが、飛び跳ねて回避される。情報通り滞空能力が高い。空中を移動されては接地面の攻撃が通用し辛い。しかし、滞空するだけでは接近戦主体のガロは攻撃できないだろう。
状況は膠着するかと思った。……が、それは思い違いだった。
「グァァバァァア!」
一際高く鳴くと、白ガロは爪をこちらに向けた。シアからこちらに注意を向けることには成功した。――だが、悪寒がする。
咄嗟に身体を捩ると、鋭利な爪の先端が射出された。小刀のような爪が魔力の推進力を得て飛翔してくる……!
避けられたのはただの幸運だ。目では追えぬほどの速度で飛来し、俺を掠めて岩の地面に突き立っていた。冷や汗が流れ、戦慄する。当たれば良くても重傷は免れない。
顔を戻すと、既に次弾が装填されていた。飛ばした筈の爪が再生したのだ。
クソ、なんて隠し玉だ。
走り出すと、追うように爪の弾丸が飛来する。連射性能こそないものの、一撃の重みが尋常ではない。当たり所によっては即死だ。距離を詰めようにも、ガロは滞空状態のまま一定の距離を取り続ける。
ジリ貧だ。体力を失う前に仕留めなければ、鶏の餌になる。
「想像こそが、創造する……!」
焦る気持ちを、祖父の言を口にして叱咤する。〈最弱〉であろうとも、俺だって魔導士の端くれだ。最後まで思考を放棄してはならない。
奴は空中の安全圏から一方的に遠距離攻撃を仕掛けてきている。今の俺に空中相手の手札はない。ならば、ここで手札を作り出す他にない……!
魔導領域にありったけの魔力を回す。足元が急速に凍りつき、周囲の温度が一気に低下する。白く煙る息を吐きながら、領域の感覚だけで飛爪を回避。
……必要なのは、奴を撃ち落とせる飛び道具だ。
魔法が俺の想像によって創造されていく。
領域内に満ちた魔力が消費され、氷塊が浮き上がる。
飛んでくる爪は、跳び回りながら勘と魔眼と領域の感知で避けるしかない。幾度も爪を掠らせながら、せめてガロの意識がシアに行かないよう、牽制だけは忘れない。
浮き上がった氷塊が形を変え、剣となる。脳が焼き切れるのではないか。あるいは圧搾されるのではないか。――そう思わせるような酷い頭痛は、魔力の大量消費によるものか。黒煙を上げていそうな頭のことは無視し、魔法を完成させる。
「氷澆――飛刃!」
「グァァ!?」
ガロリーダーから驚きの声。それもそうだろう。一瞬前まではデカい氷が俺を中心に円を描いて浮いていただけだった。しかし今は氷塊が無数に分かれ、数百の氷刃に姿を変えて俺の命令を待っている。
魔眼によって白ガロをマーキングし、氷刃に自動追尾を設定。
「――行けッ!」
雲霞のごとく広がった氷刃は、手を振るとガロリーダーに殺到した。薄氷であっても、魔力を通した氷のその鋭さと硬度は鉄に匹敵する。振り回された腕や脚で幾らか吹き飛ばされたが、その間にも氷刃の群れは次々にガロリーダーに突き刺さり、凍結させていった。
「終わりだ!」
一際大きな氷刃を創造――射出。
既に斬り刻まれ、胴体を半ばまで凍らされたガロの頭部に剣が突き立ち、遂に絶命させた。
「シア!」
「よくやったわネーヴ! あとは任せなさい!」
振り返れば、凄惨な光景が広がっている。彼方此方が焼け焦げ、帯電している。そこかしこにガロの死体が積み上がり、ぶすぶすと煙を上げていた。
しかし、通路の奥からはまだまだガロの群れが殺到してくる。リーダーがやられ弱体化した筈だが、激昂した魔物に理性は期待できない。
「雷空晶牢!」
魔眼がシアの魔法を捉える。
紫電で構成された牢が彼女の前方からガロの群れ全体を囲うように展開。群れが異変に気付いたときにはもう遅い。
光の爆発。色とりどりの雷撃が牢の中で暴れ狂う。雷撃は壁から地面、地面から天井、そして全方位からガロへと殺到し、残らず蒸発させていった。
全ては一瞬のこと。
洞穴内に響き渡る轟音の残響が、その一瞬の暴力を反響させていった。
「終わったわ」
言葉通り、シアのもたらした破壊はガロたちを終わらせた。それは死ではなく、消滅だった。
あたりを漂う焦げ臭さに、しばらくは鶏肉を食いたくないと思いながら、なんとか生き残ったことを実感する。頭痛が酷い。魔力の酷使が原因だろう。
晴れやかな笑みのシアの元へ歩む。へたり込みそうだが、それは緊張が緩んだせいだ。
「……シアがいてくれて助かった、ありがとう」
おもむろに右手を掲げる。シアはすぐに意図を察した。
「ふふ、少し照れるわね、そういうの」
言いながら、右手を俺の手に合わせた。
ようやく轟音が去った洞穴内に、小気味よい乾いた音が鳴った。




